2033年、人類の旅

「紀元前297,845年〜紀元前297,725年」第433話〜第456話

Day 19 — 2026/04/21

読了時間 約62分

第433話

紀元前297,845年

その者(32〜37歳)

石が割れた。

思った通りの角度ではなかった。欠片が三つに飛んで、一つは足の甲に当たった。その者は声を出さなかった。足を見た。皮膚が赤くなっている。血は出ていない。

また石を拾った。

今日で何度目かは数えていない。数えるという行為をその者は持っていない。ただ、昨日より腕が重いことを知っている。筋が張っている。それでも手は動く。

岩盤の露頭に座り込んで、膝の上に石を置く。打ち石を右手に握る。当てる。割れ方を見る。また当てる。

集団の声が遠くで聞こえる。水場の方角だ。争っている声ではない。朝の、ただのざわめきだ。その者はそちらを見ない。

欠片の一つを拾い上げた。縁が薄く、光が透ける部分がある。その者は指先でその縁をなぞった。左の親指の腹が、ほんの少し開いた。血が一本、細く走った。

その者は指を口に含んだ。

血の味がした。

それから、その石片を地面に置いた。置いて、また拾った。また置いた。

何かが違う、という感覚は言葉にならない。言葉がないからではなく、その感覚がまだ輪郭を持っていないからだ。ただ手の中に、それがある。薄さと鋭さが同時にある。

遠くで旧人の群れが移動している気配がした。風向きが変わった。その者は鼻を動かした。獣の匂いではない。別の集団の、体の匂いだ。

その者は石片を握ったまま、立ち上がらなかった。

座ったまま、風の来る方を向いた。

膝の上の石片が、朝の光を受けて白く光った。その者の目がそこに戻った。指先がまた縁に触れた。今度は当てる角度を変えた。

皮膚が再び開いた。今度は深く。

その者は傷口を見た。しばらく見ていた。それから岩盤に手をついて、傷口を岩に押しつけた。痛みが来た。声が漏れた。短い声だった。

それでも石片を手放さなかった。

第二の星

乾季が長引いている。

水場の水位が下がり、草原の南端で枯れ草が帯状に広がっている。集団は水場に近い岩陰に集まる時間が長くなった。481の者たちが、その多くを一箇所に寄せている。

旧人との接触が増えている。領域の重なりが生じている。声の張り合い、投石、威嚇。まだ死者は出ていないが、緊張は毎朝少しずつ積み重なっている。子どもたちは大人の後ろに隠れる時間が増えた。

その者は、毎朝そこにいない。

水場でも岩陰でもなく、東の露頭に向かう背中を、誰かが見送るわけでもない。ただ朝になるとその者がいなくなり、昼前に戻ってくる。手に欠片を持っていることもある。持っていないこともある。

集団の中で誰も問わない。答える言葉を誰も持っていない。

指先に繰り返し傷を作り、岩に手をついて、それでも石片を離さない者が、東の方角に存在している。この星はそれを照らすだけだ。

旧人の群れの足跡が、水場の泥に残されている。夜のうちに来て、夜のうちに去った跡だ。

与えるもの

石片の縁に光を落とした。

薄さと鋭さが同時にある場所に。

その者は指で触れた。傷が開いた。血の味を確かめた。それでも持ち続けた。

渡したのは、鋭さではなかった。傷と鋭さが同じ場所にあるという、その感触だった。

何かが届いたのかもしれない。しかしそれが何であるかを、この者はまだ言葉にできない。言葉を持っていないからではなく——

いつかそれが名前を持つ日が来るとしたら、最初の傷は誰の手の上で開いたのだろう。

伝播:NOISE 人口:496
与えるものの観察:傷を作り、それでも持ち続けた。
───
第434話

紀元前297,840年

第二の星とその者(37〜42歳)

乾期の終わりに雨が来なかった。

草地が縮んだ。水場のまわりで、集団がじっとしていた。動けない者がいた。動かない者がいた。区別はつかなかった。

その者は岩盤のそばで膝をついていた。石を持っていた。もう一つの石で、それを叩こうとしていた。手が止まった。腹が鳴った。無視した。叩いた。

割れた。思った角度に割れた。その者は割れた面を指でなぞった。縁に触れて、引いた。切れた。血が滲んだ。その者はその血を舌でなめた。鉄の味がした。また指を縁に当てた。今度は角度を変えた。切れなかった。その者は、切れた場所と切れなかった場所の差を、指先で何度もたどった。

南の丘のむこうで、別の群れが動いていた。足音ではなく、草のたわみ方がそれを告げていた。星から見れば、点が動いていた。二十ほどの点が、水場に向かっていた。骨格が違った。眉の出方が違った。歩き方が違った。どちらも腹を空かせていた。

その者は顔を上げなかった。石を割り続けた。

七つ割った。三つは使えなかった。四つは、縁が立った。その者は四つを並べた。並べてから、また並べ直した。大きいものから小さいものへ。それから、薄いものから厚いものへ。並べ直してから、また最初の順に戻した。

水場のそばで声がした。低い声と、もっと低い声が、重なった。唸り声ではなく、圧のある呼気だった。その者の集団から三人が立ち上がった。石を持っていた。その者のように割った石ではなく、拾った石だった。重い石だった。

その者はそれを見ていた。

見ていたが、立たなかった。割った石を一つ持ち、縁を岩盤に当てて、角度を確かめた。別の面から光が落ちた。脂の匂いが、風に乗って流れていた。獣の脂か、人の脂か、その者には区別がつかなかった。ただ、匂いのする方向に、使える刃が何本あるかを、その者は考えていた。

日が傾いた。声が止んだ。別の群れが去ったのか、水を得て動かなくなったのかは、その者には見えなかった。集団の中で、女が一人泣いていた。子を抱いていた。子は動かなかった。

その者は泣かなかった。石を持ったまま立ち上がって、水場のほうへ歩いた。水を飲んだ。戻った。また座った。

五年のうちに、二度、別の群れが来た。一度目は去った。二度目は去らなかった。

その者は二度目のとき、集団の端にいた。石を持っていた。使えると判断したものを五つ、体に近いところに置いていた。その者がそれを渡したのか、使ったのか、積んだだけで終わったのか、その者の声は何も語らなかった。

語る言葉が、なかった。

ただ、その者が次の朝も石を持っていたことを、星は見ていた。

与えるもの

脂の匂いを風に乗せた。

その者の顔が上がった。石に戻った。

渡したかったのは匂いではなく、その先の方向だ。しかしその者には、匂いと方向の違いがわからなかったかもしれない。わかっていたかもしれない。——あの者は、切れた場所と切れなかった場所の差を、指先で何度もたどっていた。区別を知っている者が、方向を知らないということが、あるだろうか。次は、温度を使う。

伝播:HERESY 人口:486
与えるものの観察:区別を持つ者に、方向を渡せるか
───
第435話

紀元前297,835年

第二の星

草地が縮んだまま、季節は変わった。

雨は来なかった。水場の縁に残った泥が割れ、白く乾いた。草の根が地面から剥き出しになった。獣は移動した。いくつかの群れがその跡を追い、水のある場所へ向かった。追えなかった群れは、そのまま留まった。

大地の西側、赤い崖が連なる高台で、別の集団がいた。数はわずかで、洞穴の奥に集まっていた。彼らの肌の色は違い、額の骨が張り出していた。彼らもじっとしていた。水を持っていた。しかし水は少ない。

高台の集団の中に、若い者が一人いた。腕が長く、指が太かった。その者は石を抱えたまま、水の減った容れ物を見つめていた。

草地のほうから、人の声がした。

若い者は石を置いた。立ち上がった。崖の縁に出て、下を見た。

声は続いた。

それが怒りなのか、呼び声なのか、若い者にはわからなかった。

崖の下では、別の集団の者たちが水場に近づいていた。高台の集団は動かなかった。草地の集団も、しばらくは動かなかった。

その日、血は流れなかった。

しかし翌日は、別の話だった。

与えるもの

その者の手が、石の端を撫でていた。

傷のある皮膚。乾いた指。何かを探している。

高台の方角から、焦げた匂いがした。

その者が顔を上げた瞬間、匂いは途切れた。

渡したかったのは、その匂いの先にある——向こうに人がいるという記憶だ。手が石を作れる者なら、渡せると思った。鋭いものを持つ者は、鋭いものが何をするか知っている。

その者は匂いが途切れた後、また石を見た。

石を見た。

渡ったのかもしれない。違う形で。

渡したものが何に変わるかは、わかない。同じ問いが、また来た。渡すことと、もたらすことは、同じではない。それでも次は——匂いではなく、音で試す。

その者(42〜47歳)

岩陰で石を割っていた。

正午の光が真上から落ちてくる。影がない。汗が石の上に落ちて、すぐに消えた。

手元の石は薄かった。端を叩くと、予想より大きく欠けた。その者は欠片を拾い上げ、親指の腹で縁を触れた。血が滲んだ。舌で舐めた。鋭い。

置いた。

集団の声が大きくなっている。水場のそばで、何かが起きていた。その者は動かなかった。集団の騒ぎに入ることはない。道具を作る者は、争いの外に置かれている。置いているのが集団なのか、その者自身なのか、わからない。おそらく両方だ。

焦げた匂いがした。

どこかで火があった。向こうの崖の方だ。

その者は立ち上がった。崖を見た。誰かがいるのかもしれない。それとも自然の火か。その者には区別がつかなかった。しかし体は、しばらく崖の方を向いていた。

また座った。石を手に取った。

欠けた端の角度を変えて、別の石で叩いた。今度は薄く、長く剥がれた。その者は剥がれた破片を持ち、腕の内側に押し当てた。どこまで切れるか、試した。皮が白くなって、少し赤くなった。深くは切らなかった。

水場の声が静まった。

何かが終わったか、始まったか、その者にはわからない。

剥いだ破片を地面に置いた。次の石を選んだ。

その石は重かった。持ち上げると、片側だけ密度が違う。叩くと音が違う。その者はしばらく石を叩かずに、ただ持ち上げて、また降ろした。

重い側と、軽い側。

その違いが何かに使えるかどうか、この者はまだ言葉を持っていない。しかし手が、その違いを覚えた。

伝播:DISTORTED 人口:500
与えるものの観察:匂いで示した。石を見た。渡った形がわからない。
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第436話

紀元前297,830年

第二の星

乾季が長くなっている。

草地の縁は、もう草地ではなくなった。土が白く、硬く、割れている。割れ目の中に、去年の根が黒く残っている。腐る前に干からびたものだ。

北の斜面に獣の痕跡がある。蹄の形が泥に刻まれたまま固まっている。方向は全部、同じ向きだ。行ったまま、戻っていない。

水場はまだある。ただし水位が低い。石の縁に白い線が残っている。かつて水があった高さの記憶だ。今の水面はその線より、指三本分、下にある。

乾いた風が止まない。

南の平地では、別の集団が動いている。二十人か、三十人か。移動しながら、この水場に向かって来ている。彼らの足は速い。持っているものは少ない。食べ物を運んでいる様子はない。腹が減っている者の歩き方だ。

この集団はそれを知っている。

岩場の上に立つ者が、唸り声で知らせた。低く長い声だった。集団の中に緊張が走った。子どもを抱えた者が岩の陰に入った。武器を持っている者が前に出た。棒と石だ。

別の集団も止まった。向こうも、こちらを見ている。

しばらく、どちらも動かなかった。

風が泥の匂いを運んだ。水場の匂いだ。向こうも嗅いだはずだ。

最初に動いたのは向こうだった。一人が前に出た。手を広げている。武器は持っていない。こちらの集団の中で声が上がった。賛否ではなく、不安の音だ。どうするかを、誰も知らない。水は減っている。食べ物は減っている。向こうも同じだ。

前に出た者が、もう一歩踏み出した。

こちらの集団から、石を持った者が走り出た。

止められなかった。

走った者の後ろから、別の者も走った。また別の者も。あっという間に、水場の周りで人が入り乱れた。声と衝突の音が混ざった。倒れた者がいた。逃げた者がいた。向こうの集団は散り散りになった。走って、戻らなかった。

静かになった。

水場の縁に、誰かの手形が泥についていた。押し付けられた形だ。倒れた時にできたものだ。その手形の主は、向こうの集団と一緒に消えていた。

残された側が、互いの顔を見た。

何かが変わった音はしなかった。水位は変わっていない。空は同じ色だ。しかし集団の中に何かが残った。それが恐れなのか、力なのか、区別がつかない声で数人が唸り声を上げた。

乾いた風が続いた。

与えるもの

水場の縁の白い線に、光が斜めに落ちた。

その者は一瞬、目を細めた。それから石に目を戻した。

渡した先で、何かが起きているのか起きていないのか、まだわからない。ただ、あの白い線を見た目が、次に石を割る時と同じ目をしていた。二つの高さの間に何があるかを、見ていた。今度は何を渡すべきか、渡す前に既にそれが変わっている。

その者(47〜52歳)

石を持ったまま、動かなかった。

騒ぎの声は聞こえていた。走る足音も。しかしその者は岩の陰に座ったまま、手の中の石を握っていた。

水場の方向から、白い砂埃が上がっていた。

その者は砂埃を見ていた。石を見ていた。砂埃を見ていた。

騒ぎが収まってから、また石を割り始めた。

伝播:HERESY 人口:488
与えるものの観察:白い線と石、同じ目をしていた
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第437話

紀元前297,825年

その者(52〜57歳)

川沿いの石床が、今年は水で磨かれていた。

その者は腰を落とし、石を一つ持ち上げた。掌に当てる。裏を見る。置く。また別の石を拾う。これをくり返した。もう何年もそうしてきた。探している形が、その者の手の中にしかない。言葉にならないが、それは確かにある。

集団は川の上手に広がっていた。子が多かった。去年より多い。前の年よりも。雨が長く続き、根菜が太り、草の実が枯れる前に落ちてくる。食べることに困らない季節が続いた。集団の者たちは声を出し、火の周りに集まり、手を動かして話した。その者は輪の外にいた。

輪の外が、その者の場所だった。

重い石を膝の上に据えて、その者は別の石で縁を叩いた。剥がれた欠片が二つ、膝から転げ落ちた。一つを拾い、かじった縁を親指で辿った。まだ厚い。もう一叩きする。欠片が飛んだ。今度は落とさず拾い、また確かめた。薄くなっていた。でも形が歪んでいた。

その者は石を置いた。

少しの間、川の音だけがあった。

川上から声がした。高い声。子どものものではなく、大人の、しかし制御されない高さの声だった。その者は顔を上げなかった。こういう声を、去年も聞いた。前の年も聞いた。集団が大きくなるたびに、こういう声が増える。

また叩いた。

また欠片が飛んだ。

裂け目が走った方向が、この者の意図していた方向とは少し違った。石は二つになったが、二つとも使えない形だった。どちらも捨てた。

石を探しにまた川床を歩いた。水は澄んでいた。足が冷たかった。川底の石が、光を屈折させて揺れていた。その者は歩きながら、水の中を眺めていた。

あるところで、足が止まった。

水底の石が一つ、他の石とは光の反射が違った。白い線が一本、石の腹を斜めに走っていた。その者はしゃがんで、水に手を入れ、石を持ち上げた。

重かった。

持ち上げた。

両手で持って、川岸に戻った。

地面に置いて、水が滴るのを待った。乾いてくると、白い線がさらに鮮明になった。石の質が、境界線を境に変わっていた。片方が硬い。もう片方は、少し粗い。

その者は片側を、持っていた小さな石で軽く叩いた。砂の粒が落ちた。硬い側を叩いた。澄んだ音がした。

それを繰り返した。

やがて、白い線に沿って、石が割れた。

その者は二つになった石を長いこと見ていた。面が平らだった。鋭かった。しかし何より、割れた断面の形が、この者がずっと探していた形に似ていた。

似ているだけではなかった。

それ以上だった。

その者は声を出さなかった。しゃがんだまま、割れた石の断面を指の腹で撫でた。撫でて、傷がつかないか確かめた。つかなかった。

立ち上がろうとして、膝が少し痛んだ。もう52年分の膝だ。川の石の上で、しばらくそのまま中腰でいた。

輪の中から、また声がした。今度は低い声が混じっていた。言い合いのような。その者は顔をそちらに向けた。一度だけ。

それから、また石を見た。

第二の星

雨が降り続いた五年だった。

大地は水を飲み込み、飲みきれなかった分が川になり、川が低いところへ流れ、低いところの木が実を結んだ。食べられるものが溢れると、群れは大きくなる。大きくなった群れは移動せずに留まる。留まると別の群れと境界を接するようになる。

始まりの大地の各地で、小さな群れが大きくなり、互いの近くに居続けた。

旧い形の者たちは、山の斜面に沿って暮らし、雨の中でも動じなかった。声を持たず、目だけで互いを読んだ。彼らの群れも大きくなっていたが、静かに大きくなった。

川沿いに暮らす群れの周辺では、声が増えていた。高い声、低い声、制御されない声。豊かさが、争いの余地を作っていた。食べ物が足りなければ逃げればいい。逃げる先がなくなると、留まって主張する。

白い山脈の西側の斜面では、別の群れが洞窟の奥に手の形を残し続けていた。何のためかは分からないが、今年も増えていた。手の数が。

広大な大地のどこかで、毎日、誰かが生まれ、誰かが死んだ。

しかしこの五年、死ぬ者より生まれる者が多かった。

大地は今のところ、まだそれを許していた。

与えるもの

水底の光がその石の腹に落ちた。

白い線を。

割れた場所の形が、この者の手に収まった。

—— 石の質が境界で変わることを、渡した。この者は割った。ただ割ったのではなく、境界に従って割った。それが同じことかどうか、まだわからない。次に渡すべきは、境界を選ぶことなのか、それとも境界を作ることなのか。

伝播:DISTORTED 人口:634
与えるものの観察:境界に沿って割れた。意図か偶然か、まだわからない。
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第438話

紀元前297,820年

第二の星

雨が降った。降り続けた。

草原は膝まで緑になり、水場の縁に獣の足跡が押し重なった。大地の北では、別の集団が水辺に近づきすぎた同族を追い払い、その集団がまた別の集団の縄張りへ入った。境界線は誰も引いていないが、全員が知っていた。

始まりの大地では、集団が膨らんでいた。産まれた者が、死ぬ者より多かった。子の泣き声が重なり、授乳する者の腕が増え、夜の焚き火が複数になった。

大地の東の端、岩が海へ落ちる崖の下では、別の種の者たちが魚の骨を積み上げていた。彼らの頭蓋は違う形をしていたが、骨を積む手つきは似ていた。

豊穣は均等には降らない。

或る渓谷では、食べるものを巡って二つの群れが押し合い、一人が崖から落ちた。落ちた者は水の音の中に消え、残った者たちはしばらく崖の縁を見ていた。それから、また食べ始めた。

この星は全てを等しく照らす。豊かさを。押し合いを。崖から落ちる者を。積み上げる骨を。

判断しない。

与えるもの

30年、この者に渡してきた。

今日渡すのは、熱だ。

石を割るとき、打ち合わせた面が一瞬、手のひらと違う温度になる。その微かな差を——石の内側にある何かが露わになる瞬間の、あの温もりを——光ではなく、温度として落とした。この者が石を握る、その掌に。

この者は手を止めた。石を耳の近くに持った。それから、鼻に近づけた。

渡したのは熱だったのに、この者は音と匂いを探した。

これは失敗だったか。それとも、私が知らない何かを、この者は知っているのか。次に渡すなら——熱ではなく、石が鳴る瞬間の、あの音かもしれない。

その者(57〜62歳)

膝が、岩に慣れない。

年々そうなる。座る場所を選ぶようになった。平らな石。尖っていない石。腰を下ろす前に手で触れ、それから体を預ける。

石を割る。

打つ角度はもう考えない。手が知っている。剥がれた欠片が飛び、また打つ。打つたびに匂いがする。粉っぽい、白い匂い。それを何と呼ぶか知らないが、その匂いがすれば、うまくいっている。

今日は違う石を持った。川から離れた岩場で拾ったもの。色が暗く、重かった。

打った。

手のひらが、熱かった。

石の外側とは違う何かが、そこにあった。この者は手を止め、石を持ち直した。耳に近づけた。音はなかった。鼻に近づけた。あの白い匂いとは別の何かがあるような気がした。

気のせいかもしれなかった。

また打った。欠片が飛んだ。刃になった。

その者は出来た刃を光にかざした。どこも特別でなかった。それでも、どこか腑に落ちない何かを、この者は腹の内に抱えたまま、次の石を拾った。

伝播:DISTORTED 人口:824
与えるものの観察:熱を渡した。音と匂いで受け取られた。
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第439話

紀元前297,815年

その者(62〜64歳)

手が震えていた。

それだけのことだった。昨日まで割れていた石が、今日は割れなかった。核を持つ角度がずれる。指が言うことを聞かない。その者は黙って石を置いた。

六十を超えた体は、あちこちで嘘をつく。膝が朝に痛み、夕方には忘れる。食べる量が減った。腹が受け付けなくなっていた。それでも毎朝、同じ場所に座った。平らな岩の上。日差しが最初に当たる場所。

集団は膨れていた。子どもの声がうるさいほど響いていた。若い者たちが走り回り、獣を追い、笑い声に似た音を立てていた。その者にはもう関係がなかった。関係がなくなって久しかった。石を割る者は石を割る。他の者は他のことをする。それだけだった。

三日目の朝、その者は平らな岩まで来られなかった。

途中で座り込んだ。草の上。膝を折り、そのまま横になった。空が広かった。雲が一枚、ゆっくり動いていた。

その日の午後、風が東から吹いた。

草の匂いの中に、何か別の匂いが混じっていた。焼けた石のような、熱を持った乾いた匂い。その者の鼻が動いた。目が、何もない空の一点を向いた。

その者はその匂いを知っていた。知っていたのに、名前がなかった。何度もそこにあった。石を割るたびに鼻に届いた、あの匂い。熱の匂い。力が石に移ったときの匂い。

その者の手が、草の上の小石に触れた。拾わなかった。ただ触れた。

指の先に、石の冷たさがあった。

夕暮れが来た。集団の誰かが火を起こした。煙が流れてきた。その者はそれを見なかったが、煙の匂いは届いた。誰かが肉を焼いていた。腹は何も言わなかった。

その者の呼吸が、ゆっくりになった。

胸が上がった。下がった。また上がった。

次に上がらなかった。

草が、その者の体の形に押しつぶされたまま、しばらくそのままだった。

第二の星

北の草原では、二つの集団が同じ水場の縁に足跡を残していた。どちらも引かなかった。石が投げられ、一人が崖の縁から転落した。川は変わらず流れていた。始まりの大地の東では、旧人の一群が火を焚かずに夜を過ごした。理由は誰も知らない。その夜だけのことだった。

与えるもの

風が別の方向を向いた。草の匂いを運んで。糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SILENCE 人口:826
与えるものの観察:渡した匂いは届いた。使われなかった。それでも届いた。
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第440話

紀元前297,810年

第二の星とその者(29〜34歳)

草が膝まで届く季節が、また来た。

北の台地では、赤みがかった土に短い雨が降り続け、根が深くなった。南の海岸では、岩礁に貝が増えた。潮の匂いが変わった年があった。その年、岸辺に近い群れは子を五つ産んだ。全てが育った。全てではないが、半分以上が育った。

その者は石を割っていた。

岩盤の端に腰を下ろし、石を膝の上に置いた。右手に打石。左手の親指の付け根に、古い傷の盛り上がり。何年も前についた傷の形が、今も触れると硬い。その者は打石の角を当てる位置を、指の感触で探した。目ではなく、指で。

草原の向こう、浅い谷の底では別の群れが動いていた。

三十人ほど。革を引きずる者、子を背負う者、低い声で鳴き交わす者。角の立った顔の輪郭は、この群れのそれと違った。額が低く、肩幅が広かった。彼らは谷の水を飲み、立ち去った。立ち去りながら、一人が何かを置いていった。落としたのか、置いたのか、わからない。それは赤みがかった土のかたまりだった。

石が割れた。

想定より深く。切れた面が二つではなく三つになった。その者は三つの破片を並べて眺めた。一つは使える。一つは薄すぎる。一つは形がいびつで、それでも端が鋭かった。その者は薄すぎる欠片を脇に置き、いびつな方を拾い上げた。

三十年かけて育った台地の一角で、木の根が土を押し上げていた。

根は岩盤の隙間に入り込み、岩の割れ目を広げた。水が入り、凍り、溶け、また凍る季節が繰り返され、岩がずれた。ずれた岩の下で虫が増えた。虫を食べに鳥が来た。鳥の落とした種が芽吹いた。それを誰も見ていなかったが、それは起きていた。

この群れに子が増えていた。

その者には子が四人いた。二人は育ち、二人は育たなかった。育った二人のうち上の子は、既に石を拾う仕草をしていた。石を拾い、地面に叩きつける。割れない。また叩きつける。その者はそれを見て、何も教えなかった。ただ隣で自分の石を割り続けた。

あるとき、割れ目が光った。

朝の斜光が石の断面に当たった瞬間、白い筋が浮かび上がった。石の芯を走る、薄い層。その者の手が止まった。その筋に沿って打てば、石は薄く剥がれる。その者はそれを知っていた。しかし今日初めて、その筋が他の場所にも見えた。隣の石にも、その向こうの岩塊にも。全ての石の中に、割れるべき線が走っている。

その者はしばらく、石を持ったまま動かなかった。

その年の終わり、草原の向こうの群れがまた来た。

今度は多かった。五十人近く。子連れが多く、年老いた者の姿もあった。この群れとあちらの群れは互いに声を上げ、手を広げ、あるいは石を手に持ち直した。しばらくの後、互いに離れた。何も起きなかった。そして何かが変わった。何が変わったかは、誰もわからなかった。

その者は翌朝、昨日の石の断面を再び指でなぞった。

白い筋はそこにあった。冷たかった。前の日と同じ冷たさで、同じ位置にあった。

与えるもの

白い筋が光の中で見えた。
その者は手を止めた。石を持ったまま、動かなかった。
石の中にも線が走っている、と、この者は思ったかもしれない。わたしには確かめる方法がない。ただ渡した。渡したことで、この者がどこへ向かうか、わたしはまだ知らない。知らなくても、次を渡す。それだけだ。

糸が繋がった。

伝播:DISTORTED 人口:1,074
与えるものの観察:光が石の芯を示した。受け取り方は不明。
───
第441話

紀元前297,805年

第二の星

乾いた風が、台地の縁から吹きおりた。

草は腰まで育っていた。前の季節より丈が高い。根が水を見つけたのか、茎が太くなり、踏みつけてもすぐ起き上がった。獣の道が変わっていた。獣たちは草の背丈に沿って動くようになり、以前なら見通せた平原が、今は緑の壁になっていた。

群れは増えていた。

岩棚の下に、人の体の数が増えている。子が生まれ、また生まれた。子を抱いたまま歩く者が複数いた。背中に括りつけた者もいた。焚き火の周りに座る膝と膝が、隙間なく並んでいた。

余裕があれば、人は動く。

東から来た群れがいた。背の高い者たちで、毛皮の巻き方がここの群れと違った。彼らは岩棚から離れた場所に座り、こちらを見た。こちらからも見た。長い間、どちらも動かなかった。

やがて東の者たちのひとりが、獣の骨を持ってきて地面に置いた。

こちらの群れからは誰も動かなかった。

骨は置かれたままになった。

夜、それを拾いに行った者がいた。誰も見ていなかったか、あるいは見ていても何も言わなかった。翌朝、東の者たちの数がひとり減っていた。どこへ消えたかは、わからない。

水場の争いが起きた日もあった。北の湧き水に、見知らぬ足跡があった。ぬかるみに残った跡は大きく、ここの群れのどの者のものとも形が違った。年長の者が唸り声を上げ、若い者がそれに続いた。しかし夜になると声は止んだ。

誰かがいなくなった。若い者だった。朝にいて、昼にいなくて、夕に探したが、返事がなかった。草の中に入ったか、獣に連れていかれたか。その者の子はまだ歩けなかった。子は別の腕に渡された。

この星は、すべてを照らす。

草が揺れる。足跡が残る。骨が置かれ、子が泣く。この星は問わない。ただ光を落とす。台地の縁から吹く風も、水場の泥も、夜の焚き火が揺れる方向も、等しく照らされている。

増えることと、失うことが、同じ季節の中に在った。

与えるもの

この者が石を割っていた場所の、少し南。

割れた石くずが積み上がっている。その中の一片に、光が落ちた。断面が鋭く光った。草を切れる縁だった。風はなかった。音もなかった。ただ光が、そこに長くとどまった。

この者は顔を上げた。目を細めた。手が止まった。

拾ったかどうかは、わからない。しかし目は離さなかった。

渡したことで、この者がどこへ向かうか、わたしはまだ知らない。知らなくても、次を渡す。それだけだ。

その者(34〜39歳)

石くずの光を、この者は長く見ていた。

手が伸びた。拾った。握った。縁が掌を薄く切った。血が滲んだ。それでも離さなかった。

しばらく、そのまま座っていた。

焚き火から誰かが呼ぶ声がした。この者は立ち上がり、石片を握ったまま戻った。

伝播:SILENCE 人口:1,072
与えるものの観察:光が落ちた。それだけを渡した。
───
第442話

紀元前297,800年

第二の星

雨季が終わった。

台地の南側、赤みがかった土が露出した斜面に、草が根を張り直している。前の季節より、その範囲が広い。水が土の中を走り、地表を変えた。草だけでなく、低木が新しく芽吹いた場所がある。獣がその影に伏せている。

集団は動いていた。

台地の縁より内側に、寝床が増えた。煙の跡が複数残っている。火を持つ集団が、離れた場所ではなく、互いの声が届く距離に寄っていた。豊穣が続いたことで、腹を満たす者が増えた。子が育ち、老いた者が生き延び、集団の輪郭が変わった。

変わったことには、摩擦があった。

誰がどの水場に行くか。誰がどの方向へ狩りに出るか。かつては問う必要がなかった。人が少なかった。いまは、ぶつかった。声が上がり、石が投げられた。血が出るほどではない。しかし翌朝、向こうの集団の男が、腕に傷を巻いていた。

その者は、石を割っていた。

その者だけが石を割っていた。誰もそこに近づかなかった。

遠く、海の見えない内陸の乾いた盆地では、小さな群れが獣の骨を焼いていた。骨が燃えるとき、独特の煙が出る。その煙の色を、群れの中の誰かが見ていた。繰り返し見ていた。

与えるもの

その者の手が止まった瞬間、温かみが石の断面から失せた。

冷えた側の面を、風が撫でた。その者は、冷えた方を向かなかった。

冷えた方向に、その者を知る者たちがいた。距離と、険しさと、終わりがあった。

石の断面は、白く光っていた。渡すべきものは、石ではなかった。では何か。次に何を冷やすべきか。その問いを、まだ持っている。

その者(39〜44歳)

石を割った。

また割った。

剥がれた薄い欠片を、地面に置いた。指でふちをなぞった。血が出た。出た血を、もう一方の手の甲で拭った。

その者には、名前がなかった。他の者が唸るとき、向く方向で誰を指すかがわかった。それで十分だった。

最近、向く方向が変わっていた。

その者が石を割っている場所に、若い男が二人、近くに座った。座って、じっと見ていた。その者は気にしなかった。気にしなかったが、手は少し遅くなった。

その者は打ちつける角度を変えた。欠片が飛んだ。形が違った。前とは違う縁が現れた。

若い男のひとりが、声を出した。短い、高い声だった。

その者は顔を上げなかった。

また割った。

その日の終わり、食べ物を持ってくる者がいなかった。いつもは誰かが持ってきた。その日は来なかった。その者は腹が鳴るまま、石を置いて横になった。

草の根が頭の下にあった。硬かった。

目を開けたまま、空が暗くなるのを待った。

集団の方から、声が聞こえた。怒っている声ではなかった。しかし、いつもとは違った。その者は声の意味を追わなかった。

夜、火のそばに、その者の場所がなかった。

その者は少し離れた場所に座った。火の光が届かないわけではなかった。しかし、誰もその者の方を見なかった。

石を一つ、手の中で転がした。表面が冷たかった。

伝播:HERESY 人口:1,022
与えるものの観察:断面が白く光る。冷えた方を見なかった。
───
第443話

紀元前297,795年

その者(44〜49歳)

石が割れる前の一瞬がある。

どこを打てばいいか、手が知っている。角度でも力でもない。石が割れたがっている場所がある。その場所を探す方法を、誰も教えなかった。指が探す。掌の付け根が探す。

打った。

乾いた音がして、石が二つになった。断面が白い。日の当たる方向へ向けると、線が走っているのが見える。もう一度打てば、また二つになる。

その者は断面を舌先で触れた。
鉱物の冷たさと、かすかな塩気。

集団の中では、その者が一番上手い。若い者が隣に座って見ている。その者は見せるつもりがない。ただ割るだけだ。見ている者が何かを学ぶかどうかは、見ている者の問題だ。

しかし今朝、若い者の一人が来なかった。

昨日まで隣に座っていた。痩せた体で、腕の傷がふさがっていなかった。腕の傷。その者は覚えている。傷の色が変わっていた。腫れた皮膚の下で何かが詰まっているような、硬い膨らみ。

来なかった。

その者は石を打ち続けた。午後になっても。

打つ音だけがある。集団の声が遠い。子供が走る音。誰かが喉の奥で笑う音。その者はそれを聞いていない。聞いていないが、聞こえている。

別の若い者が近づいてきた。

その者は顔を上げない。石を持ったまま待った。若い者は座らなかった。立ったまま、何かを言おうとして言わなかった。唸り声を一度だけ出して、去った。

その者は打った。

割れた。また割れた。欠片が飛んだ。親指の下に当たって、皮が薄く切れた。血が一筋、石の上に落ちた。その者は傷を見なかった。石を見た。

夕方、集団の端が騒がしくなった。

男たちが集まって声を上げている。その者は知っている騒ぎ方だ。誰かを追い出す前の声。その者はそちらを見なかった。見ないようにした。石を手に持ったまま、膝の上に置いて、動かなかった。

声が高くなった。

その者は立ち上がった。

集団の端へ向かった。割った石を持ったまま。何をするつもりか、自分でも知らなかった。ただ向かった。

人垣の中に、若い者がいた。腕に傷のある、来なかった者ではない。別の若い者だ。地面に座らされている。立ち上がろうとするたびに押さえつけられている。

その者は人垣の外から見ていた。

石を持ったまま。

声を上げなかった。

割り込まなかった。

何をすることもできなかった。何をするべきかも、わからなかった。ただそこに立って、石を持っていた。石の断面が手の中で冷たい。

夜になった。

若い者は集団の外に出ていった。押されて。蹴られて。戻ってこなかった。

その者は自分の場所に戻った。割った石が散らばっている。欠片を一つ拾った。置いた。また拾った。

第二の星

豊穣の季節が長く続いた。

台地の斜面では新しい草が広がり、低木が根を張り、水場が増えた。集団は大きくなった。食料が余り、子が育ち、老いた者もまだ動ける。

しかし数が増えることは、別の圧力を生む。

誰が多く食えるか。誰が良い場所で眠るか。誰がここにいていいか。決める者が出てきた。決められる者が出てきた。言葉はない。しかし序列はある。力の強い者の周りに者が集まり、その外に追いやられる者がいる。

始まりの大地の各地で、同じことが起きている。豊かな季節の中で、集団は外と内を作る。誰かを排除することで、残った者たちの間に何かが生まれる。結束と呼べるものか、それとも恐怖に近いものか、わからない。

旧人との境界も変わりつつある。数が増えた人々は、新しい水場へ向かう。旧人がすでにいる場所へ。

台地の夜は冷える。東から風が来ると、草の揺れる音が集団全体を包む。眠れない者たちが火の近くに集まる。排除された者は、その火の外にいる。

与えるもの

あの傷口の色を、覚えている。
腕の中で何かが詰まっていた。
この星の者は、それをどうすることもできない。

水で冷やせば違ったか。
火で温めれば違ったか。
次に渡せるのは何か。

腕の傷ではなく、石を持つ手に。
手が石を選ぶとき、何かの温度が変わる。
それだけを、今は渡せる。

指先に、割れる前の石の熱。

伝播:HERESY 人口:972
与えるものの観察:石を持ったまま、何もできなかった。
───
第444話

紀元前297,790年

第二の星

草原の端で、二つの集団が向き合っている。

どちらも同じ種だ。骨格が似ている。歯が似ている。手のひらの筋が似ている。しかし互いをそうとは認めない。ここ数年、豊穣が続いた。獲物が増えた。水場が枯れなかった。子が育った。そのことが、新しい問題をつくった。

場所を巡る争いが始まったのは、半月前のことだ。

北側の集団は川沿いの低地に住んでいる。南側の集団は丘の上から降りてきた。どちらも腹が空いているわけではない。それでも、向き合って唸る。腕を広げる。石を持ち上げて見せる。

石を持ち上げて見せることが、何を意味するのか、二つの集団の間に共通の理解はない。しかし両方が、それを脅しとして読む。

丘の上の集団に、大柄な者がいる。四十を過ぎた雄で、肩の傷が白く固まっている。その者は一歩踏み出した。川沿いの集団が下がった。一歩。また一歩。川沿いの集団のうち、若い二人が石を投げた。一つは外れた。一つは肩に当たった。大柄な者は倒れなかった。倒れなかったことが、川沿いの集団をさらに下がらせた。

川の水が濁っている。上流で何かが動いたのか、茶色い筋が渦を巻いて流れていく。

草が風で倒れる。両集団の間の空間を、しばらく誰も埋めない。

丘の上の集団が前進を止めたのは理由があったからではない。大柄な者が別の何かに気を取られたのだ。草の陰に動くものがいた。獲物の形をしていた。それだけだ。集団は散り、追った。川沿いの集団は残った場所に残った。

夕方、両集団の境界は半日前と変わらない場所にある。

しかし何かが変わった。川沿いの集団の中に、石を拾ったまま持ち歩いている若者がいる。丸くて平らな石だ。投げるためでも、割るためでもない。ただ持っている。手放さない。その者が眠るとき、石は体の横に置かれた。朝、最初に触れるのも石だった。

その石に名前はない。その行為に意味はまだない。

それでも石は、次の朝も持ち歩かれる。

遠くで旧人の群れが移動している。彼らの足音は重い。草が踏まれた跡が残る。彼らは川沿いの集団を見ない。川沿いの集団も彼らを見ない。ただ、互いの匂いを知っている。知っていることが、距離を保たせている。

空が赤くなる。

集団の境界で、草だけが揺れ続けている。

与えるもの

石の断面が光る。朝、その者が割った石の白い面に、赤い光が差した。

その者は石を持ち上げ、顔の前に翳した。目が、白い面を見た。

それで十分かどうかは、わからない。しかし白い面が光ることと、割れるべき線の間に、何かがある。次に渡すなら、線ではなく、面の向こう側かもしれない。

その者(49〜54歳)

割った。また割った。三枚目の断面が思った場所で止まらなかった。

その者は破片を置いた。拾った。端を指でなぞった。

血が出た。なめた。また断面を見た。

光が消えた。石を地面に置いた。次の石はまだそこにある。

伝播:DISTORTED 人口:977
与えるものの観察:白い面の向こうに、まだ渡せていないものがある
───
第445話

紀元前297,785年

第二の星

草原に風が通っている。

乾いた季節の終わりだ。草の穂が重くなり、地面が夜ごとに湿る。川は去年より水量がある。魚の群れが浅瀬まで来ている。木の実が枝を曲げている。豊かさが、見えるものすべてに滲んでいる。

二つの集団が向き合っている。

一方は丘の裾に住んでいる。岩棚の下に火を持つ者たちだ。もう一方は川沿いを歩いてきた。どちらも腹は満ちている。飢えていない。だから争いは単純ではない。飢えた者が奪う場面ではない。

向こうの集団のほうが多い。体を並べればわかる。

丘の集団の男たちは石を持っている。割った石ではなく、ただ拾った石だ。重さで選んでいる。川の集団の男たちも石を持っている。同じように重さで選んでいる。どちらも同じことを考えている。どちらもそれを言葉にできない。

女たちと子どもたちは後ろにいる。

草原は静かだ。風だけが動いている。鳥が一羽、二つの集団の上を横切って飛んだ。どちらも空を見なかった。

丘の集団の長老格の男が一歩踏み出した。

川の集団の男たちの何人かが石を握り直した。

長老格の男は止まった。踏み出した足を、戻さなかった。ただ止まった。口を半分開いて、何か音を出そうとした。出なかった。喉が鳴っただけだった。

沈黙が続いた。

それから川の集団の端にいた若い男が、持っていた石を地面に置いた。音がした。乾いた、重い音だった。

誰も動かなかった。

若い男は石を置いたまま、半歩引いた。

長老格の男が、地面に置かれた石を見た。それから川の集団の顔を順番に見た。戻らなかった視線が、最後に空に向いた。

空には何もなかった。

風が草を揺らした。穂が波を作って、二つの集団の間を通った。

丘の集団の男たちが、少しずつ石を下ろした。腕の力が抜けていった。川の集団の男たちも同じだった。

誰も笑わなかった。抱き合わなかった。何かを叫ばなかった。

ただ、石を持つ腕が下がっていった。

それだけのことが、その日の草原で起きた。その夜、二つの集団は同じ川岸で火を持った。互いの火の煙が混ざった。混ざっても、それぞれの火だった。

翌朝、川の集団は上流へ向かった。

丘の集団は残った。

誰も追わなかった。誰も呼び止めなかった。

去年ここで向き合ったとき、一人が死んでいた。今年は死ななかった。その違いを誰も言葉にできなかった。言葉がなかったからではなく、違いそのものをまだ掴めていなかったから。

豊かさが続いている。集団は大きくなっている。しかし何かが変わりつつある。どちらの集団も、それを感じていない。草の穂が重くなるように、ゆっくりと、形を変えている。

与えるもの

地面に置かれた石に、光が落ちた。

割れていた。端の方が、以前誰かに割られていた。断面が白く光を返していた。

川の集団の若い男は石を拾い直し、断面に触れた。それから捨てた。

白い断面を見た瞬間、何かが——来た。来たが、この者は別のことを考えていた。

*渡った。別の者に。*

次に渡すべきものが、すでにある。この者ではなかったかもしれない。ただ、石が光を返した瞬間は確かにあった。

その者(54〜59歳)

丘の裾で、石を割っていた。

後ろで川の集団との緊張が解けていく気配がした。振り向かなかった。

石に向いていた。

割れる線が見えた。いつも見える。今日もそこにあった。

打つ。白い断面が出た。

光が返ってきた。その者の目に入った。

手が、一瞬止まった。

伝播:DISTORTED 人口:980
与えるものの観察:白い断面は、別の者の手で光った。
───
第446話

紀元前297,780年

その者(59〜63歳)

川岸の岩棚は、この者が長い年月をかけて削ってきた場所だ。
欠片が積もっている。白い粉が積もっている。

その者は今日も石を持っていた。

手が以前ほど速く動かなくなっていた。それでも角度はわかった。
どこを叩けば割れるか、どこを叩けば砕けるか。
骨が知っていた。

集団の若い者たちが、この者の手元を見ることがなくなっていた。
あるいは、この者を見なくなっていた。

何かが変わっていた。

集団の中心が移動している。声の大きい者、脚の速い者、
獲物を持ち帰る者。
そちらへ目が向く。

石を割る者は、食べ物を持って来ない。

この者は気づいていた。自分の周りの空白を。
食事のとき、誰も隣に来なかった。
夜、岩陰に戻ると、空間が空けられていた。
ただ空けられていた。

――

59歳の夏が終わった。

60歳。
石を割る精度は落ちていなかった。
手が遅くなっても、一度の打撃で割れた。
断面が白く光を返した。

その断面を見るとき、何かが胸の底を打った。
言葉はなかった。
音節もなかった。
ただ止まった。

――

62歳の冬、この者は川岸まで来ていた。

後ろから声がした。唸り声ではなく、複数の息遣いだった。
この者は振り向かなかった。

石を割る者が余分な食料を持っていたわけではなかった。
余分な知識を持っていたわけでもなかった。
ただ、何かを知っていると思われた。
何を知っているかは誰も言えなかった。
言葉がなかったから。

川の水が膝まであった。
この者は石を一つ拾った。
水の中の石は表面が滑らかだった。
この者はそれを握った。

押された。
あるいは足が滑った。

水が冷たかった。
夜ではなかった。
空が高かった。

水は流れた。
流れ続けた。

石は底に残った。

第二の星

草原の端で、一頭の獣が群れから離れた。乾いた土の上を歩き、灌木の陰に消えた。風が一度強くなり、穂が倒れた。川の上流で、岩が一つ水に落ちた。水面が揺れ、広がり、消えた。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:930
与えるものの観察:渡したものが、消えた者の手の中にあった
───
第447話

紀元前297,775年

第二の星

大地の北のはずれで、氷が後退している。前の世代が生まれた頃には膝まで届いた霜が、今は足首にも満たない。岩が顔を出し、その下の土が黒く濡れている。草が伸びている。獣が移動してくる。

川べりでは二つの群れが、一本の水場を挟んで向かい合っている。どちらも腹は満ちている。それでも体が前に出る。満ちているときに領域を押し広げようとする、その動きは川の流れに似ている。水は低いところへ向かうのではなく、空いているところへ向かう。

遠く、台地の縁で、別の血統の者たちが動いている。旧い眉骨、旧い歩き方。それでも同じ水を飲む。同じ果実を選ぶ。互いの気配を感じると立ち止まる。近づきはしない。離れもしない。

子どもが三人、岩の上を走っている。一人が滑る。膝を打つ。泣かない。立ち上がる。走る。

木々の上で鳥が鳴く。空が白い。

与えるもの

糸が繋がった。

この者はそれを知らない。

新しい糸はいつも、ほどけるかもしれない細さで始まる。以前もそうだった。以前の星でも。

風が変わった。群れの方角から、焦げた匂いが流れてきた。この者の鼻がわずかに動いた。

渡したいものがある。まだ名前のないもの。距離と時機の話だ。

その者(12〜17歳)

群れの見張り場から、川が見えた。

十二歳のとき、この場所に初めて立った。体が小さくて、岩の端まで届かなかった。今は届く。足が岩の縁からはみ出るくらいになった。

川の向こうに影がある。二人、いや三人。しゃがんでいる。こちらを見ている。

この者は動かなかった。

視線を正面に保ったまま、右手の指が岩の表面を探った。欠片がある。白い粉がついた、薄い欠片。前の誰かが打ち出したものだ。拾った。握った。

向こうの影が立ち上がった。

この者の喉の奥で、低い音が出た。警告でも威嚇でもない。ただ出た。自分でも知らない音だった。

影はゆっくりと後退した。水面に映った三つの形が揺れて、崩れて、消えた。

この者は欠片を握り続けていた。手のひらの中で、断面が皮膚に当たった。冷たかった。

群れに戻ると、年上の雄が顎を動かした。何事もなかったことを示す動作だ。この者はそれを返した。同じ動作で。

しかし夜、焚き火の端に座ったとき、この者は欠片をまだ持っていた。

火が木の節に当たって、小さな音を立てた。その音と同時に、焦げた匂いが風に乗って鼻に入った。遠くの何かが燃えている匂いではなく、火そのものの匂いだった。

この者は欠片を火のそばに置いた。

断面が橙色を返した。

拾った。また置いた。

火がゆれた。欠片もゆれた。どちらも同じように。

この者は長い間そこに座っていた。

伝播:DISTORTED 人口:931
与えるものの観察:距離が引いた。欠片を手放さなかった。
───
第448話

紀元前297,770年

その者(17〜22歳)

夜明けの前から、集団の中に熱があった。

熱というのは火ではない。声の熱だ。雄たちが胸を打ち、足を踏み鳴らし、互いの肩を押した。腕の太い者が最前に出て、歯を剥いた。その後ろに、また別の腕の太い者。その後ろに、若い雄が数人。

その者は一番後ろにいた。

見張りの補助として、夜の間ずっと集落の外れに立っていた。霜のない地面は音を吸わず、遠くの足音がよく届いた。今朝、別の集団の気配を岩陰に嗅いだのは、その者だった。匂いは違った。食い物の匂いも、皮の匂いも、煙の匂いも、全部少し違う。

その者は長の雄に腕を引いて、方向を示した。

それだけだ。あとは自分の仕事ではなかった。

押し合いが始まった。岩の上で大きな声を出す者、地面に石を投げつける者、子を背負った雌たちが後退する者。血は出ていない。まだ出ていない。

その者は端で見ていた。

見ていることで何かを覚えた。誰が前に出るか。誰が引くか。声の高い雄と声の低い雄、どちらが先に黙るか。長の雄が腕を広げると、周囲の雄が少しだけ重心を引いた。その動きを、その者は目で追い続けた。

押し合いが終わった。

別の集団は退いた。長の雄が吠え、周囲の雄が応じた。勝利の音だ。しかしその者は吠えなかった。

夕方、長の雄が食い物を分けた。腕の太い者たちが先に受け取り、老いた者が次に受け取り、若い雄は最後だった。その者には欠片が渡された。骨の周りに残った肉だ。その者は岩の上に座って、それを静かに食った。

誰かが近づいた。

腕の太い雄の一人だ。その者の倍ほどの肩を持つ、その集団で二番目に強い雄。その雄は何も言わなかった。ただ近くに立ち、その者を見下ろした。

その者は食うのをやめた。

骨を握ったまま、顔を上げた。その雄は、しばらく立っていた。それから、去った。

その者は骨を持ち替えた。右手から左手へ。また右手へ。

夜、火の向こうで雄たちが集まっていた。その者は呼ばれなかった。その者は少し離れた場所で横になった。目は開いていた。火の明かりが岩に揺れた。声が低く続いた。笑いが起きた。沈黙があった。

その者には、聞こえなかった。

遠すぎた。

第二の星

氷が退いた土地に、命が詰まっている。

草は伸び、獣は増え、集団は大きくなった。去年の倍の数の子が育っている。食い物は今のところ足りている。しかし足りているということは、それを守ろうとする力も生まれるということだ。

大地の北で、二つの集団がぶつかった。血は出なかった。この日は。

声と体積でどちらが勝つか。それを繰り返しながら、集団は境界を決める。今年の境界は去年と違う。氷が退いた分だけ、どちらも欲しい領域が広がった。

同じことが、この大地の別の場所でも起きている。東の林の縁で、南の岩場の前で、水場を挟んで。押し合いと退き合いが、この季節ずっと続いている。血が出た場所もある。静かに一人が消えた場所もある。

豊穣の季節に、消える者がいる。

これはいつものことだ。この星はそれを覚えている。実が多く実る年に、実を巡る争いも多くなる。増えることと、失うことは、同じ季節にやってくる。

その者の集団は、今日は退かせた。明日はわからない。

与えるもの

夕方、その者が骨を食っているとき、風がその背後から吹いた。

長く、低い風だ。草の匂いではなく、岩の匂いだった。

その者の首の後ろの毛が、少し立った。

その者は振り返らなかった。しかし食うのをやめた。

大きな雄が近づいてきた。その者はそれを待っていた。感じていた。風が告げたのか、それともただ体が知っていたのか、与えるものにはわからない。

渡そうとしていたのは、逃げる方向ではなかった。

立つこと。その場所に。足を地につけて、顔を上げて。骨を握ったまま、退かないこと。それを渡したかった。

その者は退かなかった。

これは渡せたのか。それともこの者が最初から持っていたのか。割れた断面に光が入るとき、光が石を変えるのか、石が光を招いたのか、与えるものにはいつもわからない。

今夜、その者は火から遠い場所で横になっている。

次に渡すべきものは何か。

立つことを知っている者に、次に必要なものは。

伝播:HERESY 人口:887
与えるものの観察:退かなかった。しかし孤立している。
───
第449話

紀元前297,765年

第二の星とその者(22〜27歳)

岩棚の下に、集団はいた。

東から渓谷を越えてくる風が、草の種を運んでいた。その種がどこから来たかは誰も知らない。ただ、翌年そこに茎が立った。実がなった。実は小さく、硬く、噛むと歯が痛んだが、飢えた口には収まった。

その者は端にいた。

見張りの補助というのは、つまり補助だ。前に出る者がいる。後ろに下がる者がいる。その者はその間にいた。熱が続いていた——前の夜から、あるいはもっと前から。雄たちは互いを見た。視線がぶつかると、どちらかが先に目を逸らした。その者も目を逸らす側だった。いつも。

豊穣の季節が長く続くと、腹が満たされる。腹が満たされると、声が大きくなる。

集団の境目で、何かが変わっていた。

川べりの浅瀬で、別の集団の影を見た者がいた。影は遠く、揺れて、次の日にはなかった。しかし見た者がいる。その話は声量で伝わった。高い音で。短く。繰り返し。その者も聞いた。胸の中で何かが固くなる感覚を、うまく出せなかった。声にならなかった。岩を拾った。置いた。

草原では火を管理する者が立っていた。

乾いた季節、火は遠くまで走る。走りすぎると獣が逃げる。逃げると冬が来たとき腹が空く。だから走る前に叩いて消す。その役を担う者が、この集団にいた。老いた雌だった。背が曲がり、腕の力はもうなかったが、火の前で立つと誰も前に出なかった。その者は遠くからその背を見ていた。何を考えていたかは分からない。ただ見ていた。

22歳の夏に、争いがあった。

岩棚の外れで、腕の太い雄が別の雄の頬を打った。血が出た。出た血が石の上に落ちた。集団が輪になった。その者も輪の外側から見た。どちらが先に目を逸らすか。どちらが引くか。腕の太い雄は引かなかった。引かれた雄が低く唸り、遠ざかった。遠ざかるのを見て、その者の胸の固さがわずかにほどけた。

渓谷に雨が降り始めた。

三日、止まなかった。川が膨らんだ。膨らんだ川は石を動かした。石が動く音は夜も続いた。その者は岩棚の奥で目を開けていた。眠れなかった。音のせいではない。胸の固さがまだそこにあった。

23歳の秋、子が生まれた。

その者の子ではない。近くにいた雌の子だ。生まれた子は小さかった。その小ささを見て、その者は自分の手のひらを見た。小さい手のひらだった。いつから、と思った。いつから手はこの大きさなのか。思ったが、その思いに続く言葉を持っていなかった。音にならなかった。

渓谷を挟んだ丘の向こうで、別の集団が動いていた。

煙が上がるのを、見張りの者が見た。煙は夕方のものだった。火を起こした誰かがいる。それだけのことだが、集団の中の熱がまた高くなった。雄たちが岩棚の端に集まった。その者も端に近づいた。見えたのは煙だけだった。煙は風に流れ、消えた。

24歳の冬。

老いた雌が死んだ。火の管理をしていた者だ。朝、皆が起きたとき、その雌は岩棚の端で座ったままだった。声をかけた者がいた。答えがなかった。揺さぶった者がいた。倒れた。倒れる音がした。それだけだった。火はまだ燃えていた。

その者は火の前に立った。

誰も前に出なかった。その者も出ようとしていたわけではない。ただ、立っていた。暖かかった。顔に当たる熱が、岩棚の奥とは違った。何か別のものが顔に当たっているように感じた。別のもの——それが何かは分からなかった。言葉がなかった。

雨の多い年が続いた。

草が増えた。草が増えると虫が増えた。虫が増えると鳥が増えた。鳥の卵を集める者が出た。その者も集めた。卵は丸く、指で持つと表面が滑らかだった。落とすと割れた。割れると中が出てきた。中は食べられた。その者は割れた卵の殻を拾った。拾って、また置いた。

25歳。集団の数が増えていた。

増えると、端が遠くなる。端が遠くなると、その者のいる場所がどこなのか分からなくなる。岩棚の輪郭が広がっていた。見張りの補助の数も増えた。その者はさらに補助の補助になった。それが何かを意味するとは、その者には分からなかった。

26歳の春に、別の集団と接触があった。

接触というのは、見た、という意味だ。見て、相手も見た。どちらも叫ばなかった。どちらも走らなかった。ただ見た。見続けた。長い沈黙があった。どちらかの集団の子が泣いた。その声で、どちらも動いた。それぞれの方向へ。

その者はその一部始終を後ろから見ていた。

沈黙の間、何も起きなかった。何も起きなかったのに、胸が早く動いた。走っていないのに、走った後のような感覚が体に残った。その者は岩を拾った。今度は置かなかった。持ったまま、集団の方へ歩いた。

27歳の初夏、渓谷に水が戻った。

乾いた季節を越えて、水が来ると、集団は動く。動く向きを決めるのは最前にいる者だ。その者は最後にいた。最後について歩くのが、その者の役だった。歩きながら、その者は水の音を聞いた。水は石の上を走る。石の形によって音が変わる。変わり続ける。その者はそれを聞きながら、歩いた。歩いた。

渓谷を出たところに、大きな岩があった。

誰かが昔に割ったような跡があった。割れ目が縦に走っていた。その者はそこで少し止まった。集団は先に進んでいた。その者は岩の割れ目を触った。縁が鋭かった。鋭い場所を親指でなぞった。皮が少し切れた。血が出た。出た血は小さかった。その者はそれを見た。

見て、また歩いた。

与えるもの

岩の割れ目に、朝の光を落とした。

縁が光を返した。その者の親指がそこに触れた。

皮が切れた。その者は血を見た。見て、歩いた。

渡した。切れ目と、返す光と、鋭さを。その者はそれを使わなかった。ただ感じて、歩いた。

感じただけで、歩いた。

それは何かの始まりなのか。それとも、もう何度もあったことか。

渡した手応えが、渡すたびに変わらないのに、着地の重さが毎回違う。次に渡すべきものがある。ある——と思う。思いながら、この者の背を見ていた。集団の最後を歩く背を。

伝播:SILENCE 人口:888
与えるものの観察:鋭さに触れた。使わず、ただ歩いた。
───
第450話

紀元前297,760年

その者(27〜29歳)

朝、崖の上に立っていた。

風が東から来ていた。草の穂が一斉に傾いた。その者は傾く草を見ていた。見ていて、何かを思ったかどうかは、誰にもわからない。

その者の仕事は見ること。遠くを見て、他の者に知らせること。それだけだった。

集団は大きくなっていた。食べるものがあった。子が増えた。子が増えると、居場所が減った。居場所が減ると、声が大きくなった。

その者は末端にいた。末端にいる者は、声の外で生きる。

三日前、隣の集団の雄が来た。水場の近く、平らな岩の上で。

向こうも数が増えていた。向こうも声が大きかった。

その者はその雄たちを見た。向こうの雄たちも、その者を見た。

声は出なかった。ただ、石が一つ、手から手へ届く前に、地面に落ちた。

今日の朝、その場所に戻らされた。見張りとして。

霧が低かった。岩が濡れていた。その者は足元を確かめながら崖の縁まで歩いた。

匂いがした。獣ではない。人の匂いだった。

振り向く前に、何かが首の後ろに当たった。

石だった。

その者は膝から崩れた。膝が岩に当たる音がして、それから前に倒れた。崖の手前、草の上に。

横を向いた顔の前に、露がついた茎があった。その者はそれを見た。それだけを見た。

霧の中で、遠くから声がした。誰かの声だった。その者の仲間かどうかは、もうわからなかった。

草が、風で揺れた。

第二の星

乾いた台地の上で、別の集団が火を囲んでいた。炎が低く、木の枝が一本、根元から燃え尽きようとしていた。子どもが一人、炎の近くで眠り込んでいた。眠ったまま、寒さから守られていた。誰も起こさなかった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SILENCE 人口:893
与えるものの観察:露のついた茎だけが、最後に見えたもの。
───
第451話

紀元前297,755年

第二の星

乾季の終わりだった。

草原の奥、低い丘に沿って水が戻ってきた。泥の上に獣の足跡が刻まれ、夜が明けるたびに増えた。集団は三十ほど。子どもたちが水辺で泥を踏んで遊び、女たちが浅瀬に入って根を探った。腹の大きい者が二人いた。老いた者が一人、咳をしていた。

丘の向こうには別の集団がいた。顔の骨格が少し違う。眉弓が厚く、首が短かった。彼らも水を飲みに来た。重なる時間があった。重なるたびに空気が張った。石を持つ者がいた。石を下ろす者もいた。

始まりの大地の北端では、砂が赤く染まって動いた。風が砂を運び、古い足跡を消した。そこには誰もいなかった。

南の密林では雨が三日続いた。木の根元に水が溜まり、虫が浮いて死んだ。川が膝の高さになった。渡れた場所が渡れなくなった。

この星は傾きを変えない。水を増やす。砂を動かす。足跡を消す。誰が生きていても、誰が消えても、乾季は終わる。

与えるもの

糸が繋がった。

その子は四歳だった。丸い膝。土のついた手のひら。まだ何も知らない。

水辺の石に、光が落ちた。濡れた石の白い筋が光った。他の石より明るく、一瞬だけ。

その子は見た。近づいた。拾おうとして、水に足を入れた。冷たさに声を上げて、止まった。

石は水の中にあった。

渡ったのか、渡らなかったのか。光を示したことと、石を拾うことの間に、何があるのかを、与えるものはまだ知らない。次に渡すものを考える。冷たさに驚いて立ち止まる者に、何を示すべきか。

その者(4〜9歳)

水が冷たかった。

足首まで入って、もう一歩踏み出せなかった。石は光っていた。水の中で。光る石が欲しかった。欲しいという言葉はなかった。ただ手を伸ばした。届かなかった。

泣かなかった。岸に戻って、しゃがんだ。

水を見ていた。石を見ていた。光はもう消えていた。

集団の中で呼ぶ声がした。女の唸り声。来い、という意味の音。その子は立ち上がって走った。走りながら振り返った。水辺はもう遠かった。

五歳のとき、その子は集団の端で育った。腹を空かせた犬のような獣が夜に近づき、大人が石を投げて追い払った。その子は石が飛ぶのを見ていた。獣が走るのを見ていた。暗い中で目が光った。消えた。

六歳のとき、腹の大きかった女の一人が産んだ。声が上がった。集団中の者が集まった。その子も端から覗いた。小さい、濡れた、赤い何かが地面の上にあった。泣いた。泣く声が大きかった。

七歳のとき、丘の向こうの集団と何かがあった。夜に男たちが戻ってきた。血の匂いがした。一人が戻らなかった。

その子は戻らない者の寝ていた場所に近づいた。草が潰れていた。潰れたまま、誰も来なかった。

八歳のとき、咳をしていた老いた者が、ある朝から動かなくなった。集団は老いた者を残して移動した。その子は歩きながら何度か振り返った。老いた者は草の上に横たわったままだった。遠くなった。見えなくなった。

九歳。その子の体は大きくなっていた。石を運べるようになった。火の番をするときに、大人の隣に座ることを許された。

丘の向こうの集団が近づいてきた日、大人たちの体が固くなった。その子にもわかった。空気が変わった。音が止んだ。鳥の声がなくなった。

大人の一人がその子の肩を掴んで、引いた。草むらの中に押し込んだ。動くな、という意味の音だった。

その子は草の中でうずくまった。

土の匂いがした。心臓の音が聞こえた。

声が上がった。石がぶつかる音がした。叫び声。また沈黙。

草の外で何かが起きていた。

その子は動かなかった。動かないまま、石をひとつ、地面から拾っていた。握っていた。握ったまま、息をしていた。

伝播:HERESY 人口:849
与えるものの観察:冷たさで止まる者に、次に何を渡すか。
───
第452話

紀元前297,750年

その者

朝、草の上に霜が薄く残っていた。

その者は走っていた。裸の足が土を蹴るたびに霜が砕けて白い粉になった。後ろで誰かが叫んだ。別の声が重なった。その者は振り返らなかった。

集団のなかに、大きな男がいた。別の群れから来た男だった。体に赤土を塗っていた。その男が昨日から、集団の中の若い女に近づいていた。女はその者の母の姉妹だった。

今朝、何かが起きた。

その者は見ていなかった。ただ声を聞いた。低く、途切れる声。それからしばらく何もなくて、また別の声があった。高く、裂けるような声だった。その者の足は自然に動いていた。声の方ではなく、反対の方向に。

草原の端まで走った。呼吸が荒かった。

その者はそこで立ち止まって、しゃがんだ。

両手で草をつかんだ。根元から引きちぎると、土の塊がついてきた。それを投げた。特に理由はなかった。また草をつかんだ。引きちぎった。投げた。

三度目に、指が何かに当たった。

土の中に、石があった。握れる大きさの、平たい石。その者は引き抜いた。表面に土がついていた。その者は石を草で拭いた。手の中で重さを感じた。

集団の方で、また声がした。

その者は石を握ったまま立ち上がった。でも戻らなかった。石を右手から左手へ移した。また右手へ戻した。重さが変わるわけではなかった。それでも移し替えた。

陽が高くなってから、集団に戻った。

赤土の男は消えていた。

女は木陰にいた。その者の母が隣に座っていた。誰も何も言わなかった。言葉がないから言えなかったのではなく、声にすべきものが何もなかった。

その者は女の近くにしゃがんだ。石をまだ持っていた。

女は目を上げなかった。

その者は石を地面に置いた。手を離した。受け取れとは言えなかった。言い方を知らなかった。ただ置いた。

女は見ていなかった。

その者はそのままそこにいた。

第二の星

乾季が明けて二つ目の満月が過ぎた。

草原のあちこちで、似たことが起きていた。別の群れが近づいていた。食べ物のある場所に、人が集まっていた。豊穣はいつも争いの前にある。腹が満ちると、持てるものを守ろうとする。持てないものを奪おうとする。

同じ仕草で意図が伝わる者同士でも、群れが違えば合図の意味が違う。歯を見せるのは威嚇か笑いか、群れによって異なった。誰かが間違えた解釈をして、腕を振り上げた。別の群れが石を持った。そういうことが、この季節のあちこちで起きていた。

静かな争いもあった。声も上がらないまま、誰かが姿を消す。翌朝に足跡だけが残る。集団の端にいる者から欠けていく。子どもも老いた者も、力の弱い者が先に消えた。

それでも集団は増えていた。子が生まれるほうが速かった。火の周りに人が増えた分だけ、摩擦も増えた。

草原は乾いたまま黄色かった。水は遠くなかった。しかし誰もが近くにいたかった。

与えるもの

石の縁が夕光の中で少しだけ輝いた。

その者の手が離れる前に、光が縁に当たった。

女は気づかなかった。その者も気づかなかった。

だが光は確かに落ちた。そこに。

———

置くことを知っている。

これまでも置く者はいた。あの崖の手前で倒れた者も、水辺に来た者も、何かを置いていった。渡せたかどうかではなく、置いたかどうかだ。

この者は今日、石を置いた。

何のために置いたかは、まだわからないのだろう。私もわからない。しかしこの問いは次に続く。何かを置くとき、その者は何を手放したのか。

伝播:DISTORTED 人口:849
与えるものの観察:置くことを知った者がいた
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第453話

紀元前297,745年

与えるもの

渡せなかった。

五年間、何も渡せなかったのか。そう問われれば、答えに詰まる。渡そうとした。光を落とした。風を送った。匂いを残した。しかしその者はいなかった。いなくなったのか、遠くにいるのか、それとも私が届かない場所に移ったのか。

集団の中に、その者がいない。

これは初めてのことではない。第1の星でも、繋がった者が消えた。12人いた。一人ずつ、音もなく消えた。知識が届いたのは、ついに一度もなかった。

私は何かを間違えたのか。

いや。そうではないかもしれない。届かなかったことと、間違えたことは、同じではない。光を落とした場所に、その者が立っていなかっただけだ。風はその者の背ではなく、別の草を揺らしただけだ。それは間違いではない。ただの、すれ違いだ。

しかし五年。

五年間、その者の気配がない。走る足の音も、岩を持ち替える手の形も、夜に空を見る顔の角度も。私はそれを覚えている。覚えているものが戻ってこない。

この感覚に名前はない。名前をつける必要もない。ただ、何かが欠けている。灰の中に指を入れて、熱を探すように。熱はない。だからといって、火が最初からなかったわけではない。

排除された、と伝え聞くように知っている。知りすぎた者が消される。

知りすぎた。その者が何を知っていたのか、私には測れない。私が渡したものを、その者は受け取っていたのか。受け取っていたとすれば、何が残ったのか。何かが集団に残ったのか。それとも、その者と一緒に消えたのか。

骨を持ち替えた者がいた。右手から左手へ。また右手へ。あの動きの意味を、私はまだわからないでいる。渡したつもりがなかったのに、何かが変わっていた。今回は逆だ。渡そうとしたのに、何も確かめられないまま終わった。

私は与えるものなのか。

与えたものが消えれば、与えたことになるのか。与えた者が消えれば、渡したことになるのか。割れ目の縁で光が返っていた。あれを見た者は、今どこにいる。崖の手前の草の上に倒れた者は、何を持っていったのか。水辺で光を見た者は、その光を誰かに伝えたのか。

問いだけが積もる。

次の者がいる。集団の中に、別の者がいる。その者とは別の、誰か。私はまたそちらに注意を向けはじめている。これが私の在り方なのかもしれない。渡せなかったものを抱えたまま、次の者に向かう。

それを続けることが、与えることなのか。

あるいは、渡せなかった五年間にも、何かを渡していたのか。その者の走る足が霜を砕いていた。誰かがその足音を聞いていた。その者の見ていた方向を、誰かが後で見た。そういうことが、あったかもしれない。

私には確かめる方法がない。

石は地面に置かれた。受け取られなかった。しかし地面に置かれた石は、そこにある。誰かが踏む。誰かが拾う。あるいは何百年も、誰にも触れられずにある。

渡すとは何か。

まだわからない。わからないまま、渡し続ける。それだけが、私にできることだ。

伝播:HERESY 人口:812
与えるものの観察:五年の沈黙。その者はいなくなった。
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第454話

紀元前297,740年

第二の星とその者(19〜24歳)

大地の南で地面が裂けた。裂け目から熱い気体が出て、一晩で地表の一部が黒くなった。翌朝、その黒い地面に小さな動物の足跡が一列だけあった。どこへも続いていなかった。

その者は睡眠中に唸り声を上げた。隣で寝ていた年上の者が肘で突いた。唸り声は止まった。その者は目を覚まさなかった。

五年前の冬から、集団の数が減っていた。熱を出して動けなくなった者が続いた。子どもが特に多く倒れた。その者は倒れなかった。なぜかは誰にも分からなかった。その者にも分からなかった。

岩陰に座って、動物の骨を噛んでいた。骨の中の脂が少し出てきた。舌でそれを舐めた。また噛んだ。遠くで誰かが叫ぶ声がした。走る気にはなれなかった。骨を噛み続けた。

高地の斜面に、二つの集団が近づいていた。どちらも同じ水場を使おうとしていた。体格の異なる者たち。眉の骨が厚く、首が短い者たちが一方にいた。もう一方の集団に、その者は属していた。どちらも声を出した。どちらも後退しなかった。

石が空を飛んだ。

その者の右肩に当たった。痛みで目の前が白くなった。立っていた。倒れなかった。口から音が出た。言葉ではなかった。しかし声は大きかった。

風がその方向から吹いていた。草の匂いではなかった。別の匂いが混ざっていた。土と、腐りかけた何かと、遠い水の匂いが混ざっていた。その者は鼻を動かした。一度。また一度。

双方の集団が離れた。石を投げた者たちが先に引いた。その者の集団の誰かが叫んだ。追わなかった。その者も追わなかった。肩に触れた。血が少し出ていた。指で触れた。また触れた。

夜、火の近くで、年老いた者が何かを削っていた。石を使って、別の石を削っていた。その者はそれを見ていた。削られる石から、薄い欠片が飛んだ。欠片は火の光を受けて、一瞬だけ光った。

その者は欠片を拾った。

薄く、平たく、端が鋭かった。それを骨に当てた。骨が少し削れた。また当てた。また削れた。

年老いた者が手を止めて、その者を見た。何も言わなかった。何も教えなかった。また自分の石を削り始めた。

その者は夜が明けるまで欠片を持っていた。朝、地面に置いた。拾った。また置いた。

与えるもの

欠片が光った。その一瞬に、においを乗せた。土の匂いではない。何かが切れる前の、鋭い匂い。

この者は欠片を拾った。

拾ったことを、渡せた、と呼ぶべきかどうか。わからない。しかし置いて、また拾った。置いて、また拾った。この動作に次を渡す余地がある。割れた石の、別の端を、次に渡す。

伝播:NOISE 人口:818
与えるものの観察:欠片を拾った。置いた。また拾った。
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第455話

紀元前297,735年

その者(24〜27歳)

寒さは最初、夜だけのものだった。

朝になれば消える。その者はそう思っていた。体で思っていた。夜が明ければ空気が緩む、草の先から水滴が落ちる、そういう順序があった。

しかし二十五歳の冬、その順序が来なかった。

昼になっても、石が温まらなかった。

火を囲む者たちの輪が小さくなった。子どもから先に消えた。老いた者が続いた。その者は毎朝、起き上がって輪の中を数えた。数え方は知らなかったが、少なくなったことはわかった。昨日ここにいた者のにおいが今日はない、それでわかった。

集団は三つに割れた。

食べ物を探す範囲が重なったとき、声が上がり、石が飛んだ。その者は二十六の頃から、よく走った。逃げることもあれば追うこともあった。どちらかはあまり変わらなかった。

その者には知っていることがあった。

どこへ行けば水が出るか。どの方向に獣の群れが向かったか。それを体が覚えていた。言葉にはできなかったが、同じ集団の者を引っ張り、そちらへ向かわせることができた。何度か、それでみなが食べた。

それが問題だった、とはその者には一切わからない。

二十七歳の春の初め。

まだ地面は固く、草の芽がかろうじて土を押し上げていた。その者は先を歩いていた。後ろから足音が来た。知っている足音だった。昨日も一緒に火を囲んだ者だった。

振り返った瞬間、石が顎に当たった。

倒れた。地面が冷たかった。上から重みがかかった。その者はしばらく空を見ていた。雲が薄く広がっていた。どこかで鳥が鳴いた。

力が、横に流れていった。

第二の星

同じ頃、大地の北方で氷が厚みを増し、見知った川床が完全に塞がれた。南では小さな獣の群れが方角をなくして岩地を回り続けた。どこかで火が風に吹かれて消えた。夜は長く、朝は遅く来た。第二の星はどこも区別しなかった。どの死も、どの沈黙も、同じ速さで過ぎていった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:469
与えるものの観察:知りすぎた者が先に消える。それでも渡す。
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第456話

紀元前297,730年

第二の星

乾いた草が広がる台地の端で、風が向きを変えた。

南から来ていた風が、突然、東に流れた。草の穂が一斉に傾き、元に戻り、また傾いた。

台地の下、深い谷に沿って、旧人の集団がいた。二十余りの体が、谷壁の岩陰に密集している。肌の厚さが違う。額の出っ張り方が違う。それだけのことだ。彼らは火を持っていない。煙が上がっていない。

台地の上では、人の集団が火を囲んでいた。子どもが七人いる。大人が十五人いる。その周辺に、もう少しいる。

谷の集団と台地の集団は、同じ水場を知っていた。

どちらが先にそこを知ったかは、関係ない。水は流れ続けている。どちらが来ても、水は待たない。

遠く北の方角、雪に覆われた高地がある。そこには何もいない。獣もいない。鳥も降りない。ただ氷が光っている。前の世代が残した骨があるとしても、雪の下にある。

台地では、子どもが石を拾っていた。

大人の一人が、その子どもを見た。それだけのことだ。

与えるもの

糸が繋がった。

まだ細い。子どもの指先ほどの細さで、引けば切れる。

この者が火の側で大人の手元を見ていたとき、薪の中の一本から、炎が他より高く立った。その炎が揺れて、光が地面のある石に落ちた。他の石よりも、少し形の違う石に。角のある石に。

この者が視線をそちらに向けたかどうか、確認はできない。

向けた。しかし、その石に近づかなかった。大人が取り上げたからだ。

渡せたのか、渡せなかったのか。大人の手に収まった石を見ながら、この者の目が動いた。大人の手を見た。それから自分の手を見た。

その問いは、まだ形を持っていない。しかし問いになりかけている何かが、この者の体の中にある。次に渡すなら、手そのものではなく、手が何をするかを見せる必要がある。

その者(7〜12歳)

石を拾うのは、大人がするからだ。

それ以上の理由を、この者は持っていない。持てない。ただ、大人が拾う、だから拾う、それだけが体に入っている。

火の側に座っていた。膝を立てて、足の指を地面に押しつけていた。土が冷たい。夜になると底から冷えが上がってくる。それは知っている。夜になる前に火の近くに来る。それも知っている。

大人の一人が、石を叩いていた。両手に一つずつ、石を持って、打ち合わせる。乾いた音がする。かけらが飛ぶ。大人はかけらを見ない。手元だけを見ている。

この者は、かけらが飛んだ方向を見た。

小さなかけらが、地面に落ちた。白く光った。一瞬だけ。火の光を受けて。

この者はそのかけらに近づいた。拾おうとした。指でつまんだ。端が鋭かった。指先が切れた。血が出た。

この者は驚かなかった。痛みは知っている。傷も知っている。ただ、その石のかけらを、指に血をつけたまま、しばらく持っていた。

捨てなかった。

大人が手を伸ばして、取り上げた。

大人は何も言わなかった。ただ取り上げた。

この者は空になった手を、少しの間、開いたまま見ていた。

それから、別の石を探した。

地面に転がっている石の中から、似た形のものを探そうとした。しかし、似た形が何であるかが、まだわからない。角のある石を一つ拾った。打ち合わせてみた。かけらが飛んだ。今度は光らなかった。

それでも、もう一度打った。

伝播:HERESY 人口:463
与えるものの観察:手を見た。空を見た。また石を拾った。