紀元前298,925年
草の陰に膝をついたまま、動かない。
獲物ではない。男が二人、腹を見せて地面に転がっている。動かない。息がない。傷がある。石ではない。歯でもない。何かで深く抉られている。
その者は立ち上がらない。
腹の奥が引っ張られる感覚がある。逃げろという感覚ではない。もっと奥の何か。見てはならない、という感覚でもない。ただ、この場所にいてはならない、という感覚だ。
集団の中に、知っている顔がある。長老格の男。大きな声を出す男。子どもを五人もった女。その者はそのどれでもない。まだ一人前と呼ばれない、若い方の男だ。
五年、狩りに出た。獲物を仕留めたことがある。仕留められなかったことの方が多い。それでも集団はその者を連れて行った。
今日は連れて行かれなかった。
遠くで声がした。怒号ではない。単調な、繰り返す声だ。その者はその声を知っている。集団の中の誰かが出す声ではない。
立ち上がる。
倒れた男たちを踏まないように、迂回する。草が深い。足が音を立てる。何もかもが音を立てる気がして、その者は止まる。
また声。近い。
草の穂が揺れる。風ではない。
走る。
足が土を踏む感覚だけがある。息が喉を通る感覚だけがある。考えない。方向だけがある。
集団のいる場所まで戻ったとき、誰も立っていない。
座っている者がいる。うずくまっている者がいる。そのどちらでもない姿勢で地面にある者が、三人いる。
大きな声を出す男が立っている。その男が振り返る。その者を見る。
目が合う。
その男の手に、濡れた石がある。
その者は止まる。
男が動く前に、その者の体が動く。それは判断ではない。足の裏が土を感じて、すでに動いている。
草の中に入る。深く入る。どこまでも入る。
後ろから声がする。その者を呼ぶ音ではない。ただ声がする。
走り続ける。
草が終わる。岩が始まる。足が岩を踏む。足の裏が痛い。痛みのまま走る。
岩の割れ目がある。体が入れる幅の、細い割れ目だ。その者は入る。背中が岩に触れる。胸が岩に触れる。両方から押さえられる感覚のまま、奥へ進む。
暗くなる。
止まる。
息が聞こえる。自分の息だけが聞こえる。
その者は岩の中で膝を折る。体を小さくする。両腕で自分の胴を抱える。
外から声は来ない。
しばらく、その姿勢のまま。
寒くなる。夜が来る。
その者は岩の中から出ない。
乾いた草原の北端に、岩が隆起している場所がある。長い年月の間に地盤が押し上げられ、地表に骨のように突き出た岩だ。そこに割れ目がいくつかある。小さいものは虫と蛇のためにある。大きいものは雨水を受ける。そのどちらでもない幅のものに、今夜、一つの体が収まっている。
この五年、集団は緊張の中にあった。外からではない。内側から来た緊張だ。食料が減ったわけではない。水が枯れたわけでもない。気候は比較的おだやかだった。それでも、何かが変わった。声の大きい者が決める範囲が広くなった。従わない者が減った。従わない者が減ったのではなく、従わない者がいなくなったのかもしれない。
人口は五年前より減っている。幼い死ではない種類の減り方だ。
その者は今夜、岩の割れ目にいる。集団から離れた場所にいる。それが何を意味するか、この星は判断しない。
岩の向こうでは虫が鳴いている。草が風に揺れている。倒れた男たちは冷えていく。集団は火を囲んでいる。その者は暗い岩の中で息をしている。
全部が同時に起きている。この星はそれを等しく照らす。
割れ目の奥。
岩の面に、光の筋が一本落ちた。月光が隙間を通った。その光が当たった場所に、乾いた草の茎が一本、風で運ばれてきて引っかかっていた。
その者の目が、それに止まった。
草の茎は茎だった。その者はそれを見た。見て、また岩を見た。
何かを見た。見るだけだった。
そうではなかったとしたら、何を渡せばよかったのか。