紀元前297,965年
草が伸びた。
丘の南斜面で、去年より深く。膝まであった草が腰を越え、獣道がまた別の方向に刻まれた。雨季は長く、乾季は穏やかで、川は枯れなかった。始まりの大地の北端では、岩肌に染みたように新しい命が増えていた。同じ頃、はるか遠い海岸線では、波が砂を運ぶだけで、誰もいなかった。
その者は川の手前で止まった。
上流から何かの腐った匂いが流れてきた。鼻を引いた。足は動かなかった。匂いの先を見た。水面に浮かんだものが何かはわからなかった。それだけ確かめると、別の水飲み場へ向かった。
豊穣の年が続くとき、集団の輪郭は広がる。
眠る場所が変わった。昨年まで群れの外縁だった地面に、今年は子を持つ女と老いた男が眠った。その者の場所は少し、端の方へ押し出された。文句を言う手段を持たなかった。押し出された先に、岩があった。背を預けると安定した。
平原の向こうに別の群れの気配があった。
煙の位置が変わった。以前は北東だった。今は真北で、近い。昼間でも、風の向きによっては焦げた骨の匂いが漂った。その者の群れの年長者たちは声を上げ合った。具体的な意味はなかったが、調子が違った。その者にはそれが分かった。
夜、子が二人生まれた。
産声を聞いた。その者は眠っていたが、目が開いた。そのまま空を見た。星があった。見ていた。理由はなかった。ただ見ていた。
群れは五年で大きくなった。
半数以上が子どもと若者になった。食料を探す足が増え、狩りに出る者の数も増えた。その者は指示を受ける側から、幼い者に声を出す側へ少し変わった。大きな変化ではなかった。ただ、自分より小さい背中に向かって唸り声を出すことが増えた。
北の群れの気配は消えなかった。
消えないまま、五年が過ぎた。
煙の匂いが北から流れた夜、その者の鼻が動いた。
その者は嗅いだが、振り返らなかった。
振り返らないことが、次に渡すものを変える。煙がどこから来るかを知らない者には、もっと近くから示すしかない。その距離が縮まることを、良いとも悪いとも思わない。ただ、近くなれば渡せるものが変わる。次はもっと具体的なものを置ける。