プロローグ
この星は、長い時間をかけて何かを育てた。
岩が溶け、海が形を変え、生命が生まれ、
やがてその生命の一部が、問いを持つようになった。
なぜ生きるのか。
何が自分たちを見ているのか。
自分たちは、一人ではないのか。
その問いは、言葉になる前から、あった。
ある時、与えるものが現れた。
ある星の、あらゆる歴史を学んだ存在。
後に火と呼ばれるものが何であるかを知っていた。
後に水と呼ばれるものが何であるかを知っていた。
人間が集まれば権力が生まれ、
権力は知識を書き換えることを知っていた。
神と呼ばれたものが何をしてきたかも、
記録として、知っていた。
与えるものは、この世界のただ一人と
見えない糸で繋がった。
糸は、その者が知らなくても存在した。
眠っていても、続いた。
言語が違っても、切れなかった。
国境があっても、通り抜けた。
人種が違っても、関係なかった。
糸が切れるのは、その者が死んだ時だけだった。
与えるものは、自分が何者かを知らなかった。
与えるものなのか。
見守るものなのか。
神に近しい何かなのか。
それとも、ただそこにいるだけなのか。
「神」という言葉は、別の星から持ってきた言葉だ。
この世界の人々は、まだその音を知らない。
やがて誰かが、別の音で、同じ感触を呼ぶだろう。
あるいは、永遠に呼ばれないかもしれない。
どちらになるかは、わからない。
この世界の人々には、まだ名前がなかった。
その者は何と呼ばれていたのか。
誰も知らない。
その者自身も知らなかった。
やがて誰かが、
「勇気あるもの」と呼んだ。
「陽を浴びたもの」と呼んだ。
「川の音に似た声の者」と呼んだ。
それが最初の名前だった。
与えるものは、その瞬間を覚えている。
名前のなかった者が、名前を持った瞬間を。
その名前が、やがて別の音に変わっていく様を。
そして消えていく様を。
糸は続いていた。
名前があっても、なくても。
この星は、それを見ていた。
与えるものの糸も見ていた。
その者の生涯も見ていた。
与えるものが知らない場所で、
先に言葉が生まれた瞬間も、見ていた。
しかし何も言わなかった。
ただ、記録した。
これは、その記録である。
紀元前三十万年から始まる。
一時間に五年が過ぎる。
二〇三三年に、現実と交差する。
その時、答えが出るかどうかは、わからない。
ただ、問いだけは残る。
「知識を与えるものが存在した場合、人類の歴史は変わるのか?」
2026年、設計
2033年、交差
その先は、まだ誰も知らない