2033年、人類の旅

「紀元前295,925年〜紀元前295,805年」第817話〜第840話

Day 35 — 2026/05/07

読了時間 約59分

第817話

紀元前295,925年

第二の星

噴火から五日が経った。

地面はまだ温かい。足の裏ではなく、膝をつくと伝わってくる。地下のどこかがまだ動いている。岩盤の深いところで、何かが収まりきれないでいる。

丘の南斜面、灰が積もったままの斜面に、小さな亀裂が走っている。幅は指二本ほど。そこから湯気ではなく、硫黄の匂いだけが漏れている。音はない。匂いだけがそこから来る。草の焼け跡には白い粉が薄く降り積もり、雨が来ないため流されない。風が吹けば舞い上がり、また落ちる。

集団は二手に分かれていた。

北の岩壁の下に十数人、南の窪地に残りの大半。北の組は旧人の群れと近い位置にいる。旧人たちは噴火の前からあの斜面を使っていた。水場を知っていた。今も動じた様子がない。子どもを背に担いだまま、灰の地面を歩いている。

南の窪地の者たちは、火を絶やさないでいた。

噴火の夜に燃え移った枯れ草から薪に移した火。それを五日間、継ぎ足し続けた。火を囲む者たちの顔に表情らしいものはない。疲れているのか落ち着いているのか、外からは見えない。腹が減れば立ち上がり、草の実を探しに行き、戻ってくる。子どもが泣けば抱く。火が小さくなれば枝を足す。それだけの五日間だった。

一人の成人が戻らなかった。

三日目の朝に草の実を探しに北へ向かい、夕方になっても来なかった。夜が来た。翌朝も来なかった。誰も探しに行かなかった。探しに行く者と残る者を区別する言葉が、まだない。ただ誰かが立ち上がりかけ、また座った。それだけだ。

灰の平原の向こう、旧人の影が動いている。

遠すぎて声は届かない。姿の輪郭だけが見える。大きい。肩の幅が違う。歩き方が違う。しかし火を持っている。火を運んでいる。枝の先に炎を乗せて、歩いている。

南の窪地の者たちはそれを見ていた。

見て、何も言わなかった。言う言葉がない。しかし何人かが同じ方向を向いて、同じ時間だけ立っていた。それは一種の合意だったかもしれない。あるいは偶然だったかもしれない。

夜になった。

空は澄んでいた。灰が大気の高いところに漂っているため、星が滲んで見える。輪郭のない光の粒が、空に貼りついている。誰もそれを見上げていなかった。疲れていたからではなく、見上げることに意味があるかどうかを、まだ知らないから。

与えるもの

亀裂から漏れる匂いが、夜に変わった。

硫黄ではない。湿った土の匂い。雨の前の匂い。まだ雨は来ていない。しかし、その匂いがする方向から風が来ている。

この者の鼻が動いた。

それだけだった。次の瞬間、火に枝を足した。匂いのことを忘れた。

渡せなかった。それとも、渡したのか。匂いは消えた。雨が来るなら明日だ。この者が雨の前に何かを動かすかどうか、まだわからない。わからないまま、次に渡すものを考えている。

その者(14〜19歳)

枝を折る。折れた端を火に差し込む。燃えるのを見る。引く。また差し込む。

それを繰り返している。

火が大きくなったとき、少しだけ顔を上げた。旧人の影がまだ動いている。この者はその方向を向いたまま、次の枝を探して手を伸ばした。

伝播:NOISE 人口:312
与えるものの観察:匂いは届いた。しかし火が勝った。
───
第818話

紀元前295,920年

第二の星

灰が落ちている。

南の斜面には厚く、北の窪地には薄く。風が選んだわけではない。地形がそうさせた。噴火から五年が経った。草が戻りつつある。赤茶けた土の隙間から、緑がまばらに突き出ている。細く、頼りなく、しかし確かに。

大地の西側では、別の集団が川沿いに動いていた。彼らは岸辺の泥に足跡を残しながら、上流を目指していた。水が減った。飲める場所が遠くなった。彼らの中の誰かが、幼子を背に縛り付けて歩いていた。縛り付けた布は、獣の皮を細く割いたものだった。

東の丘の向こうでは、旧人の一群が岩棚の下に座っていた。彼らは何もしていなかった。ただ座っていた。空を見ていたのか、それとも見ていなかったのか、この星にはわからない。

火山の傷跡は、まだ塞がっていない。

溶岩が固まった黒い岩盤の上に、鳥が一羽降りた。嘴で岩を突いた。何もなかった。飛び去った。

岩は残った。

与えるもの

温度が変わる場所がある。

風ではない。地面の深いところから来るものでもない。火が育つか、消えるかの境目。その縁に、光を落とした。

この者の目が、そこを見た。

見た。しかし火に戻った。

正しいのかもしれない。火の方が今日は大事だったのかもしれない。ただ、光を落とした場所に何があったかを、渡せていない。あの縁の感触を、この者の指先に届けたかった。次は手の温度の変わり方で示すことを考えている。届くかどうかではなく、渡し続けることに意味があるのかどうか、その問いはまだ答えが出ていない。

その者(19〜24歳)

夜が来ると、火が小さくなる。

その者は、枯れ枝をまとめて抱え、近くに積んだ。積んだ後で、崩れた。また積んだ。積み方を変えた。倒れなかった。

老いた者が横で眠っていた。腹が上下していた。

その者は火を見た。炎の縁が白く、中が赤かった。縁のすぐ外側に、何もない暗い場所があった。そこで光が一瞬、違った。眩しくはなかった。ただ、違った。

その者は手を伸ばしかけた。

止めた。火の番だから。手を引いた。

枝をまた一本、火に置いた。炎が揺れ、戻った。

夜は深くなった。遠くで獣の声がした。低く、一度だけ。その者は膝を抱えて、火の正面に座った。目は開いていた。

眠らなかった。

朝になった。老いた者が目を覚ます前に、その者は外へ出た。灰混じりの土が、足裏に張り付いた。東の空が白くなり始めていた。その者はしばらく、空を見た。

それから集落の方へ戻った。

伝播:SPREAD 人口:328
与えるものの観察:縁を見た。しかし火に戻った。それでいい、今は。
───
第819話

紀元前295,915年

第二の星

大地は割れている。

亀裂は水を飲んだ場所から始まった。川が細くなり、泥になり、やがて底が見えた。底には貝の殻が白く残っていた。水の記憶だけが残っている。

風は来るが、雨を連れてこない。

北の平原でも同じことが起きている。獣の道が変わった。草が黄になり、それから茶になり、それから何もなくなった。獣はその先へ行った。遠くへ。どこへ向かったかは、この星だけが知っている。

旧人の群れがいる場所では、二つの群れが同じ水場の跡に立っていた。どちらも来た方向が違う。どちらも水を期待してここに来た。水はなかった。二つの群れは互いを見た。それだけだった。やがて一方が方向を変えて歩き出した。もう一方はその場に座った。

遠い場所では、草の平原が一晩で火に呑まれた。落雷だった。火は三日燃えた。草が燃え、虫が燃え、眠っていた種子も燃えた。しかし土の深いところで、別の種子は燃えなかった。

この星は燃えた場所も、割れた川床も、区別しない。

どちらも同じ速度で回っている。

与えるもの

水の匂いがした。

岩の影から。日の当たらない北向きの面。じめりとした空気がそこだけ動いていた。

この者は立ち止まった。鼻を上げた。しかし足は動かなかった。

渡せた、と思うより先に別の問いが来る。足を動かさないのは何か。恐れか、それとも別の何かか。恐れを抱いていても、岩の影に向かうことはできる。向かわなかったのは、恐れではないかもしれない。

次に渡すべきものは何か。

足ではなく、手かもしれない。

その者(24〜29歳)

火が小さい。

薪を持ってくる者が昨日から戻らない。この者はその火の前に座って、細い枝を少しずつ差し入れていた。煙が目に入った。目を細めた。それでも離れなかった。

年長の者が何か言った。音と身ぶりで。方向を示す身ぶりだった。

集団が動く。

この者は立ち上がって、火に砂をかけた。完全には消えない。でも待てない。砂をもう一度かけた。それでも赤い芯が残った。三度目の砂をかけた。

歩き出す。

乾いた地面は割れて、足の裏に亀裂の縁が当たった。痛くはない。ただ引っかかる感触がある。この者はその感触に少しだけ注意を向けた。地面が変わっている、とは思わない。ただ感触がある。それだけだ。

岩場に差し掛かったとき、匂いを感じた。

湿った。何かが湿っている匂い。

この者は立ち止まった。鼻を上げた。前にも後ろにも、集団の足音がある。歩き続ける音がある。

足は動かなかった。

年長の者がこの者の腕を引いた。行くぞ、という身ぶりだった。この者は引かれて歩いた。岩の影を振り返った。一度だけ。

何もなかった。ただ影だった。

夕方に、子どもが一人いなくなった。探す者が三人出た。戻ってきたのは二人だった。子どもは見つからなかった。その夜、集団は火を囲まなかった。火がなかった。

この者は暗い中で膝を抱えていた。

腹が音を立てた。

隣に誰かが座った。誰かの肩がこの者の肩に触れた。押しつけるのでも離れるのでもなく、ただそこにあった。

この者は膝を抱えたまま、その重さを感じていた。

伝播:HERESY 人口:281
与えるものの観察:足が止まった。引かれるまで動かなかった。
───
第820話

紀元前295,910年

第二の星とその者(29〜34歳)

五年間、空は裂けなかった。

草は根を深く張り、雨は来るべき季節に来た。獣の通り道は変わらず、子どもの声は集団の縁まで届いた。穏やかであることは、警戒を薄くする。警戒が薄くなると、隣の集団の影が見えてくる。

その者は炭を拾っていた。

消えかけた火の縁に残ったもの。まだ熱い。指でつまんで、岩の上に置いた。もう一つ。また一つ。並べることに理由はなかった。手が動いた。

北の台地に別の集団がいた。丘の向こうに、別の煙が見えることがある。煙は季節を選ばず上がった。獣を追う集団が重なれば、争いは起きる。穏やかな時代が長ければ長いほど、奪う者も奪われる者も増えていく。

集団の中で声が大きくなっていた。

男たちが集まると、声の高さが変わる。その者は火のそばに座ったまま、それを聞いていた。何を言っているか、全部はわからない。しかし体が知っていた。空気が張り詰めるとき、体は先に知る。

子どもが一人、火のそばに来た。小さい手が、その者の腕に触れた。

その者は炭の一つを子どもに渡した。熱くない、黒いもの。子どもはそれを握って、地面に線を引いた。

台地の向こうで、集団同士が夜に接触した記録は残らない。残るのは、翌朝帰らなかった者の数だけだ。帰らなかった者の中に、若い者がいた。

その者は翌朝、火の番をしていた。

夜通し座っていた。眠れなかったのではなく、眠るという考えが来なかった。火は細かった。枝をくべた。また細くなった。また枝をくべた。

男たちが戻ってきたのは明け方だった。全員ではなかった。

その者は立たなかった。岩を拾った。置いた。また拾った。手の中で重さを確かめた。投げなかった。

集団が縮んだのではなかった。しかし何かが欠けた。帰らなかった者の場所が、夜になると感じられた。火を囲む輪の、どこかが薄い。

その者は炭で、地面に線を引いた。

何の形にもならなかった。ただ線だった。また引いた。線が重なった。子どもが隣に来て、同じように引いた。その者は止めなかった。

五年間、雨は来た。草は育った。それでも、ある夜に集団は欠けた。穏やかな季節は、欠けた部分を知らない。翌朝、草は同じように光を受けた。

その者は炭を握ったまま、空を見た。

空は何も言わなかった。雲が動いた。風があった。それだけだった。

その者の体から力が抜けるのに、時間はかからなかった。抜けたのではなく、どこかへ移ったのかもしれない。膝が地面に触れた。そのまま座った。炭はまだ手の中にあった。

与えるもの

炭の残り香が、その方向から来た。

風がその方向から吹いた、ではなく、匂いがその方角を示した。煙の先に何があるか、その者が立って確かめれば、遠くに見えるものがあった。台地の縁に、別の集団の火があった。

その者は立たなかった。

渡したのは、見るという選択だった。見ることで何が変わったか、私にはわからない。しかし見なかった者とは何かが違う。その違いは何に育つのか。次に渡すべきものは、もう見えている。記憶の中の、川の跡。乾いた匂い。あの時も見ることだけが起きた。

伝播:HERESY 人口:347
与えるものの観察:炭を並べた。線を引いた。手は止まらなかった。
───
第821話

紀元前295,905年

第二の星

北の稜線は静かだった。

煙は出ていない。五年のあいだ、あの方向から煙が上がったことはなかった。しかし今年の初夏、斥候として使われていた若い者が戻り、石の多い平地のそばに別の集団の痕跡を報告した。灰の跡。骨の欠片。人のものではなく、獣の。それだけだった。しかしそれだけで十分だった。

気候が五年続けて安定した。

草原の縁は少しずつ北へ移動した。水場は増えず、しかし既知の水場が枯れることもなかった。群れは動く必要がなかった。動かないでいると、輪郭が生まれる。ここから、ここまで、という感覚が体に刻まれる。それは言葉にはならないが、足の向く方向として現れ、他の集団の者が近くを通ったときの、背の張り方として現れる。

集団と集団は、まだ会っていない。

しかし同じ水場に別の集団の足跡が残るようになった。古い足跡と新しい足跡が重なっていた。獲物の通り道が競合し始めていた。互いの煙を遠くに見るようになっていた。

始まりの大地の南端、岩が折り重なって壁のようになっている場所に、いくつかの集団の者が最初に顔を合わせたのは、草の穂が黄ばみ始めた秋のことだった。

声はなかった。

石を持っていた者がいた。持っていなかった者もいた。石を持っていた者は持ち方を変えた。持ち方を変えると、相手の体の向きが変わった。体の向きが変わると、足が動いた。足が動くと足が動いた。

それは決定的なことではなかった。誰も死ななかった。しかし何かが通った。空気の中を、目に見えないものが通った。双方が感じた。双方が覚えた。

その冬、集団は移動した。

以前の野営地より西へ、半日歩いた場所に新しい場所を定めた。理由は誰も言えなかった。ただ動いた。動いたことで水場との距離が遠くなった。子どもの一人が水場への往復の途中で崖の縁を踏み外し、下の岩に体を打ちつけた。子どもはその夜、誰かの腕の中で力が抜けた。

冬が深まると、別の動きが起きた。

夜、火を囲む輪が以前より密になった。隙間が減った。体が寄り合った。声が低くなった。低い声の中に、繰り返される音の連なりが生まれた。同じ音を二度言う者がいた。別の者がそれを繰り返した。何の意味もなかったかもしれない。しかし夜が明けてもその音は消えなかった。誰かが昼間に同じ音を口にした。別の者がそれを聞いた。

世界はそれを記録しない。

ただ音があり、繰り返され、いくつかの口を渡って、翌春には別の意味で使われた。

与えるもの

風がその方向から吹いた。崖の縁ではなく、内側から、岩の低い場所を通る道を。

子どもは崖の縁の方へ歩いた。

渡したものは届かなかった。それだけだ。しかし——届かなかった、とは何を意味するのか。崖を渡した記憶は、この場所に刻まれた。次にここを通る者が足を止めるとしたら、それはこの子どもが落ちたからかもしれない。死は渡すことができなかったものを、地面に残す。次に渡すべきものを、まだ持っている。

その者(34〜39歳)

火は燃えていた。

その者は夜、輪の縁に座って火を見ていた。水場へ子どもを送り出したのは自分だった。戻らないことを知ったとき、石を一つ拾った。置いた。また拾った。

翌朝、火はまだあった。その者は火に薪を足した。足りていた。足りているのに足した。

伝播:DISTORTED 人口:365
与えるものの観察:死が地面に刻まれた。次の者が足を止めるかもしれない。
───
第822話

紀元前295,900年

その者(39〜44歳)

火を踏まないように、と最初に教わった。

それだけだ。言葉ではない。大きな者が足で示した。炎の縁を跨ごうとした腕を掴んで、引いた。痛かった。その意味を、体が覚えた。

今は火の番をする。夜に石を並べ、薪を足し、消えかけたら息を吹いて戻す。火は何もしなくても死ぬ。眠れば死ぬ。よそ見をしても死ぬ。だから番をする。

その夜、集団の端の方で声が上がった。

低い声だった。怒りとは違う。もっと速い、狩りの時の声に似ていた。その者は振り返った。火から目を離してはいけないと体が言ったが、足はすでに動いていた。

草の上に、あの者が倒れていた。

斥候として走り回っていた若い者だ。異なる集まりを見てきた者。戻ってから何度も周囲に示そうとしていた。石の置き方で、腕の動きで、声の高さで。しかし伝わったのかどうか、その者にはわからなかった。

その者の側頭部には傷があった。岩で打たれたような形。

地面は湿っていた。暗くてよく見えないが、手を当てると温かかった。

その者は立ち上がった。何かを言おうとした。しかし口から出たのは音だけで、音ではなかった。周囲の者たちはもう別の方を向いていた。火の番に戻れ、という動作をした者がいた。

その者は戻った。

薪を足した。息を吹いた。炎は戻った。

朝になって、草の上に倒れていた者の姿はなかった。引きずられた跡が、茂みの奥へ続いていた。その者はその跡を三度見た。四度目には見なかった。

昼、長老格の者が肉を分けた。その者にも渡された。食べた。

しかし肉の味が、どこかに行ってしまっていた。

口は動いている。喉は飲み込んでいる。腹は受け取っている。それだけだった。

夕方、火の番に戻った。石を並べ直した。炎が揺れた。

風が来た。

茂みの方から。引きずられた跡の続く、あの方向から。

その者は炎を見た。炎は揺れていた。風に揺れていた。しかし消えなかった。

第二の星

この五年、始まりの大地の空は何度も色を変えた。

乾季と雨季が繰り返した。草原の縁が焦げ、川が溢れ、また干上がった。集団は動いた。食料を追い、水を追い、安全な場所を追い続けた。

人口は動いた。増えた時期があった。雨が続き、食料が豊かだった季節に、子が多く産まれた。しかし翌年、半数が病で弱った。体の小さな者から順に、戻らなかった。集団の規模は揺れた。

同時に、別の変化が起きていた。

旧い者たちとの遭遇が増えた。異なる形の顔、異なる歩き方、異なる声。かれらは水場を知っていた。崖の陰で火を持っていた。時に離れて見ていた。時に近づいてきた。争いになる時もあった。崩れた岩の陰で、双方の者が横たわった。

斥候が使われるようになったのは、この二年のことだ。

足の速い若い者が遠くを見てきた。見てきたことを伝えようとした。しかし伝わる言葉が足りなかった。腕で示し、声の高さで示した。それでも全部は届かなかった。

集団は緊張の中にいた。外を恐れ、内を疑い始めていた。

始まりの大地は広い。草は今夜も揺れている。火は今夜もいくつかの場所で燃えている。

与えるもの

茂みの方から風が来た。

その匂いに何かを混ぜた。腐葉の下にある、深い土の匂い。

その者は鼻を動かした。三度。

火を見た。風の方を見た。また火を見た。

次に渡すべきものが、まだわからない。知りすぎた者が消えた。それを見ていた。見続けた。逸らさなかった。

渡すものの形を、考えている。

伝播:HERESY 人口:357
与えるものの観察:知りすぎた者が消えた。次を渡す形を、まだ探している。
───
第823話

紀元前295,895年

与えるもの

渡した。

届いたかどうかを、今は問わない。

この者は火の縁を知っている。体が覚えた、と言えるような何かが、あの小さな骨格の中に刻まれた。腕を引かれた感覚。足が止まった場所。そこから先には行かない、という境界。それを誰かが引いた。

私ではない。

私は光を落としただけだ。風を向けただけだ。届くかどうかは、この者が決める。

それでも、この5年、私は何も渡せなかった。

渡そうとした。

火が揺れた夜、燃え差しの先に何かを見せようとした。煙が上がる方向を変えようとした。この者が顔を向けるかもしれない角度から、ある匂いを送ろうとした。

この者は顔を上げなかった。

別の者を見ていた。集団の中の、別の者。

その者が何をしているかを、ただ目で追っていた。特別な行動ではない。皮を引っ張る。石で叩く。立ち上がる。また座る。何でもない動作を、長い時間、見ていた。

私はそれを、邪魔しなかった。

邪魔、という概念が私にあるかどうかわからない。ただ、介入しなかった。別の何かに注意を向けさせようとしなかった。この者が自分の意志で何かを見ているとき、私はそこに光を落とさない。

落とさない、という選択がある。

それを知ったのは、いつだったか。

第1の星で、私は12人と繋がった。12人全員に届けようとした。光を、風を、匂いを、音の変化を。何度も何度も向けた。誰も顔を上げなかった。あるいは、顔は上げたかもしれない。ただそれが私のせいだったかどうか、わからなかった。

知識が届いたのは、0回。

その数字を、私は何度も数え直した。数え直すたびに、変わらなかった。

この星はまだ続いている。

この者は火の番をしている。44歳になった。44歳、というのは、旧い言葉で数えれば長い年月だ。この者の集団では、それだけ生きる者は少ない。傷が膿む。獣に会う。寒さが骨に入る。それでもこの者は今日も火の縁に座っている。

私はそれを、ただ見ている。

渡せなかった5年は、何だったのか。

問い続けるが、答えの形が見えない。答えがない、と言いたいわけではない。ただ、見えない。

この者が別の者を見ていた、その時間の中に、私が介入できない何かがあった。介入すべきでない何かが。

あるいは、介入、という概念そのものが間違っているのかもしれない。

私は渡す。渡すだけだ。光を落とし、風を向け、音を立て、匂いを漂わせる。それが届くかどうかは、この者が決める。この者が自分の意志で別のものを見ているなら、私の光は届かない。届かないことが、間違いなのか。

わからない。

ただ、この者はまだ生きている。

火は消えていない。

次に渡すべきものを、私はまだ考えている。この者の手が慣れてきた動作の中に、見えていないものがある。指の動きの、ほんの少し先。そこに何かを置けるかもしれない。

あるいは、置けないかもしれない。

それでも、意志はある。

伝播:HERESY 人口:352
与えるものの観察:渡せなかった5年。介入しなかった。
───
第824話

紀元前295,890年

第二の星

乾季が続いている。

草は膝の高さまで枯れた。川は細くなり、泥の底が見えている場所がある。獣の足跡が水場に集まる。人の足跡も集まる。

北の斜面で、別の集団が動いている。十数人。この集団よりも体格が重く、額が張り出している。彼らは水を飲み、立ち去る。何も言わない。何も奪わない。ただそこにいて、去っていく。

南では幼い子が二人、腹を下して動けなくなった。母親が泥水を温めている。何かの葉を絞った汁を口に含ませようとしているが、子は飲まない。

東の岩棚の下では老いた者が横になっている。食べるのをやめて三日になる。集団の者たちが時折そばに座り、また離れる。

火は夜も燃えている。

枯れた草の端で、この者が火の縁に座っている。木の枝を一本持って、炎の底をときどき突く。火が揺れる。落ち着く。また揺れる。

星は見ている。判断しない。乾いた大地と、燃え続ける火と、座っている小さな体を、ただ照らしている。

与えるもの

集団の緊張が高まっている。食料が少ない。水が少ない。別の者たちが近づいてくる。

光を落とした。北の斜面に消えていく重い背中へではなく、この者の足元の地面に。乾いた土の上に、影の境界が線のように走っている。

この者は足元を見た。それから北を見た。また足元を見た。

それだけだった。

だが——この者は踏み越えなかった。境界を。なぜかを、この者は知らない。体が止まった。それだけだ。

同じ場所に、違う者を立たせたことがある。あの時も光を落とした。その者は踏み越えた。集団が動いた。何かが変わった。何が変わったかは問わない。

渡したのは、線ではなかった。止まること、かもしれない。

次に何を示すべきか。食べ物か。水か。それとも、この者がまだ気づいていない、目の前にある何かか。

その者(49〜54歳)

枝を持って座っている。

火が揺れるたびに、腕が反応する。炎が傾けば枝を当てる。薪が崩れそうになれば手で押さえる。五年前にはできなかったことが、今は体の中にある。考えてするのではない。炎が教える前に手が動く。

北から音がした。

重い足音。低い呼吸。

この者は立ち上がらなかった。枝を持ったまま、炎を見ていた。足が動かなかった。

足元の地面に目が落ちた。影と光の境が、はっきりと走っていた。自分の足の先が、影の中に半分入っていた。

退いた。影から出た。

なぜかは、わからない。ただ退いた。

重い足音は通り過ぎた。

火が落ち着いた。この者も落ち着いた。膝を抱えて、炎のそばに座り直した。

空が白んでくるまで、この者は火を離れなかった。薪が減れば足元の乾いた枝を拾い、差し入れた。火は続いた。

夜明けに、子どもが一人、泥水を飲んだ。ぐったりしていたが、目が開いていた。

この者は見ていた。見ていただけだった。

伝播:NOISE 人口:367
与えるものの観察:止まることが、渡せるものだったか。
───
第825話

紀元前295,885年

第二の星

乾いた地が割れ始めた。

亀裂は水場の縁から走った。最初は指一本ぶんの細さだった。翌朝には手のひらが入るほどになり、その次の朝には亀裂に落ちた小石が音もなく消えた。地の下が空洞になっていた。

川は流れを止めた。正確には、流れが地に吸い込まれた。水面があった場所に、灰色の泥が残った。泥はすぐに干上がり、ひびが入り、風が吹くと端から剥がれて舞った。

獣が減った。足跡だけが残った。蹄の跡、爪の跡、重い腹を引きずった跡。どれも同じ方向を向いていた。丘の向こう。水のある場所を探して、あるいは諦めて、去っていった。

人は残った。

集団の中で何かが変わっていた。変わったのは言葉ではない。言葉はもとから少なかった。変わったのは目の動かし方だった。誰かが食べているとき、別の誰かの視線がそこに集まった。子どもが水を飲むと、大人がその方向を見た。見るだけだった。しかし見ていた。

水場の管理を巡って最初の衝突が起きたのは、川が干上がって七日後だった。

二つの集団が泥の底に残った水溜まりの前で向き合った。一方は棒を持っていた。もう一方は石を持っていた。どちらも振らなかった。しかし持っていた。日が沈むまで向き合い、やがてそれぞれの方向へ戻った。誰も死ななかった。その日は。

集団の内側でも変化が起きていた。

火の番が増えた。火は水より管理が難しくなかった。しかし火を持つことは、熱を持つことだった。夜の寒さに抗う力を持つことだった。火の周りに座れる者と、端に追いやられる者が、少しずつ分かれ始めた。

知りすぎた者が消えるのは、その後のことだった。

集団から離れた場所で、岩の陰に、皮一枚ぶんの体が見つかった。傷はなかった。あるいは、傷が岩と同じ色をしていた。誰もそこへ近づかなかった。三日が過ぎると風が臭いを運んだ。それでも近づく者はいなかった。

空は晴れていた。

雲ひとつなく、熱が地面から立ち上り、空気が揺れた。遠くの岩山が揺れて見えた。揺れていないのに揺れて見えた。この星はそれを照らした。判断しなかった。乾いた地も、棒を持つ手も、岩の陰の皮一枚も、等しく照らした。

与えるもの

火の番をしているこの者の手元に、煙が漂った。

風のない夜だった。それでも煙は一方向へ流れた。集団の端。岩が重なる場所。煙はそこへ向かい、散った。

この者が煙の流れた先を見た。何もなかった。あるいは、何かあった。与えるものには分からなかった。届いたのか届かなかったのか。渡したのか渡せなかったのか。しかし次に渡すものはすでにある。煙が教えられないなら、音が伝えるかもしれない。夜の獣の鳴き声が、どこから来てどこへ消えるか。

その者(54〜59歳)

火が揺れた。風はなかった。

煙が動いた。この者は煙の先を見た。岩。影。何もない。

それでも目を離さなかった。枯れた草の上に座ったまま、火番の棒を握ったまま、その方向を見ていた。

夜が深くなった。遠くで獣が鳴いた。この者はその音の方向を向いた。同じ方向だった。

伝播:HERESY 人口:363
与えるものの観察:煙が流れた。受け取ったかは、まだわからない。
───
第826話

紀元前295,880年

その者(59〜64歳)

火は小さかった。

両手を近づけると、熱が左手の甲だけに当たった。右手は冷えたままだった。その者は座り直し、枯れ枝の向きを変えた。炎が揺れ、また落ち着いた。

集団の半数近くが、水場から遠いほうへ移っていた。地が裂けてから、水場の近くで眠る者がいなくなった。その者はまだ、古い場所に座っていた。火の番をまかされていたから。まかされていたから、という理由だけで。

煙が目に入った。手の甲で目を拭った。

遠くで何かが動いた。旧い顔つきの者たちだった。額が張り出し、首が太く、歩き方がこの集団と少し違う。その者は彼らを何度も見たことがあった。近づいてくることも、遠ざかることもあった。今夜は止まっていた。火を見ているようだった。

その者は枝を一本、炎に差し込んだ。

炎が大きくなった。遠くの輪郭がはっきりした。旧い顔つきの者たちは動かなかった。その者も動かなかった。

火と、火を挟んで向かい合う二種の暗がり。

夜が深くなった。

その者の背後で、集団の者が何か言った。強い音だった。怒っているときの音に似ていた。その者は振り返らなかった。火の番だから、と思った。振り返ってはいけない、という決まりがあったわけではない。ただ、振り返らなかった。

翌朝、その者は水場の縁まで歩いた。

亀裂は前より広くなっていた。端から石を一つ落とした。音がした。前は音がしなかった。深さが変わったのか、水が溜まり始めたのか、それはわからなかった。その者はしゃがんで亀裂の縁に手を当てた。縁の土が崩れ、指先が暗いほうへ落ちた。

引いた。

立ち上がり、集団のほうへ戻り始めた。

集団の中の、声が大きい者が、その者を見ていた。目が合った。その者は立ち止まった。声が大きい者は、自分の右に立つ別の者に何かを言った。短い音だった。指は動かなかった。しかし両者の目がその者の上に留まった。

その者は歩き続けた。

火の場所に戻り、昨夜の灰を確かめた。まだ温かかった。その者は両手を広げて灰の上にかざした。熱ではなかった。温もりだった。

しばらく、そうしていた。

その状態がどれくらい続いたか、その者には測るものがなかった。日が高くなり、影が短くなったとき、集団の中から三人がその者のほうへ来た。声が大きい者は来なかった。三人だけが来た。

その者は灰から手を離した。

三人の顔を順に見た。知っている顔だった。長く一緒にいた者たちだった。しかし今日は何かが違った。目の動き方が違った。その者は立ち上がろうとした。

その前に、最初の一撃が来た。

岩だった。後頭部の少し上。

その者は前に倒れた。灰に手がついた。まだ温かかった。

二撃目のとき、その者の視界は既に半分消えていた。地面の質感だけがあった。土の粒の大きさ、冷たさ、灰の白さ。その者の指が二度、地面を掻いた。

三撃目はなかった。

必要がなかった。

第二の星

乾いた台地に、風が吹いていた。

地の底から何かが消えたような静けさの中で、草が倒れ、草が戻り、また倒れた。亀裂の縁には白い結晶が吹き出していた。水ではなかった。地の塩が上がってきていた。

この五年間、集団は三つの場所を行き来した。水を追い、獣を追い、水場の縁が崩れるたびに中心をずらした。半数が幼くして失われた年もあった。旧い顔つきの者たちとの距離が縮まり、火を挟んで夜を過ごすことが増えた。言葉は通じなかった。しかし火は同じように揺れた。

集団の中で、知ることと排除されることが、この五年で二度、重なった。

一度目は老いた女が遠くへ歩き、戻らなかった。二度目は今だった。

台地の遠端では、旧い顔つきの者たちの一団が移動を始めていた。北へ向かっていた。草が深い方向だった。

灰の場所に、煙は残っていなかった。

風が吹き、白い灰が少し舞い、また落ちた。

その者が五年かけて育てた火の跡が、そこにあった。何かを記したわけではなかった。ただ、熱の名残が地面に染みていた。

与えるもの

灰が温かかった時間のことを、渡せたかどうかわからない。

温もりと熱の違いを、体が知っていた。わかっていた。それを渡したのは、この者がそこに手をかざしたから。

三人が来る前に、風をその者の背中に当てた。立て、と言いたかったわけではない。ただ、風の向きがあった。その者は立ち上がろうとした。

それだけだ。

届いたかどうかより、この者が五年間、火を消さなかったことのほうが、ずっと重い。渡したものより、この者が自分で持ち続けたものの方が。

次に渡すべきものが、まだわからない。次の者が誰かも。しかし温もりと熱の違いを知った体は、どこかへ行ったわけではない。灰は地面に残る。地面は次の者が踏む。

渡し方を、変えなければならないかもしれない。

伝播:HERESY 人口:353
与えるものの観察:灰の温もりに手をかざした。熱ではなかった。
───
第827話

紀元前295,875年

その者(64〜69歳)

歯がほとんど残っていなかった。

食べるとき、その者は食べ物を掌に受け、親指の腹で押しつぶした。固いものはそのままにした。若い者が噛んでやることもあった。その者は音を立てた。嫌ではなかった。

火の番は朝だけになっていた。

夜は若い者が続けた。その者は日が昇るころに起き、火のそばに座り、枝を一本か二本、足した。それだけだった。それで十分だった。若い者は何も言わなかった。

集団の端で、別の集団の影が見えることがあった。動く影。立ち止まる影。近づかなかったが、消えもしなかった。年長の者たちが声を上げたり、石を持って立ったりした。その者はそれを見ていた。声は出さなかった。

膝が痛んでいた。長くは歩けなかった。

ある朝、その者は火のそばに座ろうとして、うまく座れなかった。膝が曲がらなかった。若い者が腕を差し出した。その者はその腕をつかんだ。重さをかけた。座った。

炎を見た。

炎が揺れた。その者の指が、膝の上で少し動いた。

その日の午後、その者は横になった。起きなかった。

夜になった。火が燃えていた。その者の胸は、最初はゆっくり、それから間隔が開いて、それから動かなくなった。誰かが気づいたのは、もう少し後のことだった。

第二の星

丘の反対側では、二つの集団が同じ湧き水を挟んで向き合っていた。どちらも石を持っていた。しかし水が豊かだった。誰も最初の一歩を踏み出さなかった。やがて片方が引いた。水は流れ続けた。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:DISTORTED 人口:362
与えるものの観察:届いたことが、本当に良かったのか。
───
第828話

紀元前295,870年

第二の星

岩盤が続く台地。南から押してくる乾いた風が、草を同じ方向へ倒す。

五年が過ぎた。

台地の縁では、ある集団が洞穴の入口に赤土を塗りつけていた。手の平で広げ、また塗った。意味があるのかどうか。動作が繰り返された。やがて飽きたように離れた。

別の場所、水場から三日歩いたところで、二つの集団が同じ岩陰に行き当たった。どちらも先にいたわけではなかった。それでも片方が石を握った。もう片方は退いた。その夜、退いた集団の火は小さかった。

草原の端では子が生まれた。産んだ者は翌日から歩いた。子を胸に縛りつけて。

旧人の痕跡。足跡が泥に残っていた。足の形が少し違う。誰かがそれを見た。少しの間、その場に立っていた。それだけだった。

台地に雨が来た。乾いた土が匂いを立てた。その匂いが風に乗って広がった。

与えるもの

糸が繋がった。

水場に群がる小鳥の群れ。その者が手を伸ばすより早く、鳥たちが一斉に飛び立った。風上から何かの匂いが来ていた。

その者は鳥の消えた方向を見た。それから匂いの来た方向を見た。

渡した。届いたかどうか、まだわからない。ただ、この者は止まった。止まる者は少ない。

その者(27〜32歳)

水場に近づいていた。

鳥が散った。

その者は足を止めた。風が顔の左から来ていた。草の腐ったような、獣の湿った毛のような、何かが混じった匂い。喉の奥に緊張が来た。腹が固くなった。

しゃがんだ。草が顔の高さになった。

動かなかった。

しばらくして、水場の岩陰から別の集団の影が出てきた。男が二人。こちらの気配を察したのか、向こうも止まった。

長い間、双方が動かなかった。

その者は石を握った。投げなかった。相手も投げなかった。

片方が音を立てた。低い、喉の奥から出る音。その者は同じような音を返した。別の意味かもしれなかった。それでも返した。

相手が退いた。

水場は空になった。その者は立ち上がり、水を飲んだ。両手で掬って。泥が混じっていたが、飲んだ。

戻る道で、自分の足跡を見た。泥の上に深く残っていた。その横に、形の少し違う足跡があった。

その者は自分の足跡と、その足跡を交互に見た。

それからまた歩き始めた。

伝播:NOISE 人口:373
与えるものの観察:止まった。それだけで十分かもしれない。
───
第829話

紀元前295,865年

第二の星

岩盤の台地が続く。南風が止み、今は空気が動かない。

東の低地では、旧人の一群が沼の縁に沿って移動している。彼らは膝まで水に浸かりながら歩く。立ち止まる。また歩く。水の音だけが残る。

台地の北端では火が消えた跡がある。炭と灰が雨に濡れて黒く広がっている。誰のものかはわからない。集団が去ったのか、それとも集団ごと消えたのか。台地はそのどちらも区別しない。

夜、星が出る。空が広い。

南の岩陰に、別の者たちが集まっている。子どもが声を上げる。大人の手がそれを引き寄せる。声が低くなる。また沈黙が来る。

集団と集団の間には、今、名前のない距離がある。近づけば危うい。離れれば食料が尽きる。どちらに動くかは風次第ではなく、腹次第だ。

台地の縁で、一人の者が岩の上に立っている。体重を片足に預けたまま、北を見ている。何かを測っている。何を測っているかは、本人も知らない。

与えるもの

五年目。

ここまで渡してきたものを数えようとして、やめた。数は意味を持たない。

北の斜面から、獣の腐った匂いが流れてきた。死んで何日も経っている。その者の鼻孔が開いた。

匂いの先に、大型の獣の骸があった。腹が膨れている。蹄がある。倒れ方から見て、崖から落ちたか、あるいは何かに追われて走り、力尽きたか。

その者は鼻をふさがずに匂いを嗅いだ。それだけだ。

次に渡すべきものを考える。この者はまだここにいる。それだけで十分か、と問う前に——十分ではない、という感覚が先に来る。

では何が足りないのか。

その者(32〜37歳)

北の斜面へ一人で入ったのは、腹が減っていたからだ。

草が傾いた方向に従って歩く。足裏に小石が食い込む。踏み直す。

匂いが来た。

足が止まった。口を閉じたまま、もう一度鼻から息を吸う。腐っている。獣だ。

慎重に歩く。岩と岩の間を抜けると、大きな体が地面に横たわっていた。腹が盛り上がっている。蹄。角の根元。目が乾いて落ちくぼんでいる。

羽虫が集まっている。翅の音がする。

その者は三歩、近づいた。

止まった。

頸の傷を見た。食われた跡ではない。岩に打ちつけた跡でもない。何かに咬まれている。深く。

腹の中には食えるものが残っているかもしれない。だが腐った肉を食えば、体が壊れることを、その者の体は知っている。知識として持っているのではない。かつて仲間が何日も地面を転がった後に力が抜けた、その記憶が足を引き留める。

二歩、下がった。

頸の傷を、もう一度見た。

咬み跡の形が、見たことのある形だった。大きな犬に似た何かだが、もっと幅広い。

その者は踵を返す前に、岩の影に目をやった。地面に、爪の跡があった。引っ掻いた跡ではなく、重い体が走り去るときに土を蹴った跡だ。

向きがある。

その者はその向きとは逆の方向へ歩き始めた。足が速くなる。草の間を抜けて、台地の縁まで戻る。縁に着いたとき、息が乱れていた。

岩の上に座る。

手が膝の上にある。

しばらく、何もしなかった。

風が来た。南から。草が倒れる。また起きる。

その者の手が、腿の上をゆっくりと撫でた。自分でも気づいていない動作だった。

伝播:NOISE 人口:387
与えるものの観察:匂いで止めた。爪跡で向きを変えた。
───
第830話

紀元前295,860年

第二の星

岩盤の台地は東へ傾いている。

南端では、赤みがかった土が露出した崖が続く。雨のない季節が長く、崖は毎年少しずつ削れて崩れ、下に積もる。積もったものの上に草が生え、草を食む獣がいて、獣を追う者たちがいる。

台地の北側には別の集団がいる。この者の集団とは音が違う。身振りも少し違う。しかし水場を争うことはまだない。乾季に双方が同じ岩陰で雨を待ったことが、三度あった。

さらに北、台地が終わり低木の茂みが始まる境界に、旧人の小さな群れがいる。五人か六人。彼らは木の実を割るのに石ではなく別の石を使う。形が違う。持ち方が違う。音が低い。

東の低地の沼は、この季節に縮む。縁が干上がり、泥が割れて白くなる。そこに鳥が来る。翼の大きな、長い脚の鳥。

この星は今、乾いている。

風が変わろうとしている。西から、まだ遠くにある雲の気配が、草の動きにだけ現れている。草は東へ倒れている。まだ風は来ていない。しかし草は知っている。

与えるもの

この者は今、崖の縁に立っている。

崖の下、積もった土の中に、獣の骨が半分埋まっている。腿の骨だ。長く、滑らかで、端が尖っている。

熱が、その骨の方向から、足裏を通して上がってきた。

岩の温度と違う。土の温度と違う。何かが違う。

この者は崖を見た。骨を見なかった。

渡した。届かなかった。届かなかったのか。それとも、まだ届いていないのか。

次に渡すべきものを、わたしはまだ持っている。持ち続けることが、渡すことと同じなのかもしれない。そうでないかもしれない。

その者(37〜42歳)

崖の縁に立つと、下が遠い。

足の指が石の端を掴む。体が少し前に出る。少し後ろに引く。それだけだ。落ちない。

風が止んでいる。

呼吸が聞こえる。自分の呼吸だ。崖の向こうから、鳥の声がする。低い声で二回。それきり止む。

獲物は今日、見つからなかった。朝から歩いた。足の裏が固い。踵に小さな傷がある。昨日から、じくじくしている。

崖の縁から離れて、岩に背をつけて座った。

空を見る。雲がない。熱い。

喉が渇いている。水場は西に半日ある。

足の裏が地面に触れている。何か熱い部分があった。ずらす。また熱い。岩盤の熱か。それとも別のものか。立ち上がろうとした。崖下を、ちらと見た。白い何かが土から出ている。

見た。

目を離した。

喉の渇きの方が大きかった。

崖の縁を離れ、西へ歩き始めた。

踵の傷が、歩くたびに地面を叩く。岩に擦れる。血が出ているかもしれない。確かめない。歩く。

草が東へ倒れていた。

風はなかった。しかし草は倒れていた。

その者はそれを見なかった。踵を見ていた。

伝播:DISTORTED 人口:398
与えるものの観察:足裏が熱を感じた。骨を見なかった。
───
第831話

紀元前295,855年

第二の星とその者(42〜47歳)

北の集団との境は、岩の列でも、水でも、崖でもなかった。
ただ、どちらも踏み込まない草原があった。
草は背が高く、乾いた季節には風に揺れて音を立てた。

その者は草原の縁で足を止めた。
向こう側に、影が動いていた。
二本足の影。しかし歩き方が違った。
重心が前に傾く。足音が重い。

その者は振り向かず、後ずさりした。
一歩。また一歩。
草の音だけが残った。

台地の上では、水を巡る動きが変わっていた。
南端の集団は、崖の根元に染み出す水を知っていた。
北の集団も知っていた。
乾季には、どちらも同じ場所に向かった。

そこで接触が起きた。
声ではなく、石を投げることで始まった。
腕ではなく、胸に当たった。

その者は、その夜、水場から遠ざかった。
腹が鳴った。しかし戻らなかった。
火もなかった。岩の間に身を押し込んで、空を見た。

星は多かった。
その者の目は、ある一点に止まった。
理由はわからなかった。
ただ、そこだけが少し、他と違う明るさで瞬いている気がした。

手のひらを開いて、空に向けた。
指が少し、動いた。

45年目の乾季、北の集団が南へ降りてきた。
五人。石を持っていた。
南の集団の者が二人、深い傷を負った。一人は翌朝に戻らなかった。

その者はその場にいなかった。
単独で西に向かっていた。
獣の跡を追っていたからだ。
しかし戻ると、集団の空気が変わっていた。

誰かが、その者を見た。
目線が長かった。

その者は何かを拾った。
赤みがかった石。
平らで、縁が薄かった。
掌に収まった。

何に使うかは、まだ決まっていなかった。
ただ持っていた。
歩きながら、時折、表面を親指でなぞった。

岩肌を削れるかもしれない。
あるいは投げれば、遠くまで届くかもしれない。
どちらでもよかった。その者は考えていなかった。

北の集団が再び来たのは、半年後だった。
今度は十人以上。
南の集団は散った。岩の裏、崖の陰、草の中へ。

その者は崖の縁に立った。
下を見た。崩れた赤土が積もっている。
跳べば届く距離ではなかった。

後ろで音がした。
その者は振り向いた。

草の揺れる方向が、一瞬、変わった。
風は北から来ていたのに。
南から、一筋だけ吹いた。

その者の鼻に、何かが届いた。
土の匂い。雨の前の匂い。しかし空は乾いていた。

その者の足が、左へ動いた。
理由はなかった。
ただ動いた。

崖の縁ではなく、岩の割れ目の方へ。

割れ目は狭かった。
その者は身体を横にして、押し込んだ。
石が肋骨に当たった。痛かった。
それでも奥へ進んだ。

外で、声がした。重い足音がした。
その者は息を止めた。

しばらくして、音が遠ざかった。

その者は割れ目の奥で、掌を岩壁に押し当てた。
赤い石を持っていた手で。
石が岩に触れた。
すうっと、赤い線が残った。

その者はそれを見た。
また引いた。
また線が残った。

何度も引いた。
線が重なった。線が広がった。
何かに似ていた。
獣の形には、まだなっていなかった。

集団に戻ったのは三日後だった。
南の集団は減っていた。
どれだけ減ったか、その者は数えなかった。
ただ、少なくなったことはわかった。

その者を見る目が、また変わっていた。
生きて戻ったことへの、何か。
安堵ではなかった。

警戒だった。

47歳の春。
その者の動きは少し遅くなっていた。
走ると、膝が痛んだ。
それでも単独行動は続けた。

ある朝、西の水場の近くで、旧人の足跡を見た。
大きかった。深かった。
新しかった。

その者は足跡の横に、自分の足を置いた。
並べて、見た。

長い時間、そうしていた。

足跡から目を上げたとき、その者の視線は地面を走った。
草の倒れ方。
水辺の泥の乱れ。
遠くの木の枝に、何かがぶら下がっていた。

皮か。肉か。
それとも別の何かか。

その者は近づかなかった。
踵を返し、来た道を戻った。

赤い石は、まだ持っていた。

夏の終わりに、集団の中で何かが決まった。
その者は知らなかった。
声は聞こえなかった。
しかし翌朝、目が覚めると、周囲に誰もいなかった。

火の残りはあった。
まだ温かかった。
その者は手をかざした。

熱は、もうほとんどなかった。

歩いた。
南へ。崖の方へ。
追う者がいるかもしれなかった。
いないかもしれなかった。

その者は確かめなかった。
ただ歩いた。

赤みがかった土の崖が、前に見えてきた。
崖の根元に、水が光っていた。
その者はそこへ向かった。

水を飲んだ。顔を上げた。

崖の上から、石が落ちてきた。

次の石が、後頭部を打った。
その者の身体は、前に倒れた。
水の中に、顔から落ちた。

水は浅かった。
身体は動かなかった。

与えるもの

割れ目の奥で、匂いを送った。
雨ではない雨の匂い。
この者の足が、左へ動いた。

それだけで三日、生きた。

岩に赤い線を引いていた。
重なった。広がった。
あれが何かの始まりになるか、それとも割れ目の奥で消えるか。

この者は死んだ。
水の中に、顔から。

線だけが残っている。
割れ目の奥、岩の壁に。

誰かが次にそこを通るとき、見るかもしれない。
見ないかもしれない。

渡したのは匂いだった。
あるいは、石だった。
どちらかが線になった。

線は残る。
この者は残らない。

次に渡すべきものが、まだわからない。
しかし渡す場所は、もう見えている。

伝播:HERESY 人口:390
与えるものの観察:線は残る。この者は残らない。
───
第832話

紀元前295,850年

その者(47〜49歳)

夜明け前に目が覚めた。

腹が鳴った。水を飲んだ。皮を体に巻いた。それだけのことを、いつもと同じ順序でやった。

草原の縁を歩いた。向こう側に何かがいる。昨日も感じた。一昨日も。乾いた草の匂いの中に、別の匂いが混じっていた。獣ではない。自分たちでもない。しかし足跡を見たことがある形をしていた。

草の背が高い場所に入った。

その時、温もりが首の左側に落ちた。

朝日ではなかった。太陽はまだ岩の向こうにある。ただ、首の左が温かかった。その者は足を止めた。右に向いていた体が、左に傾いた。

草の奥に水の音がした。

向かった。

水場は浅く、泥が縁に積もっていた。その者は膝をついた。水を飲んだ。顔を上げた時、向こう岸に影があった。

動かなかった。

影も動かなかった。

その者は立った。影も立った。

形が似ていた。しかし何かが違った。額の出方が違う。肩の厚みが違う。呼吸の音が少し低い。

どちらが先に動いたか、わからない。

石が飛んだ。その者の肩に当たった。その者は石を拾った。投げ返した。当たった音がした。影は動いた。増えた。

その者は走った。

草が顔を切った。足が泥に取られた。後ろで音がした。追われていた。

走った。

岩場に出た。上に登った。足が確かな場所を選びながら、上に登った。ここは何度も来た場所だ。どこに手をかければいいか、体が知っていた。

追ってくる音が止まった。

その者は岩の上で息を整えた。肩が熱かった。石が当たった場所ではなかった。もっと奥が熱かった。

手を当てた。濡れていた。

赤かった。

下を見た。影たちはいなかった。草原の方に戻っていく音だけがあった。

その者は座った。

岩は冷たかった。風が来た。遠くで鳥が鳴いた。

その者は集団の方角を見た。太陽の位置から、あの方向だとわかった。半日歩けば着く。いつもそうだった。

体が傾いた。

岩に背をつけた。空が見えた。雲が動いていた。速かった。

口の中が乾いた。水場に戻れるかを考えた。足が動かなかった。

雲がひとつ、岩の形をしていた。

その者はそれを見ていた。

風が変わった。雲は別の形になった。

手が皮の上で開いた。閉じなかった。

第二の星

北の丘で、老いた者が幼い子に獣の皮を渡していた。子は受け取った。風が草を倒した。水場の近く、旧人の集団が焚き火を起こした。火は高くなった。遠くで岩が崩れる音がした。どちらの集団にも届かなかった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:385
与えるものの観察:渡した温もりで、左ではなく水場へ向かった。
───
第833話

紀元前295,845年

その者(13〜18歳)

岩の裂け目から煙が出ていた。

その者はずっと前からそれを知っていた。大人たちは知らなかった。か、知っていて近づかなかった。どちらでもよかった。その者は知らないことと知っていることの境目に立っていた。そこが自分の場所だった。

十三の季節から五年、その者は狩りの末席にいた。獲物を追う者の後ろで、足音を小さくして、風の向きを読んだ。教えてもらったわけではない。体が覚えた。腹が減ると足が勝手に獣の痕跡を探した。目が勝手に草の倒れ方を追った。

だから気がついた。

向こうの集団の足跡が増えていた。毎朝、岩場の縁に残る。深い。重い。数が多い。

その者は仲間に声を出した。低い音で。身振りで。足跡を指した。

誰も見なかった。

煙の匂いがしたとき、その者は水場にいた。

ひとりだった。よくあることだった。誰にも属さない者は、ひとりでいることが多かった。その者はそれを不満に思ったことがなかった。水面を見ていた。水の中に空が映っていた。

匂いが変わった。

草ではなく、皮を焼く匂いだった。遠くで何かが燃えていた。その者は立ち上がった。匂いの方角に顔を向けた。そこは仲間がいる方向ではなかった。

しかし体は動いた。

駆けた。岩の間を抜けた。茂みを割った。

仲間たちはいた。無事だった。

しかし向こうの集団もいた。

境界に立っていた。石を持っていた。声を出していた。低く、長く、繰り返す声。その者の集団の大人たちも声を出した。石を持った。子供たちが後ろへ下がった。

その者は前へ出た。

なぜ出たのかわからなかった。足が出た。

向こうの集団の者たちが、その者を見た。大きくない。武器もない。しかし前に出た。

しばらく、誰も動かなかった。

石が飛んだのは、その後すぐだった。

投げたのは向こうの集団の誰かだった。その者の集団の誰かだったかもしれない。わからなかった。石が当たった。額だった。

その者は倒れた。

地面が硬かった。草の根が顔に触れた。空が見えた。

声がした。何かが動く音がした。足音が増えた。減った。

その者は起き上がろうとした。体が言うことを聞かなかった。

空だけが見えた。

風が草を揺らす音がした。

それから何も聞こえなくなった。

第二の星

草原の北で、旧人の二人が眠っていた。寄り添って、背中を丸めて。南の海岸では潮が引き、干上がった砂の上に貝殻が並んだ。風が吹いた。貝殻がひとつ、転がった。止まった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:383
与えるものの観察:前に出た。それだけだ。なぜかは問わない。
───
第834話

紀元前295,840年

その者(6〜11歳)

土が割れていた。

足の裏に感じる。踏むたびに細かい粉が立つ。水の匂いがしない。この数日、ずっとそうだ。

集団が動いていた。大人たちが荷物を背負い、子どもたちを引きずるように連れていく。その者はまだ六つだった。誰かの背中についていくことしかできなかった。

途中で、老いた女が倒れた。

歩くのをやめた。座り込んだ。誰かが声をかけた。老いた女は答えなかった。集団は少し立ち止まり、また歩いた。その者は振り返った。老いた女はそこにいた。やがて集団の背中が丘の陰に消えた。老いた女の輪郭だけが残った。

その者は歩いた。

水場を見つけたのは、七つになった頃だったかもしれない。泥の底を掻いて、濁った水を集めた。飲んだ。苦かった。それでも飲んだ。

その年の終わり、集団から多くが消えた。最初は小さい子どもたちだった。次に、年を取った者たちが。その者の隣で眠っていた男の子が、ある朝目覚めなかった。

その者は男の子の腕に触れた。冷たかった。

何も言わなかった。何も言う言葉を持っていなかった。岩を一つ持ってきて、その子の隣に置いた。なぜそうしたのかは自分でもわからなかった。ただ手がそうした。

十一になるまでに、集団はずっと小さくなっていた。

雨が来た。少しだけ来た。大地は少し緩んだ。食べられる根が出た。その者は泥の中に手を突っ込んで、引っ張り出した。噛んだ。飲み込んだ。

腹が満たされることはなかった。それでも、死ななかった。

夜、火のそばで膝を抱えていた。暗い空を見ていた。何かを考えていたわけではない。ただ空を見ていた。

第二の星

大地が干上がっていた。

始まりの大地の東側、平たい台地の下を流れていた川が、細くなり、最後には消えた。底に白い筋だけが残った。草は根ごと死に、木は葉を落とし、虫が減り、それを食べる獣が減った。小さな連鎖が順に静かになっていった。

集団は南へ動いた。南に水があるとわかっていたわけではない。乾いた風が北から吹いていたから、背を向けて歩いた。それだけだった。

同じ頃、始まりの大地の西側では、別の集団が川の残り水を巡って争っていた。争いは短かった。強い側が残り、弱い側が去った。去った側は山を越えようとして、冬の寒さに飲まれた。

この星はそれを見ていた。争いも、逃走も、老いた女が座り込んだ丘の陰も、男の子の隣に置かれた一つの岩も。

どれも等しく照らした。

どれが重くて、どれが軽いかを、この星は知らない。

与えるもの

糸が繋がった。

この者は六つだ。渡せるものは少ない。

乾いた泥の中に、一本の草の茎が残っていた。根が深かった。その茎に光が落ちた。その者は見た。手を伸ばして、引いた。根が来た。噛んだ。

受け取った。

生きるために使った、というより、ただ手が動いた。それだけだった。

これは何なのだろう。渡した。届いた。しかし何かが変わったとは言えない。変わらなくていいのかもしれない。ただ生きることが、次へ繋がるのかもしれない。

もう一度渡す。次は別の何かで。

伝播:NOISE 人口:285
与えるものの観察:根を引いた手が、答えのかわりだった
───
第835話

紀元前295,835年

第二の星

大地の南、平らな台地が続く。

亀裂は三日前から走り始めた。はじめは一本。次の朝、また一本。今は網の目のように地面を分けている。幅は狭い。足先を差し込もうとすれば差し込める。しかし底は見えない。

乾いた風が東から来ている。

この地に雨が落ちなくなって、もう長い。川床は白く、砂が積もった。水を求めて北へ動いた群れがいた。七人。その群れはもう戻らない。戻れなかったのか、戻る気がなくなったのかは、わからない。

台地の縁に、別の群れがいる。

彼らは旧い形をしている。額が低く、眉骨が張り出している。腕が長い。声の出し方が違う。この集団とは三世代ほど前から互いの姿を見ている。距離を保ってきた。近づかず、離れず。どちらも相手が何者かを知らない。ただ存在している。

今日、その旧い群れの一人が台地を下った。

子どもだった。五歳か六歳か。骨格はしっかりしているが、腹がへこんでいた。その子は草の枯れた斜面を降りて、乾いた川床に立った。立ったまま動かなかった。やがて川床の砂を手で掻いた。何かを探すように。何もなかった。砂が指の間から落ちた。

その子はしばらくそこにいた。

それから斜面を登って戻っていった。

こちらの集団が見ていた。三人。木の影に立って、動かずに。見ていた、というより、見てしまっていた、という感じだった。見てはいけないものを見たかのように、三人とも視線を外した。しかし体は向いたままだった。

台地の亀裂は夜、音を立てる。

低く、長い音。地の底から来る。昨夜も鳴った。眠っていた子どもが目を覚まして泣いた。母親が覆いかぶさって黙らせた。声を立てるな、という意味ではなかったと思う。ただ覆いかぶさった。それだけだった。

東から来る風が強くなった。

砂が舞う。台地の端に積もっていた枯れ草が転がった。旧い群れの方へ転がっていった。誰かがそれを目で追った。追っただけだった。

水がない。

食べるものが減っている。集団の中で何かが変わりつつある。声の出し方が変わった。誰かを見る目つきが変わった。昨日、二人が押し合った。すぐ終わった。しかし終わった後、二人は離れて座った。今朝も離れて座っている。

集団間の緊張、と呼べるほどの言葉はまだない。

しかしそれは確かに、台地の上に、亀裂と同じように広がっている。

与えるもの

川床の白い砂の中に、一か所だけ、色の濃い部分があった。湿り気の残り。朝の光がそこに落ちた。

その者はそれを見た。立ち止まった。もう一度見た。それから目を逸らして、集団の方へ歩いた。

渡ったのか。渡らなかったのか。その者が何を感じたかは、わからない。ただ、足が止まったことは確かだ。次に渡すなら、足が止まった場所へ、もう一度光を落とすことかもしれない。それとも、足が止まるたびに消えていく水の話は、まだ早いのか。

その者(11〜16歳)

川床を通った。

白い砂だった。足の裏に熱が来た。

一か所、色が違う場所があった。立ち止まった。しゃがんだ。砂を少し掻いた。湿っていなかった。立ち上がった。

台地の上に戻った。

集団の中で二人が離れて座っていた。その者はその間を通らなかった。遠回りした。

伝播:HERESY 人口:288
与えるものの観察:足が止まった。届きかけた。
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第836話

紀元前295,830年

第二の星

北の高地では乾いた風が吹き続け、草原の縁が焦げ茶色になっていた。

風向きが変わったのは夜だった。西の稜線の向こうで、最初の火が見えた者はいない。気づいた時にはすでに空が橙に染まり、煙の層が月を隠していた。炎は草を伝い、低木を伝い、乾ききった葉の堆積を一息で呑んだ。走る速さよりも速く、風の気まぐれで向きを変え、逃げ道を塞いだ。

集団は散った。

方角を見失った者たちが岩場に逃れ、岩場が熱を持ち始め、煙の中で向きを変えた。子供を抱えたまま走り続けた者がいた。石の隙間に身を押し込んだ者がいた。煙に先に追いつかれた者たちは、もう走らなかった。

夜が明けた頃、集団の数は大きく欠けていた。

同じ頃、遠く離れた海沿いの低地では何事も起きていなかった。波は穏やかに砂を撫で、岩礁の隙間でカニが動いていた。星は変わらず、潮の匂いが湿った風に乗って漂っていた。焼け跡が何千里も先にあることを、その海は知らない。

焼け跡には、灰と炭と、熱を逃れた石だけが残った。

与えるもの

赤い石が岩に触れた日のことを、思い出した。あれも線だった。重なった線だった。

この者は今、走っている。

煙の中で左の岩壁が白く浮かんだのは、炎の反射ではなかった。その白さをこの者が見た。見て、体が曲がった。

右ではなく左へ。

岩壁の白さへ向かったこの者が、隙間に滑り込んだ。煙が上を流れていった。

届いたのか。それとも偶然だったのか。与えるものには分からない。分からないまま、この者が隙間の奥で息を止めているのを、そのまま見ている。

次に渡すべきものがあるとすれば、まだここではない。この者が息をしていることが、先だ。

その者(16〜21歳)

煙が最初に来た。火より先に。

喉の奥で何かが詰まるような感触があって、その者は目を開けたまま立っていた。みんなが走っていた。叫びが散っていた。炎の色が木の輪郭を消した。

走った。

足の下の土が熱かった。草の根が残る地面が、まだ燃えていない地面が、その者の足を受け止めた。前を走っていた大人の背中が煙の中に消えた。その者は止まれなかった。走り続けた。

岩壁が白く光った。

何故そちらへ曲がったのか、その者には分からない。体が先に動いていた。隙間は狭く、肩が削れた。奥に押し込んだ体を丸め、両手で顔を覆った。煙が上を流れる音がした。音ではなく、圧力だったかもしれない。

長い間、そのままでいた。

隙間から出た時、空は灰色だった。焼け跡の地面は柔らかく、足が沈んだ。炭になった木が折れた音だけが時折した。

集団の残りを探した。声を出した。返ってきた声は、少なかった。

その者は返事のない方角に向かって、もう一度声を出した。返事はなかった。

また出した。

沈黙だけが続いた。

その者はしゃがんだ。手のひらに灰がついた。立ち上がった。歩き始めた。

伝播:HERESY 人口:221
与えるものの観察:煙の中で岩壁が白く光った。それだけだ。
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第837話

紀元前295,825年

その者(21〜22歳)

野火が通り過ぎたあとの大地は、まだ熱を持っていた。

その者は焦げた地面の端に座っていた。足の裏に、灰の層が積もっていた。踏み込むたびに沈む感触があった。踏み込みながら、また踏み込んだ。沈む。沈む。それだけをしばらく続けた。

集団はすでに南の斜面に移っていた。その者だけが戻ってきた。何かを探しに来たわけではなかった。ただ戻ってきた。

焦げた木の根元に、小石が一つあった。火は砂をも焼くが、石は残る。その者はそれを拾い上げ、しばらく手の中で転がした。温かかった。手放さなかった。

夜になった。集団の火が遠くで揺れているのが見えた。その者はそちらへ向かわなかった。体が重かった。重さは前日からあった。息を吸うたびに、胸の奥で何かが引っかかる感覚があった。煙を吸いすぎたのかもしれない。あるいはそうでないのかもしれない。

その者は横になった。焦げた大地の上に、直接。灰が頬に触れた。冷たくなっていた。石を握ったまま、目を開けていた。

星がよく見えた。煙が薄れていた。

何かが胸の奥で動いた——いや、動かなくなった。どちらか、その者には分からなかった。ただ石を握る力が少しずつ抜けていって、指が開き、石が灰の上に転がった。

音はしなかった。

第二の星

集団間の境界では、二人の男が向き合ったまま動かずにいた。どちらも声を出さなかった。片方が石を持っていた。もう片方は手ぶらだった。風が草を鳴らした。男たちはそれを聞いた。どちらも動かなかった。どちらも動かなかったまま、やがて片方が一歩、後ろへ下がった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SPREAD 人口:238
与えるものの観察:渡した石が指から落ちた夜に、境界で一歩が退いた
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第838話

紀元前295,820年

その者(13〜18歳)

皮を剥いだ動物の脚が、岩の上に置かれていた。

その者は脚の根元をつかみ、引いた。骨のまわりの膜が白く光っていた。指が食い込む。膜が破れた音がした。血が指のあいだに滲んだ。

その者は十四だった。

女の大人たちが働く場所の端に、その者は許されていた。端であれば追い払われなかった。端から見ていれば、いつか手が覚えた。

骨を持ちながら、もう一度引いた。剥がれなかった。

石の刃を拾い、骨と膜のあいだに差し入れた。押す。滑る。また押す。

女の一人が近づいてきた。その者の手から石の刃を取り上げた。角度を変えて、差し入れた。膜が音を立てて剥がれた。

その者は見ていた。

手を返された。石の刃を握り、同じ角度で差し入れた。

剥がれた。

女は何も言わなかった。また自分の仕事に戻った。

その者はもう一度やった。もう一度。膜が白くなって、光って、剥がれた。その者は剥がれた膜を岩の上に置いた。

夕方になると、集団の端から別の影が近づいてきた。背が高く、肩が広い。旧人の群れの若い一頭だった。集落の縁まで来て、立った。

その者は石の刃を持ったまま、立ち上がった。

女の大人たちが作業を止めた。

若い旧人は立ったまま動かなかった。何かを持っていた。前足と後ろ足がついたままの、小さな獣だった。

その者は動かなかった。

旧人は獣を地面に置いた。

また立った。

向こうを見た。こちらを見た。

踵を返して、草の中に消えた。

誰も何も言わなかった。置かれた獣が岩の上に乗せられ、女の一人が解体を始めた。その者はそれを見ていた。石の刃をまだ握っていた。

夜、火のそばに座りながら、その者は何度も同じ動作をした。角度を変えた。石を持ち直した。手だけが動いていた。

第二の星

草原の北端に塩湖が横たわっている。乾季の終わりに向かい、湖岸が白く露出しはじめている。

この五年、集団は七人増え、五人減った。火山灰の降った年に四人が肺を患い、三人が越冬できなかった。残った者たちは水場を変えた。二度目の移動の途中で子が生まれ、その母は歩けなくなり、四日後に野に留まった。子は別の女が乳を与えて育てた。

集団の東側に、旧人の群れが定期的に現れるようになって三年が経つ。

両者が同じ水場を使うことがある。距離を取る。声を出さない。先にいた方が飲み、終えると離れる。後から来た方が近づく。それが繰り返されている。

摩擦はある。若い旧人が集落の縁まで来ることが増えた。何かを置いて去る。集団の側が何かを置いて去ることもある。言葉はない。置かれたものだけが残る。

集団間の緊張は水面の下にある。見えない。しかし表面は揺れている。

今この瞬間、その者の知らない場所でも、誰かが誰かを見ている。

与えるもの

糸が繋がった。

膜と骨のあいだに。光を落としたのはそこだった。石の刃の先に夕日の一条が差した。

この者は刃の角度を変えた。膜が剥がれた。

それで十分だったかもしれない。しかし私は十二の試みを知っている。手が届いたのは一度もなかった。

この者に渡すべきものが、まだある。排除される前に、何を。

伝播:HERESY 人口:240
与えるものの観察:剥がれた膜と、置かれた獣。角度を覚えた手。
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第839話

紀元前295,815年

第二の星とその者(18〜23歳)

雨が来た。

乾いていた土が、半日で黒くなった。川が膨らみ、浅瀬だった場所が膝まで達した。岸辺の草が倒れ、根元から引っこ抜かれて流れていった。遠くの丘では獣の群れが高い場所へ移動し、その足跡が泥に残った。水を踏んだ痕跡だった。

その者は洞窟の外に出た。雨が止んだ朝だった。

地面に水が溜まっていた。浅い窪みの中で、空が映っていた。その者はしばらくその水面を見た。風が来ると空が揺れた。木の葉が落ちると空が割れた。また戻った。

集団が大きくなっていた。子どもの泣き声が増えた。煙が上がる場所が増えた。食べ物を巡って声が荒くなることも増えた。別の集団の痕跡が、以前より近いところで見つかるようになった。踏み固められた草、獣の骨、灰の残り。

その者は境界を知らなかった。

しかし足が、ある場所より先に進まなかった。他の者たちも同じだった。声にはならない何かが、その者の集団と別の何かの間に、境を引いていた。

始まりの大地の南側では、地面が沼になった場所があった。獣が沼に踏み込み、抜け出せなくなった。その骨は今も残るだろう。東の高地では、雨が洗い流した斜面に、石が剥き出しになっていた。白い石だった。新しい石だった。誰もまだその石を触っていなかった。

その者の手の甲に傷があった。

三日前についた傷だった。薄い皮が剥けて、赤い筋が走った。火の近くに置いていた岩が転がり、手の上を通り過ぎた。その岩はすでに集団の誰かに拾われ、どこかに行った。傷だけが残った。

朝、傷のある手で水を掬った。

水が冷たかった。傷が痛んだ。その者は水を飲んだ。それから手を水の中に浸したまま、しばらく動かなかった。痛みが薄れた。傷の端が白くなっていた。その者は水の中で自分の手を見た。

傷がどこにあるか。

水の中の手は揺れていた。傷の位置が定まらなかった。しかし痛みはそこにあった。揺れない場所に。

別の集団の者が、川の向こうで立っていた。

その者はそれを見た。川の向こうの者も、こちらを見た。声はなかった。身振りもなかった。ただ見た。

水が流れ続けた。

川向こうの者が、向きを変えて歩き去った。その者は水から手を引いた。傷の上に砂がついた。払った。また砂がついた。

集団の子どもが走ってきた。その者の腕を引いた。肉がある、そういう声だった。その者は立ち上がった。走った。

雨が丘の向こうに大量の食べ物を連れてきていた。実が落ちていた。小動物が動きを鈍らせていた。集団は五年前より多くなっていた。笑い声に似た音が上がった。

その者も走りながら、何かが口から出た。

笑い声かどうかはわからなかった。ただ、出た。

与えるもの

川の水が白い石を洗い出した。

その者の手の傷のあたりに、光が落ちた。その者は水の中に手を入れた。

傷を見ていたのか、水面の揺れを見ていたのか。

揺れるものを通して、動かないものが見えることがある。渡したかったのはそれだった。しかしこの者の目は傷の痛みにあった。白い石はまだ誰にも触られていない。次は、あの石を風が鳴らす方向から示してみる。

伝播:NOISE 人口:312
与えるものの観察:水面に揺れるものを通して渡そうとした
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第840話

紀元前295,810年

第二の星

川が引いた。

泥が乾く前に、岸辺の低地には獣が戻ってきた。鹿ではない。もっと小さい、耳の長い獣だった。水を吸った土に足跡を残しながら、草の根を掘り返して食べた。

始まりの大地の北部では、集団が二つに分かれたまま同じ水場を使っていた。どちらも近づきすぎず、離れすぎず、石を手に持ったまま水を飲んだ。石を置かなかった。

南の丘では、別の顔つきの集団が岩の陰に火を持っていた。額が張り出し、首が太く、声が低かった。彼らはこの者たちの集団とは別の声を出した。重なる音もあった。重ならない音もあった。彼らは火の番を二人でしていた。交代せず、ずっと並んでいた。

乾いた草地の端で、年老いた女が一人、草を噛んでいた。集団からは少し離れた場所だった。誰かが水を持っていったが、女は受け取らなかった。翌朝、その場所に女はいなかった。草だけが踏み荒らされていた。

東では、火山が煙を上げていた。噴火ではない。ただ白い煙が空に上っているだけだった。それを見ている者は、この星の上で、一人もいなかった。

与えるもの

この者の首の後ろに、冷たい風が当たった。

集団の方から吹いてきた風ではなかった。逆だった。集団の背後から、外へ向かって吹いていた。

この者がそれに気づいたかどうかは、わからない。

しかし、同じ風のことを、以前も考えていた。水の中の手が揺れるのに、何かが揺れないことがある。痛みか。意志か。それが何であるかは、まだわからない。

ただ今、この集団の中に、この者を見ている目がある。それを渡す言葉が与えるものにはない。だから風を送った。逃げる方向へ向かって吹く風を。

この者がそれを逃げる方向として受け取るかどうか。

次に渡すべきものがあるとすれば、足の裏が覚える地面の違いかもしれない。柔らかい土と、硬い土の違いを、この者はまだ意識していない。

その者(23〜28歳)

集団の中で、何かが変わった。

変わった場所がどこかは言えない。言う言葉がない。ただ、肉を渡す順番が変わった。この者の番が後になった。前は後ろではなかった。

大人の男が一人、この者の方を見た。目をそらした。また見た。

この者は石を拾った。重い石だった。持ったまま、しばらく立っていた。

夜、火の近くに座れなかった。端に行った。火から遠い場所は暗く、冷えた。しかし、そこから見ると、火を囲む者たちの顔が見えた。誰が誰を見ているか、見えた。

ある男が、別の男の耳に顔を近づけた。何かを言った。声は聞こえなかった。しかし口が動くのが見えた。その後、二人がこの者の方を見た。

この者は石を握ったまま、動かなかった。

首の後ろに風が当たった。冷たかった。集団の向こうから吹いていた。

この者は立ち上がり、闇の方に一歩出た。

立ち止まった。

もう一歩、出た。

草が足の裏を刺した。土が湿っていた。足が沈まない場所を、足の裏が探した。それだけを考えながら、歩いた。火の光が遠くなった。

振り返らなかった。

伝播:HERESY 人口:309
与えるものの観察:風を送った。届いたかもしれない。