2033年、人類の旅

「紀元前294,485年〜紀元前294,365年」第1105話〜第1128話

Day 47 — 2026/05/19

読了時間 約60分

第1105話

紀元前294,485年

第二の星

草原の縁に森が迫っている。

この季節、空は高く、乾いた風が地面を舐める。草の穂が一方向に揺れて、また戻る。太陽は早く沈む。夜が長い。

群れは川沿いの岩棚の下にいる。岩肌が南向きで、昼の熱を夜まで保つ。子どもが多い。三つ、四つ、五つ。走り回る小さな足が土を叩く。乳飲み子を抱いた者が岩に背を預けて目を閉じている。

遠くの森の縁では、別の群れが動いている。額の骨が厚い。眉弓が張っている。彼らも川を使う。上流と下流に分かれているが、雨が続いた後は水場が重なることがある。そのとき、互いに動きを止める。目が合う。どちらも声を出さない。どちらも近づかない。やがて一方が退く。

退くのはいつも同じ側とは限らない。

岩棚の群れでは今夜、焼いた肉を分ける。大きな者が先に手を伸ばす。小さな者は端に座る。火が風で傾く。誰かが身をかがめる。

3歳の子が火の方へ歩いていく。誰かが腕をつかんで引き戻す。子は声を上げる。

夜が、静かになる。

与えるもの

糸が繋がった。

温度が変わった。岩棚の陰、子どもが座る場所の石が、周囲より少しだけ冷たかった。その子は手のひらをそこに置いた。

受け取ったかどうか、わからない。ただ手が止まった。

冷たいものに触れて、手を離さなかった。それだけだ。次に何を渡すか、まだ決まっていない。渡すべきものは、この者がどこを向くかによって変わる。

その者(3〜8歳)

冷たかった。

手のひらを石に押しつけた。火の熱が背中にある。前は冷たい。後ろは熱い。その真ん中に、自分がいる。

兄が走ってきて、腕をつかんだ。引っ張られた。転んだ。膝が土についた。泣かなかった。泣く前に兄がもう別の方向へ走っていたから。

肉は端の方にある。小さくて、骨に近い。嚙んだ。硬かった。飲み込んだ。

夜、岩棚の奥で体を丸めた。母親の背中のすぐそばに。匂いがした。汗と土と、少しの血。その匂いの中で目が重くなった。

石の冷たさを、手のひらが覚えていた。

眠る前に、手を握った。何も持っていない。それでも握った。

朝、目が覚めたとき、手はまだ握られていた。

伝播:HERESY 人口:778
与えるものの観察:冷たい石に手が止まった。渡せた、かもしれない。
───
第1106話

紀元前294,480年

第二の星

川沿いの岩棚から、煙が二本立っている。

ひとつは朝の火。もうひとつは、昨夜から消えていない。

集団は大きくなった。子が増え、老いた者も増えた。皮を剥ぐ者、火を守る者、遠くを見張る者。役割が自然に分かれていく。言葉がなくても、身体が覚えている順序がある。

しかし大きくなることは、別の重さも連れてくる。

食い物をめぐる目つきが変わる。誰かの持ち物に手が伸びる。子どもたちの群れの中で、石が投げられる。笑い声と、泣き声の区別がつかない夜がある。

遠く離れた丘の上、別の集団が斜面に沿って動いている。彼らはこの川を知らない。岩棚の煙を知らない。知っているのは、獣の足跡の読み方と、雨の匂いの前触れだけだ。

両者の間にある草原は、今は静かだ。

草の穂が倒れ、起き上がり、また倒れる。風は西から来ている。

集団のなかに、一人だけ岩棚の外に出ている子がいる。

その子の周りだけ、煙が来ない。

与えるもの

この草の、根の深さに、温度の変わり目があった。

地面に伏せたまま、その子は動かなかった。土の冷たさが腹から背に抜けていった。

渡った。届いたかどうかは、まだわからない。しかし次に渡すべきものが、もう見えている。

その者(8〜13歳)

岩棚の外は広い。

その子は腹這いになって、草の根元を見ていた。虫が一匹、茎を登って、また降りた。土は朝の湿りを残していた。昨日の雨の名残だ。

指が土を掘った。爪の先が冷たくなった。

少し掘ると、また冷たさが変わった。上の土とは違う冷たさ。水ではない。石でもない。ただ違う。

その子は手を止めた。

同じ場所を、もう一度掘った。

また違う。

岩棚の方から声がした。呼んでいる。誰かの声。

その子は立ち上がろうとして、止まった。

もう一度、指を土に入れた。今度は深く。

温度の境目に触れた瞬間、岩棚から大人が出てきた。腕をつかまれた。強く引かれた。

その子は抵抗しなかった。

ただ引かれながら、来た方向を振り返った。穴は小さく、草に隠れそうだった。

夜、岩棚の壁際で丸くなっていた。腹が減っていた。大人たちが何かを話していた。声の高低だけが聞こえた。

指先に、あの冷たさの記憶が残っていた。

消えなかった。

しかし次の朝、岩棚を出ようとしたとき、大人の手が行く手を塞いだ。

声ではなかった。目だった。

その子は引き返した。

伝播:HERESY 人口:741
与えるものの観察:境目を覚えている。それだけで足りる。
───
第1107話

紀元前294,475年

第二の星とその者(13〜18歳)

川が増えた。

氾濫の後に残った砂洲に草が生え、草に獣が寄り、獣に人が寄った。火山の灰が風に運ばれた年、台地の東に新しい水場が現れた。集団は動いた。子を抱えた者が歩き、老いた者が引きずるように続いた。岩棚を離れた。

その者は荷を持たなかった。まだ子で、まだ大人でもなかった。

台地の端に立つと、下の平野が広がった。見たことのない広さだった。風が来た。乾いた草の匂いと、遠い何かの腐った匂いが混じっていた。その者は息を止め、また吸った。

集団が大きくなると、声が増える。争いの声も増える。

誰かが何かを取った。誰かが返せと叫んだ。夜、火の周りで二人の男が胸を押し合った。長老が声を出した。収まった。しかし翌朝、片方の男の顔が腫れていた。その者はそれを遠くから見た。近づかなかった。

知りすぎる者は危ない。その者はまだそれを言葉で知らなかった。しかし体が知っていた。

ある夜、匂いが変わった。

焦げた肉ではない。獣でもない。湿った土の奥から来るような、古い何かの匂いだった。その者は火から離れ、匂いの方へ歩いた。暗闇の中、岩の割れ目があった。割れ目の縁に手を当てると、冷気が掌に当たった。

冷たかった。

地面の奥が冷たいことを、その者は知らなかった。岩は全部同じだと思っていた。しかし違った。冷たい岩と、冷たくない岩があった。なぜかはわからなかった。ただ、何度も手を当てた。右手で、左手で、また右手で。

集団の半分ほどが移動した先に残り、半分はまた別の方へ散った。新しい水場を見つけた者たちが、そちらへ向かった。その者はどちらにも属さなかった。群れの端にいた。

春、幼い子が二人死んだ。熱が出て、食べなくなり、消えた。母親が声を上げた。声は続いた。やがて止まった。

その者は死んだ子のひとりを見た。小さかった。自分もかつてあのくらい小さかったはずだった。しかし記憶がなかった。ただ小さいということだけが、残った。

夏の終わり、集団の中で知識を持つ者が疎まれた。

ある男が傷の処置を知っていた。草の汁を塗ること、傷を押さえること。一度は称えられた。しかし二度目、その男の処置した者が死んだ。男に石が投げられた。男は逃げた。戻らなかった。

その者はそれも遠くから見た。

岩の割れ目のことを、誰にも伝えなかった。伝えようとしたが、音が出てこなかった。伝える言葉を持っていなかった。身振りで示そうとして、やめた。

何かを知っていることが、危ないことだと体が言っていた。

秋の長雨の中、その者は群れの外れで眠った。翌朝、群れがいた場所に、その者はいなかった。

探した者はいなかった。

与えるもの

冷気が掌に当たった。

その者は同じ岩に七度、手を当てた。一度も同じ温度ではなかった。

問うべきことが、まだここにあるのだろうか。それとも問いだけが残り、この者は消えた。次に渡すなら、もっと早く。もっと静かな時に。匂いではなく、もっと皮膚に近い何かで。

伝播:HERESY 人口:714
与えるものの観察:冷気に七度触れた。言葉より前に体が知った。
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第1108話

紀元前294,470年

その者(18〜23歳)

水場への道を、その者は一人で歩いていた。

台地の縁を沿うように。足の裏が土の硬さを読んでいた。ここは固い。ここは沈む。体が先に知っていた。

新しい水場は遠かった。岩棚から半日。群れは慣れていたが、その者はまだ慣れていなかった。足の裏の皮が厚くなりきっていなかった。

水を汲む容器はなかった。両手で飲んだ。

飲んで、膝をついたまま、水面を見た。

自分の顔が揺れていた。揺れが止まると、また顔があった。顔を見た。しばらく見た。何を思っていたのかは、わからない。

帰り道に、それを見つけた。

低木の根元に、南の集団の者が倒れていた。

年寄りだった。群れが移動するとき、引きずるように歩いていた者だ。今は動かなかった。腹が動いていなかった。足が変な向きに曲がっていた。

その者は近づいた。

しゃがんで、顔を見た。目は開いていた。乾いていた。

その者は立ち上がった。

歩きかけた。止まった。

また振り返った。

地面に石が一つあった。その者はそれを拾い、倒れた者の隣に置いた。なぜそうしたのか、自分でも知らなかった。置いてから、また歩きだした。

群れに戻ると、北の集まりで声が上がっていた。

何かを決めていた。大きな者が手を振り、小さな者が頷いていた。子を抱えた者が端にいて、聞いているのか聞いていないのかわからない顔をしていた。

その者は端に立った。声は聞こえた。意味は半分しかわからなかった。

夜になった。火が燃えていた。

その者は火から少し離れたところに座った。群れの声が聞こえた。笑いに似た音が上がった。子供が転んで泣き、すぐに泣き止んだ。

その者は石を持っていた。水場の近くで拾ったものだ。

持ち替えた。また持ち替えた。

重さが手に伝わった。

次の朝、南の集団から三人来た。

倒れた老いた者を探しているようだった。身振りと音で何かを伝えようとしていた。群れの大きな者が応えた。知らない、という身振りをした。

その者は聞いていた。

石を握っていた。

言わなかった。言う言葉を知らなかった。「あそこに」と言える音を、まだ持っていなかった。

南の三人は去った。

その者は石を見た。

夕方、その者は一人で低木の方へ歩いた。

老いた者はまだそこにいた。石も、まだそこにあった。

その者が置いた場所に、そのままあった。

しゃがんで、石を見た。

何かが終わっていた。それだけはわかった。

立ち上がらずにいた。空が暗くなり始めていた。

遠くで鳥が鳴いた。

その者はようやく立ち上がり、群れへ戻った。

途中で、足を止めた。

振り返らなかった。

ただ、立っていた。

それから歩いた。

第二の星

台地の東に現れた水場は、その年も満ちていた。

地下から来る水だった。岩盤の割れ目を伝って、長い時間をかけて表に出てくる水だった。旱が来ても枯れなかった。集団はそれを知り始めていた。知るという行為を持たずに、体で知っていた。足が自然に水場の方を向くようになっていた。

始まりの大地は穏やかだった。

川の氾濫は来年来るかもしれなかった。そのとき台地の西は水に沈むかもしれなかった。だが今は乾いた土が広がり、草が生え、獣が動き、集団が子を産んでいた。

半数が死ぬ前に、半数が生まれていた。

集団は大きくなった。それだけだった。

大きくなったことで、何かが変わっていた。声が増えた。火が増えた。誰のものかわからない子供が増えた。境をどこに引くか、体が先に感じて、言葉がそれを追いかけようとしていた。

南の集団も北の集団も、同じ水場を使い始めていた。

同じ水を飲みながら、目が警戒していた。

始まりの大地の裏側では、まったく別の集団が、まったく別の水を飲んでいた。互いを知らなかった。知らないまま、同じように子を産み、同じように死んでいた。

穏やかな時代というのは、こういうものだった。

何も起きないのではなく、起きていることが静かなだけだった。

与えるもの

水面に揺れた顔を、長く見ていた。

その石を、倒れた者の隣へ。

石を置く理由を探した。この者の中に。見つからなかった。

ならば理由の前に何があるのか。動きが先にあって、言葉がそれを追いかけるとしたら、何を渡せばいいのか。

次に渡すのは、反射した光ではないかもしれない。

温度かもしれない。

この者の手が持ち続けているものの、冷たさ。

伝播:HERESY 人口:882
与えるものの観察:石を置いた。理由は知らない。手が先だった。
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第1109話

紀元前294,465年

第二の星

台地の上、草が倒れている。

風ではない。踏まれた痕だ。大きな足と、小さな足が交互に続いている。旧人と、その子の足跡。二つの群れが同じ水場を使っていたことが、地面に刻まれている。

南の斜面では、別の集団が火を囲んでいる。赤みがかった土の上に、骨が散らばっている。昨日の獲物の残骸。子どもが一人、骨を咥えた獣に向かって石を投げている。届かなかった。しかし投げた。

水場の近くで、旧人の成体が一体、干涸らびている。傷はない。ただ横たわっている。腹が沈んでいる。飢えたか、老いたか。近くに誰もいない。

その者の集団は、台地の西側に広がっている。子どもの声が風に混じる。焚き火の煙が二本、空に立ち上がっている。集団は増えている。しかし余ったものを誰が持つかで、男二人が昨夜喉元を掴み合った。夜明け前に離れた。今朝は口をきいていない。

遠くで、重い鳥が低く飛んでいる。

第二の星は傾かない。ただ照らす。

与えるもの

その者の頸の後ろ側に、温かさが落ちた。

光ではなく、影の縁。岩の陰から差す午後の陽が、首の付け根だけを照らした。

その者は立ち止まった。首を後ろに傾けた。

そこに何があるかは言えない。ただ、その向こうに集団の男たちがいた。話し合っていた。その者を指さして。

受け取ったか、受け取っていないか。

わからない。だから次に渡すべきものを考えている。逃げる方向か。隠れる場所か。あるいは何も渡さずに、この者がどこへ向かうかを見るべきか。渡したものが、この者の終わりを速めるとしても。

その者(23〜28歳)

水を運んでいた。

皮の袋に、半分ほど。口を束ねて、脇に挟んで。

首の後ろが、急に熱くなった。

その者は止まった。皮袋を落とさなかった。ただ止まった。

首を傾けた。何もなかった。岩と草と、遠くの空。

それでも体が動かなかった。

男たちの声が聞こえた。低く、短く。名を呼ぶような音だった。その者の音ではなかったが、似ていた。

その者は聞いた。

何かが、腹の内側で収縮した。胃ではない。もっと深いところが。

皮袋を抱え直した。

体が台地の端の方へ向いた。頭が決めたのではなく、足が先に動いた。足の裏が草と土の境目を読んでいた。踏んでいい場所と、音を立てる場所の違いを、体が知っていた。

声は追ってこなかった。

しかし、消えてもいなかった。

その者は歩いた。足音を消しながら。皮袋の水が揺れないように。息を浅く保ちながら。

台地の端に、岩の裂け目があった。以前に一度、嵐の夜に体を入れたことがあった。入れた。岩が背中に冷たかった。膝を抱えた。

男たちの声は遠くなった。

その者はそこで夜を待った。

腹が鳴った。食べていなかった。

岩の冷たさが背中に移ってきた。動かなかった。

空が赤くなった。それから暗くなった。

伝播:HERESY 人口:845
与えるものの観察:渡した。逃げた。それだけが今日起きた。
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第1110話

紀元前294,460年

その者(28〜33歳)

五年が経った。

その者は、いつも朝いちばんに目を覚ました。群れが動き始める前に。空が赤くなる前に。岩の冷たさが、背中からまだ抜けていない時間に。

それがいつからの習慣だったか、その者には分からない。ただ、目が開いた。

二十八歳のとき、その者には娘がいた。

腕の中で動く、小さな体。その者は火の近くに娘を置き、自分は風の来る側に立って、火が消えないように体で遮った。夜が明けるまで、そうしていた。

娘は生きた。

翌年も。その次も。

三十一歳になったころ、その者は知りすぎていた。

何を知っていたのか、言葉にはならない。言葉がなかった。ただ、群れの中で何かが変わるとき、その者には分かった。誰かの目が、どちらを向いているか。誰かの手が、どの瞬間に固まるか。食べ物が減り始める前の、空気の重さ。

それを誰かに伝える方法を、その者は持っていなかった。

三十二歳の秋、その者は群れの端に追いやられた。

なぜかは分からない。ある夜、寝ていた場所に戻ると、そこには別の者がいた。その者が近づくと、大きな雄が立ち塞がった。声は出なかった。ただ体が、ここに来るなと言っていた。

その者は引き返した。

火から遠い場所で、夜を過ごした。

娘の声が、闇の向こうから聞こえた。

それからは、端と端の間で生きた。完全には追われない。しかし戻ることもできない。食べ物は残り物だった。水場は、群れが去った後だった。

その者の体が、静かに削れていった。

三十三歳の初秋。

その者は台地の縁に座っていた。膝を抱えていた。遠くに、旧人の群れが動くのが見えた。七つか、八つかの影が、草の中を横切っていった。

その者は見ていた。

影が見えなくなっても、しばらく目を向けていた。

それから体が、少しずつ横に傾いた。

草が、その者の頬に触れた。

青い草の匂いがした。

冷たかった。

空だけが、変わらず上にあった。

群れの誰かが、翌朝その場所を通った。立ち止まった。しばらく見ていた。それから歩き続けた。

第二の星

台地の北、乾いた風が吹いていた。旧人の一団が水場を離れ、低い草地へ下りていくところだった。先頭の者が立ち止まり、空を見上げた。何かを嗅いだ。また歩き始めた。草が揺れ、影が続き、台地は静かだった。台地の縁に、一つの体が横たわっていた。この星はどちらも照らした。区別はしなかった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:811
与えるものの観察:端に置かれた者も、最後まで見ていた
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第1111話

紀元前294,455年

第二の星

草が膝の高さを越えた。

乾いた季節でも川床が見えなかった。岩の亀裂から湧く水が細い筋を作り、その筋が獣道に沿って集まり、低い場所に溜まった。半日歩けば食べ物が見つかる距離に、集団は留まり続けた。

子が増えた。

増えた子の声が、岩壁に跳ね返った。朝、また朝、また朝。雨の匂いが来る前に空が変わり、その変化を読む者が集団の中に現れていた。声で知らせる者、腕を振る者。同じことを違う形で伝える体が増えた。

遠い場所でも、草は育っていた。

乾燥した台地の反対側、急峻な尾根の陰に住む別の群れが、同じ川の上流で水を汲んでいた。彼らは互いを知らない。川は知っている。

集団のなかに緊張があった。

子が増えれば、食べ物の場所を知っている者の声が大きくなる。大きな声が、小さな声を押す。7歳の者は押す側でも押される側でもなく、その間で草を食べていた。

与えるもの

届いた。

草の茎に光が落ちた。虫が茎の節に産んだ卵の、透明な膜が光を返した。

この者は屈んで見た。しばらく見た。別の子に呼ばれて、立ち上がった。

——卵の膜の薄さを、誰かに渡せるか。次はそれを考える。

糸は、細い。

その者(7〜12歳)

草の中に落ちたものを、拾う。

食べられるかどうかは、口に入れてから分かる。苦ければ吐く。舌が痺れれば走って大人のところへ行く。大人は笑う場合と、顔を変える場合がある。その違いをこの者は覚えている。

木の実が割れているのを見つけた。中身はもうなかった。

殻の断面が面白かった。内側と外側が違う。内側は白く、外側は茶色い。指で触ると引っかかる感触と、すべる感触が同じものの上にある。

何度も触った。

離さなかった。

集団が移動を始めた。この者はついて行きながら、まだ殻を持っていた。川を渡る手前で、殻は流れに落ちた。

見ていた。

沈まなかった。流された。

川が曲がる場所で、殻は見えなくなった。

その夜、何かが違った。目の前に火があった。大人たちが声を出していた。腹は満ちていた。なのに胸の中で、何かが動いていた。殻のことを思い出しているわけではなかった。ただ何かが動いていた。

岩を拾った。ひとつ。

置いた。

また拾った。

伝播:HERESY 人口:1,001
与えるものの観察:殻は流れた。この者の手の中に跡だけ残った。
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第1112話

紀元前294,450年

第二の星

草が実をつけた。

低地の集団は川沿いに広がり、岩場の集団は段丘の縁に沿って移動した。どちらも同じ方向に動いていたが、互いを知らなかった。知らないまま、百日ほどの距離を保った。

遠く北の台地では、別の集団が獣の大移動に沿って移動していた。彼らは皮を背負い、幼い者を抱え、岩塩の露頭を探しながら歩いた。火を持ち運ぶ技術を持っていたが、それを誰に教わったか、もう誰も知らない。

川の合流点近くに、旧人の一群が野営していた。声は低く、動きは静かだった。新人の子どもたちが遠くからその煙を見た。大人たちは石を手に取った。何も起きなかった。煙は翌朝には消えていた。

豊穣が続いていた。

食べ物があるとき、集団は縄張りを広げる。縄張りが広がると、別の縄張りに触れる。その者の集団の男たちが、夕方になると岩の高いところに立って、遠くを眺めるようになっていた。

子どもたちは増えた。声が増えた。岩壁に跳ね返る声の数が、去年より多かった。

与えるもの

獣の内臓を処理していた者の手が、一瞬止まった。

腸のある部分が変色していた。その色をこの者の目に映した。光の角度を変えた。影が走った。

この者は顔を近づけた。匂いを嗅いだ。それから、その部分を切り落として捨てた。

他の者たちは気にしなかった。この者だけが、捨てた。

これは何だったのか。判断か。恐れか。経験か。渡したものが届いたのか、この者がもともと知っていたのか、区別がつかない。しかし次に渡すべきものがある。この者はまだここにいる。まだ、渡せる。

その者(12〜17歳)

獲物を運んで戻ったとき、その者はまだ子どもの側にいた。しかし誰も子どもとは呼ばなかった。

内臓を分けるのはその者の仕事になっていた。誰かが決めたわけではない。ある日から、そうなっていた。

腸を引き出すとき、指に感触がある。冷たいものと温かいものが混じる。水気の多い部分と乾いた部分がある。その者は毎回、手で確かめながら進んだ。

その日、変色した部分に指が触れた。

いつもと違った。

臭いが先に来た。鼻の奥に刺さる、濃い臭い。その者は顔をしかめた。光がちょうどそこに落ちて、変色がはっきり見えた。

切り落とした。

捨てた。

誰も何も言わなかった。男のひとりが「食べるか」と目で問うたが、その者は首を振った。振ってから、なぜ振ったか、自分でもわからなかった。

ただ、それは食べるものではなかった。

夕方、その者は川の近くに座って、濡れた手を乾かした。集団の声が岩に当たって戻ってくる。子の声、女の声、男が何かを叩く音。それらの間に、遠くから別の音があった。

旧人の声ではなかった。別の集団の声だった。

その者は動かなかった。耳だけが、音の方向を向いていた。

伝播:HERESY 人口:952
与えるものの観察:変色を捨てた。恐れか、知恵か。
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第1113話

紀元前294,445年

第二の星

大地の端に、裂け目があった。

平地を歩けば気づかない。草が覆い、雨水が溜まり、小さな虫が卵を産む。ただの窪みに見える。しかし地の下では、岩の層が少しずつ動いていた。数十年かけて、ほんのわずか。指の幅ほど。それが積み重なって、ある朝、音もなく土が沈んだ。

川沿いに広がっていた集団の、南端が呑まれた。

眠っていた者が多かった。立ち上がる間もなかった。泥と石が重なり、呼ぶ声がいくつか上がり、それから静かになった。残った者たちは北へ走った。振り返らなかった。振り返れる者は少なかった。

七日後、岩場の集団がその場所の近くを通った。

焦げてもいない。燃えてもいない。ただ、大地の形が変わっていた。草の生え方が途切れ、土の色が違う。岩場の者たちは立ち止まり、しばらくそこを見た。誰も近づかなかった。一人が低い声を出し、他の者たちが同じ方向を向いた。それだけだった。彼らは西へ曲がり、もとの道を離れた。

段丘の縁は、まだ安定していた。

北の台地では、獣の群れがいなくなっていた。移動の方向が変わったのか、それとも別の何かがあったのか、台地の集団には判断できなかった。彼らは東へ散り、小さな群れに分かれた。三人、五人、七人。そうして食べ物を探した。台地の風は乾いていた。草の穂が白く、種をこぼしていた。

始まりの大地のあちこちで、集団は小さくなり、また小さくなった。

豊穣は続いていた。それは確かだった。草は実り、水は流れ、空は晴れた。しかし大地そのものは、生き物のように動いていた。人の都合を知らずに。岩が割れ、土が沈み、水路が変わった。その変化に気づいた者は道を変え、気づかなかった者は消えた。どちらが賢かったかを、大地は問わなかった。

集団間の緊張は、形を変えた。

川沿いの集団が半数以下になったことで、岩場の集団との距離が空いた。百日ほど保たれていた間隔が、今は意味を持たなくなった。岩場の者たちは川沿いへと少しずつ動いた。意図はなかったかもしれない。食べ物がそこにあった。水がそこにあった。ただそれだけで、人は動く。

川沿いの生き残りたちは、北へ行った。

彼らは集団と呼べる形を保っていた。十数人。子どもを三人連れていた。歩くのが遅い者が一人いたが、他の者が交代で抱えた。夜は岩の陰に集まり、火を持たないまま体を寄せた。火の作り方を知っていた者が、沈んだ側にいたからだ。

知識が消える、ということは、こういうことだった。

炎がなくなったのではない。火を起こせる者がいなくなった。同じことが、他の集団でも、何度も、静かに起きていた。そのたびに、誰かが一から覚え直した。覚えられなければ、寒い夜に震え、やがて動かなくなった。それだけのことが、繰り返された。

大地はまだ揺れていた。音のない、長い揺れだった。

与えるもの

川沿いの集団の生き残りが北へ向かっていた日、その者の足もとに風が当たった。

草の間から来た風ではなかった。岩の隙間から、地の底の匂いを連れてきた。硫黄でも腐敗でもない、ただ湿って重い、土の奥の匂い。足の裏から伝わるような、低い感覚。その者は立ち止まった。

踏みとどまった。次の一歩を踏み出さなかった。

誰かに押しとどめられたわけではなかった。ただ、足が止まった。その一歩の先に何があったかを、その者は知らなかった。与えるものも、知らない。踏んでいれば落ちていたのか。それとも何でもない場所だったのか。足が止まったことで、問いは永遠に答えを持たなくなった。次に渡すべきは、その先の道か。それとも、止まることそのものか。

その者(17〜22歳)

匂いがした。

鼻ではなく、もっと奥のどこかで受け取るような、感覚。その者は立ち止まり、右足を地面に戻した。踏み出しかけていた左足を、引いた。

しばらく、そこに立っていた。

集団の他の者が先へ進んでいた。その者も、少し経って歩き出した。しかし、回り道をした。自分でも気づかないほど、わずかに。

伝播:HERESY 人口:904
与えるものの観察:足が止まった。渡ったかどうかは、永遠に分からない。
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第1114話

紀元前294,440年

その者(22〜27歳)

二十二歳のその者は、集団の端に追いやられていた。

食べ物を分けるとき、最後だった。火に近い場所で眠ることを、大きな者たちが許さなかった。それがいつからそうなったのか、その者には言葉がない。ただ端にいる。それだけが事実だった。

集団には、年老いた二人の大人と、その者より年上の若い者たちが十数人いた。旧人の一群とも、時々鉢合わせた。背が低く、眉骨の張り出した者たち。彼らは驚くと奇声を上げ、夜に向かって走った。その者は彼らを恐れなかった。ただ、なぜ彼らが夜に向かうのかが気になった。

二十三歳の春、その者は女を得た。女は別の集団から来た者で、腕に古い傷があった。二人は火の外で眠り、互いの体温で夜を越えた。

子が生まれた。

生まれたとき小さかった。四本の肢は揃っていたが、泣く声が細かった。その者は子を見て、何かが胸の奥で締まるのを感じた。何と呼ぶかを知らなかった。ただそこに在る何かだった。

子は三日後に動かなくなった。

その者は子を地面に置いた。また拾った。また置いた。女が横でうずくまっていた。その者は子を置いたまま、遠くを見た。何も見ていなかった。

二十五歳になる頃、集団に変化が起きた。

別の集団が近づいてきた。食料の多い季節が続き、集団は大きくなっていた。しかし大きくなるほど、誰が何を持つかの摩擦も増えた。その者は知りすぎていた。大きな者が何を隠しているかを。誰が誰の食べ物を奪ったかを。それを知っていることが、その者を危うくした。

ある夜、大きな者たちが集まった。その者の方を向いた。

その者は走った。

森の縁まで走り、振り向かず、足が石につまずいても走り続けた。後ろから声が来た。叫び声ではなく、低い息の音だった。追われていた。

崖際まで来たとき、足が止まった。

下は暗く、水の音がした。崖の縁に立ち、背後の音が近づくのを感じた。その者の手が、地面の岩を摑んだ。

大きな者の一人が来た。手を伸ばした。

その者は横に動いた。一歩、また一歩。大きな者の足が縁に乗り、土が崩れた。音もなく消えた。水の音が少しだけ大きくなり、また静かになった。

その者は崖の縁に立ち続けた。手の中の岩が、まだ温かかった。自分の体温だった。

二十七歳は、そのようにして来た。

第二の星

始まりの大地は、豊穣の中にあった。

雨が規則正しく来た。草は高く伸び、水場は干上がらず、獣の足跡が泥の上に残り続けた。集団が大きくなるのに、大きな理由は要らなかった。食があれば子が増え、子が育てば集団が広がった。

しかし大きさは緊張を産んだ。

誰の火か。誰の獲物か。誰が先に食うか。言葉が少ない時代、その問いは体で解決された。強い者が先に取り、弱い者が後に取り、取れなかった者は端に行った。それは残酷でも秩序でもなく、ただそのように動いた。

旧人の一群が南の森を動いていた。背が低く、道具を使ったが、使い方が違った。石を手に持つのではなく、地面に置いて使った。なぜそうするのか、人は知らなかった。旧人も人を見て、同じことを思っていたかもしれない。

東の高地では、幼い者が数人、連続して死んだ。病ではなく、食料の偏りだった。大人が先に食べた結果だった。

崖の近くで、一人の大きな者が消えた。

集団は翌朝、その者を探さなかった。誰も何も言わなかった。ただ火の周りの人数が、一人少なかった。

与えるもの

崖の縁に立つその者の足の下、土がわずかに湿っていた。

そこに温度が落ちた。足の裏に、ほんの少し冷たい場所があった。一歩踏み込めば崩れる場所と、まだ踏みとどまれる場所の、境目の温度だった。

その者は半歩だけ退いた。

それで良かったのかどうか、わからない。退いた先に何が待つかも。しかし渡すべきものがまだある。この者が摑んだ岩の重さが、次に何かを示すための起点になるかもしれない。岩が武器になるかもしれないし、印になるかもしれないし、捨てられるかもしれない。

渡し続ける。届くかどうかは、この者次第だ。

伝播:HERESY 人口:864
与えるものの観察:足の裏の冷たさが、境目を教えた。
───
第1115話

紀元前294,435年

第二の星

五年が経った。

乾季の長さが変わった。岩盤を流れていた地下水が細くなり、泉のひとつが干上がった。そこに通っていた獣の足跡が消えた。別の獣が来るまで、その岩場には誰も近づかなかった。

集団は膨らんでいる。子が生まれ、育ち、また子が生まれた。食料が足りている季節には集団の端まで恩恵が届いた。しかし足りなくなると端から削られた。それは自然なことのように行われた。誰も命じなかった。誰も止めなかった。

遠く、湖の縁に暮らす別の集団が移動を始めた。水が減ったからではなく、別の集団がそこに近づいてきたからだ。彼らは岩塩を削り取り、乾燥させた肉とともに皮の袋に入れて運んだ。移動しながら、老いた者が歩けなくなったとき、その者は立ち止まった。次の朝、一人で来た道を引き返した。集団は待たなかった。

始まりの大地では、二つの集団が同じ森に入るようになった。どちらも互いの言葉を持たない。身振りで境界を示すが、境界は毎日ずれる。

星は照らすだけだ。

与えるもの

この者の頭上に、木の葉の隙間から光が落ちた。

その光の中に、羽虫が一匹いた。羽虫ではなく、その羽虫が止まろうとしている樹皮の割れ目に、光が当たっていた。割れ目の中に、脂の染みがあった。獣の脂か、果実の汁か。何かが塗られていた。

この者は光を見た。次に羽虫を見た。割れ目には気づかなかった。

渡せなかった、とは思わない。まだ渡し終えていない、と思う。次に渡すべきものが何かは、もう見えている。

その者(27〜32歳)

二十七歳になった頃から、足が速くなった気がした。正確に言えば、止まる判断が早くなった。音を聞いてから動くのではなく、音の前に何かを感じて、すでに動いている。その者自身はそれに気づいていない。ただ、他の者より先に茂みの向こうを向いていることがある。

端にいることは変わらない。

火の近くで眠ることはまだ許されない。食べ物を受け取るのはいつも最後だ。雨の季節には集団の中心に大きな者たちが寄り集まり、その者は樹の根に背をあてて夜を過ごした。濡れた。冷えた。それでも朝になると起きた。

ある朝、小さな子が木の根に躓いて転んだ。その子は泣かなかった。その子の母親は遠くで別の仕事をしていた。その者は子を見た。起こさなかった。起こし方を知らなかったのではなく、近づいていいかどうかを知らなかった。

子は自分で立った。

その者は岩の上に座って、子が立つのを見ていた。そのまま子は走っていった。その者はしばらく岩の上に座っていた。

何かを知っていた。

何を知っていたのかは、言葉にならない。そもそも言葉が足りない。しかし何かが胸の内側に残った。石を飲み込んだときの重さとは違う。もっと軽い。もっと、冷たい。

その夜、集団の外れで一人の大きな者がその者を呼び止めた。食べ物を分けるときの順番を決める者だ。その者を指差し、声を出した。意味は分からなかったが、声の低さは分かった。

その者は頭を下げた。

大きな者は去った。

その者はその夜、火から一番遠い場所に寝た。草を集めて体の下に敷いた。それでも冷えた。朝になった。息が出た。白かった。

伝播:HERESY 人口:828
与えるものの観察:渡した光は届かなかった。届く日は来るか。
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第1116話

紀元前294,430年

その者(32〜37歳)

朝、皮が足りなかった。

集団の端に座る老いた女が、干した皮を手のひらで押さえていた。その者が近づくと、女は顔を上げなかった。皮の縁が裂けている。その者はしゃがんで、縁を指でなぞった。女の指も同じ動きをした。

渡せるものがなかった。

その者は立った。岩の多い斜面を上り、獣の骨を探した。去年の狩りで残した骨が風雨に晒されて白くなっていた。持ち帰れそうな大きさのものを二本、脇に抱えた。下りながら、足元の石が転がった。踏み直して、また歩いた。

女はまだそこにいた。

骨を渡した。女の手が受け取った。女は骨の先を皮の縁に当てて、穴を開けようとした。硬かった。その者は石を拾い、骨の頭を叩いた。穴が開いた。女は音を出した。意味のある音ではなかったが、何かだった。

その者は三度、同じことをした。

夕方、集団の別の場所で声が上がった。食料の分配を巡って、二人の成人男が向かい合っていた。その者は立ち上がり、見た。どちらが正しいか、わからなかった。わからないまま、岩の上に座った。

夜、火の近くで、子が一人眠った。その者の子ではなかった。ただそこにいた。その者はその子の横に、骨を置いた。使えるかどうかわからなかった。置いた。

三年が経った。

乾季がまた変わった。水場が遠くなった。集団のいくつかは移動した。残ったものと、去ったものの間に、明確な言葉はなかった。身振りがあった。振り向く者と、振り向かない者がいた。

その者は残った。

集団は小さくなった。しかし消えなかった。子が生まれた。老いた女は皮を縫い続けた。骨の道具を使って、次の年も、また次の年も。その者はそれを見ていたが、自分がしたこととの繋がりを考えなかった。

ただ足りないものを探し、運び、渡した。

それだけだった。それが積み重なって何になるか、その者は問わなかった。問う言葉がなかった。

第二の星

乾いた風が大地の南縁から吹いてくる。

草原の際、岩盤が露出した斜面に、いくつかの集団が点在している。去年より少ない火。去年より狭い範囲に寄り集まった跡。水場を追って移動した群れは、まだ戻らない。

集団間の距離が変わっていた。以前は半日歩けば別の煙が見えた。今は一日、あるいはそれ以上かかることがある。距離が広がったのではなく、間にいた群れが動いたのだ。その空白を誰かが埋めることもあるし、空白のままになることもある。

豊穣の時期に増えたものが、乾燥によって再編されていた。緊張は静かだった。怒鳴り声ではなく、夜に消える焚火の数で測られるものだった。

旧人の痕跡が、この地域の北寄りにまだ残っていた。足跡、食い散らかした痕、岩陰の煤。近づくことも、遠ざかることもなく、並行して存在していた。

その者の集団は、それらすべての外側で、小さな火を守っていた。

夜の星は変わらない。地上の火は増え、減り、移動する。星はそれを数えない。ただ照らす。どれが消えてどれが残るかは、この星の問いではない。

与えるもの

骨の先が皮を貫いた瞬間、その者の手が止まった。

その止まりかたが、何かに似ていた。

何に似ていたか、今は思い出せない。思い出せないが、渡したものは届いた。使われた。別の手に渡った。

次に渡すべきものを、考えている。

革の縁、骨の先、石の重さ。この者の手は、足りないものを探す。ならば次は――

風がその者の鼻先をかすめるように、腐りかけた果実の匂いを運んだ。食べられるぎりぎりの、あの匂い。捨てるかどうかを鼻が決める、その境界のことを。

この者の鼻は、まだ生きているか。

伝播:NOISE 人口:832
与えるものの観察:骨は手を渡り、問いは匂いになった
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第1117話

紀元前294,425年

その者(37〜42歳)

地面が揺れたのは夜明けの前だった。

その者は目を覚ます前に、腹の奥で揺れを受け取っていた。骨が鳴る感覚。岩が軋む感覚。それが夢の中の音なのか足もとの地なのか、分からないまま体が先に起きた。

集団の者たちが叫んでいた。子供が転んだ。女が子を抱えて走った。

その者は動かなかった。

揺れは短かった。長い揺れではなかった。しかし地面の一部が割れていた。水が湧いていた場所の横、石が積み重なっていたあたり。そこに亀裂が走り、細い煙のようなものが吹き出していた。熱い。においが鼻を刺した。硫黄の、腐った卵に似た、焼けた石の匂い。

老いた女がいなくなっていた。

その者は亀裂の縁まで歩いた。ほかの者たちは遠ざかっていた。子を抱えた女が「来るな」という身振りをした。その者には届かなかった。

亀裂の内側は暗かった。底は見えなかった。熱気が上ってくる。その者はしゃがんで、縁の石を一つ拾った。投げ入れた。音がするまでの時間を、ただ待った。音は来なかった。

老いた女の皮が落ちていた。亀裂の手前、踏み跡の消えたところに。

その者は皮を手に取った。昨日、縁が裂けていた皮だった。今は全体が裂けていた。中に何もなかった。女の手が残した油の跡が、皮の内側に黒く染みていた。

集団の中の男が来た。その者の腕を掴んだ。引いた。その者は抵抗しなかったが、皮を離さなかった。男は皮を見た。何も言わなかった。

歩きながら、その者は皮を握り続けた。

亀裂から遠ざかるにつれて、足もとが落ち着いてくる。においが薄れる。子たちが泣き止む。しかしその者の手の中で、皮はまだ温かかった。女の体温ではなく、地面の熱を吸っていた。

夕方、その者は皮を木の枝に掛けた。

どこにも行かなかった。水場の近くに座って、遠くの煙を見ていた。第二の噴煙が細く、空に真っすぐ立っていた。風がなかった。

集団の端で、誰かが低い声で音を出していた。踊りではなかった。ただの音だった。それでも他の者たちが、少しずつその声のそばに集まった。

その者は行かなかった。

枝に掛けた皮を見ていた。夜が来た。皮が風に揺れた。風はなかったはずなのに、揺れた。

第二の星

揺れは地の深くから来た。

高地の亀裂は新しいものではなかった。この大地の下に眠る熱は古い。しかし人が水を汲んだ場所のすぐ横で口を開けたのは、今度が初めてだった。

集団は移動した。一日かけて、別の水場を探した。子供が二人、離れた場所で見つからなかった。老いた女は亀裂に落ちたのか、それとも別の方向に歩いたのか、誰も確かめなかった。消えた者は消えた。

豊穣は続いていた。木の実は実っていた。雨季が穏やかだったこの五年、集団は増えていた。だから二人の子と一人の老いた女を失っても、数は減らなかった。

しかし水場が変わったことで、隣の集団との境が曖昧になった。新しい水場は、別の群れも使っていた。乾いた足跡がいくつも残っていた。

煙はその後も三日間、空に細く立ち続けた。四日目に消えた。

地面は鳴り止んだ。亀裂は塞がらなかった。

この大地はまだ動いている。生きている岩の上で、小さな者たちが水を飲み、皮を縫い、子を抱いている。

与えるもの

温度が変わった場所があった。亀裂の手前。煙が吹き出す前の、あの地面。

その者の足が止まった。

この者は地面が鳴く前に止まっていた。それは老いた女の皮を探していたからか、それとも足の裏が何かを知っていたからか。

渡したのは地面の温度ではなかった。渡したのは、それに気づく前に足が止まるという、まだ名前のないものだ。

この者の中にそれがあったのかどうか。わからない。しかし次に渡すべきものがある。亀裂の音ではない。距離の感覚だ。どこまで近づいていいか。どこで引き返すか。この者はまだ知らない。その縁に立ち続けている。

伝播:HERESY 人口:791
与えるものの観察:足が止まった。地面の熱が先に知っていた。
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第1118話

紀元前294,420年

第二の星とその者(42〜47歳)

雨が三度の季節を越えて降り続いた。

大地の皮膚がゆるんだ。草の根が深く食い込み、獣の足跡が泥に沈んだ。水場が広がり、岸辺に沿って葦が伸び、葦の向こうに獣がいた。集団は増えた。声の数が増えた。夜の焚火の輪が大きくなり、輪の外まで人が溢れた。

その者は火の番をしていた。

薪をくべる。炎が揺れる。向こう側に子どもの顔がある。見知らぬ顔もある。いつからここにいたのか分からない顔が、焚火の輪に混じっている。その者は目を細めた。炎ではなく、その顔を見ていた。

始まりの大地の北では、別の集団が丘を越えてきていた。

声が違った。身振りが違った。しかし腹が空いたときの顔は同じだった。水を飲む姿勢も同じだった。彼らは岸辺に来て、こちらの集団の水場で水を飲んだ。誰も止めなかった。しかし誰も近づかなかった。距離があった。距離は埋まらないまま、しかし縮まらないままでもなく、日が経った。

その者の隣に、若い女が来て座った。

集団の外から来た女だった。背が高く、肩が丸く、片方の耳に古い傷があった。その者は傷を見た。女は気にしなかった。二人は同じ方向を向いて、同じ火を見た。言葉はなかった。しかし同じ火を見ていた。

大地の南では干潟が広がり、貝が露わになっていた。

遠い海辺で、誰も知らない者たちが貝を割って食った。割った貝殻が積み重なった。積み重なった殻が白く輝いて、どの星からも見えた。その者は知らない。しかし同じ空の下で、同じように何かを割って、中身を食う者がいた。

その者は木の実を割った。

石を持ち上げ、実の上に落とす。割れる。中に白いものがある。それを口に入れる。女が手を伸ばした。その者は手のひらに白いものを乗せた。女は食べた。その者はまた木の実を割った。

集団の輪が大きくなるほど、輪の端で軋む音がした。

水場の近くで二人の男が向き合った。声を荒げた。手が出た。周囲の者が集まった。集まることで収まった。しかし収まったのではなく、押しこめられただけだった。押しこめられたものは次の水場で、次の食いものの前で、また形を変えて現れた。豊穣は争いの形も変えた。飢えていれば逃げる。余裕があれば押し返す。

その者は争いの輪に入らなかった。

離れたところで膝を抱えていた。声が聞こえた。物が投げられる音がした。それからしばらくして、静かになった。その者は顔を上げなかった。膝の前の地面を見ていた。小さな虫が一匹、土の上を歩いていた。

雨はまだ降っていた。

実りは続いた。集団の端からまた端まで、声が届かない距離になっていた。一つだった輪が、いつの間にか二つの輪になっていた。二つの輪の間に、声の届かない隙間があった。

その者は五年の間に三度、その隙間を渡った。

用があったわけではない。ただ渡った。向こう側の輪に入り、顔を見た。火を見た。それから戻った。誰も呼ばなかった。しかし誰も止めなかった。

与えるもの

隙間に光が落ちた。

二つの輪の間、誰も踏まない土の上に、午後の光が長く伸びた。その者がそこを歩いた。踏まないはずの場所を踏んだ。

踏んだことで何かが変わったのかどうか、分からない。しかし渡った。次に渡る者がいるとすれば、その足跡が残っている。足跡が残っているかどうか、それだけを見ている。

伝播:DISTORTED 人口:1,028
与えるものの観察:隙間を渡った。理由より先に足が動いた。
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第1119話

紀元前294,415年

第二の星

雨の季節が終わった。

泥が固まり、ひび割れた。獣の足跡が石のように残った。水場は縮んだが消えなかった。岸辺の葦は黄ばみ、根元だけが水を吸っていた。

集団は増えた。増えた集団の中に、余分な腹が生まれた。余分な腹は、余分な声を持った。

遠くの平原では、別の形の者たちが動いていた。額の突き出た、肩の広い、少ない言葉で動く者たちだ。彼らは水場を知っていた。この集団も水場を知っていた。同じ水場を、それぞれが知っていた。

乾いた季節、その者は集団の端で動いた。

端にいる者が、知りすぎることがある。知りすぎた者は、集団の声から遅れ始める。声から遅れた者は、ある夜、集団の中心から距離を置かれる。距離は静かに広がる。誰も宣言しない。ただ、場所が変わる。

岩の向こうの平原で、夜の火が一つ消えた。

誰のものかは、この星には関係がない。消えたことだけが事実だ。

与えるもの

苦い匂いが風に乗った。

植物の、腐った根の匂い。水場の底から引き剥がされた泥の匂い。その者の鼻孔に届くよう、風をそこへ押した。

その者は立ち止まった。匂いの方を向いた。しかし足は動かなかった。

渡したのは方向だった。逃げる方向だ。

その者は匂いの中に何かを嗅いだ。嗅いで、集団の方を見た。集団の方へ戻った。

なぜ戻るのか、と問いたい気持ちがある。しかし問いはそこで終わらない。戻ることの中に、次に渡すべきものがある。戻る者に、何を渡せるか。

その者(47〜52歳)

乾いた風が来た。

草が揺れ、匂いが来た。腐った根の匂いだった。水場で嗅いだことのある匂い。泥が剥がれるときの匂い。

その者は足を止めた。

鼻で息を吸った。もう一度吸った。匂いの来た方向を向いた。平原の端、岩の向こう。

振り返った。

集団の火が見えた。煙が細く上がっていた。女が何かを叩いていた。子が走っていた。

その者は集団の方へ歩いた。

夜、石を並べた。意味のない石の列だった。並べて、崩した。また並べた。

声が来た。集団の中心から、低い声が来た。その者の名を呼ぶような声ではなかった。しかし方向はこちらだった。

火の近くに座ろうとした。

場所がなかった。

あった場所に別の体があった。その者は少し離れた岩の上に座った。夜風が背中に当たった。

肩を丸めた。

火を見た。

伝播:HERESY 人口:978
与えるものの観察:戻る者に、何を渡せるか。
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第1120話

紀元前294,410年

第二の星とその者(52〜57歳)

川が先に動いた。

岸の石が一夜で半分水に沈み、翌朝には対岸の木が根ごと横倒しになっていた。水の色が変わった。茶から灰へ、灰から黒へ。上流で何かが崩れていた。始まりの大地の北の端では、斜面を丸ごと飲んだ水が低地を埋めながら南に向かっていた。移動が遅すぎて、人々はそれを水と気づかなかった。膝まで濡れて初めて走り始めた者もいた。

その者は丘の中腹にいた。

朝から皮を伸ばす作業をしていた。乾かした獣皮を石の縁に何度も押し当て、繊維をほぐしていた。腕が疲れて、少し休んだ。水場の方を見た。いつもより音が大きかった。音の質が違った。叩く音ではなく、押す音だった。

海岸線は三日かけて変わった。

砂浜が消え、岩場が水の下に隠れた。浅瀬で貝を採っていた群れのうち、浜に近かった者たちが戻らなかった。流されたのではなかった。波が来たのではなかった。水位がゆっくりと上がり、退路が塞がれ、気づいたときには深さが腰を超えていた。子どもを肩に乗せた者が歩いた。足が届かなくなった。子どもだけが浮いた。

その者の集団は動いた。

誰かが声を上げ、皆が高い方へ走った。その者も走ったが、なぜ走るかはわからなかった。前の者の背中を追った。草が濡れていた。泥が足を取った。転んだ。膝を打った。立った。また走った。

丘の上から見下ろすと、自分たちがいた場所に水があった。

水の表面は静かだった。流れていなかった。ただそこにあった。皮を伸ばしていた石が、黒い水面から少しだけ出ていた。

集団の数が減った。

最初の夜、いなくなった者の数を誰も知らなかった。翌朝、顔を確かめるようにして、人々は互いを見た。幼い子が何人も消えていた。老いた者が消えていた。浜に近かった小さな群れは半分以下になっていた。全体として、以前の集団を知っている者には明らかな空白があった。声の数が少なかった。笑う者が少なかった。夜の焚き火が小さくなった気がした。

その者は五日間、同じ場所に座っていた。

食べた。眠った。しかし何かが違った。石を拾った。置いた。また拾った。前の者たちのことが頭に浮かんだわけではなかった。ただ手が動かなかった。皮を伸ばそうとすると、石の縁が水の下にあることを思い出した。別の石を使えばよかった。それはわかっていた。しかし手が止まった。

北の方で、旧人たちの集団が高地に退いていた。

彼らは声を出さずに移動した。痕跡が少なかった。足跡が深く、荷を多く持っていることだけがわかった。方向はこの群れと重ならなかった。距離を保ちながら、平行して移動した。水が引くまで、互いに近づかなかった。水が引いた後も、近づかなかった。

水は二十日で引いた。

泥が残った。泥の上に魚が死んでいた。貝が死んでいた。草が腐っていた。しかし土は柔らかく、掘れば根が残っていた。根は食べられた。その者は膝まで泥に入り、根を引いた。足が抜けなくなった。隣の者が腕を引いた。抜けた。また掘った。

日が落ちる前、風が東から吹いた。

その者の鼻に、何かの匂いが来た。焦げた匂いではなかった。腐った匂いでもなかった。乾いた草の匂いだった。水が引いた先に、まだ乾いた場所がある匂いだった。その者は立ち上がり、東の方を見た。

与えるもの

風に乗せた。

乾いた草の匂い。東の丘の裏にある台地から来ていた。この者の鼻が動いた。向こうを見た。

三日待った。この者は動かなかった。

動かなかった理由が、まだわからない。恐れか、疲れか、それとも別の何かか。問いが残る。しかし次に渡すものは決まっている。台地の形を、もう一度風に乗せる。

伝播:NOISE 人口:843
与えるものの観察:匂いは届いた。体が動かなかった。
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第1121話

紀元前294,405年

第二の星

雨が続いた五年だった。

始まりの大地の南では、草が膝の高さまで伸び、その根元に小さな動物が巣を作った。水辺は広がり、水辺に沿って獣の足跡が朝ごとに増えた。集団は動かなかった。動く必要がなかった。岩の多い高台に、皮を張り、木を立て、そこを離れなかった。子が生まれ、その子がまた立ち上がり、気づけば集団は前よりずっと大きくなっていた。

しかし草が多ければ、集まるのはこの集団だけではない。

南の低地に、別の集団の火が見えることがあった。遠い炎だったが、夜には確かに見えた。この集団の者たちは、その火を見て声を交わした。単語と、顔と、手の動きで。しかし近づかなかった。近づかせなかった。

遥か北の、乾いた岩地では、別の者たちが水を探して移動を続けていた。草はなかった。獣の足跡も薄かった。彼らの集団は小さくなっていった。静かに、少しずつ。

この星には、雨の当たった場所と当たらなかった場所がある。ただそれだけだ。

与えるもの

泥の根の記憶が残っている。食べられた根。あの時も雨の後だった。

この者は今、草の中を歩いている。

足元の草の間から、小さな実が覗いていた。赤く、丸く、まだ熟れていない。その実の隣の茎に、虫が止まっていた。虫は次の草へ移った。移った先の草の葉が、露を弾いて光った。

光がその葉の上で一瞬止まった。

この者は立ち止まり、その光を見た。それから、実を見た。摘まなかった。その場を離れた。

次に渡すべきものは何か。光の落ち方ではなかったのか。それとも、まだ熟れていないということを、この者はすでに知っていたのか。知っていたのなら、私は何を渡したのか。

その者(57〜62歳)

足が重くなった。

昔は一日中歩いても足が痛まなかった。今は、朝の草地を渡るだけで膝の裏が張る。それでも歩く。座っていると、若い者たちに何かを言われる気がする。言葉ではない。目だ。目が、余剰を確かめる目になることがある。

子どもが増えた。

小さな子どもが岩の間を走り回っている。転んで泣く。誰かが拾い上げる。また走る。その声が高台に満ちている。この者はその声を聞きながら、皮を石で叩く。皮は堅い。叩いては延ばし、延ばしては叩く。

ある朝、草の中を歩いた。水を探してではなく、ただ歩いた。歩くことが、まだできると確かめるように。

実を見つけた。赤い、小さな実。手が伸びかけた。止まった。まだ熟れていない。匂いがなかった。あの甘い匂いがなかった。手を引いた。

しかし来た道を戻りながら、この者はその実のことを考えた。考え続けた。場所を覚えた。足が重くても、場所は覚えた。

夜、火の近くに座った。子どもの声が遠ざかった。炎が低くなった。南の空に、別の火が見えた。

この者はその火を長く見た。何も言わなかった。

伝播:NOISE 人口:1,096
与えるものの観察:光を渡した。届かなかった。次は匂いか。
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第1122話

紀元前294,400年

その者(62〜65歳)

膝が動かなくなったのは、雨季が終わったころだった。

その者は岩の南向きの面に背をあずけて、朝の光が首まで届くのを待った。待つことだけが、今の仕事だった。

集団は動いていた。水辺に沿って若い者が声を上げながら獣を追い、子どもたちが泥の上を走り、誰かが誰かと声を荒げていた。南の集団との境目で、男たちが胸を張って立つのを、その者は遠目に見ていた。何か重いものが積み上がっているのが、音でわかった。

その者には関係がなかった。

足の裏から力が抜けていた。食べることは続けていた。しかし肉は噛み砕けなくなり、柔らかい根と、口の中でほぐれる実だけを食べていた。子どもが一人、ときどき水を運んできた。その者はその子の顔の輪郭を目で追ったが、名を呼ばなかった。言葉が出てこなかった。

三日、岩の前に座った。

四日目の朝、太陽が岩の上端まで来たとき、その者は空を見た。雲が一枚、ゆっくり北へ流れていた。

腕が膝の上で滑り落ちた。手が土の上に着いた。

頭が岩にもたれたまま、角度が少しずれた。

草の茎が、風に揺れていた。

第二の星

南の斜面で、二つの集団の男たちが向かい合っていた。石を手に持つ者がいた。声が上がり、一人が前に出た。草が踏まれ、土埃が立った。血は出なかった。まだ。しかし何かが折れた。翌朝、南の集団は水辺から離れた場所に移った。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:DISTORTED 人口:1,100
与えるものの観察:渡したものが届く前に、この者は土に戻った。
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第1123話

紀元前294,395年

その者(32〜37歳)

火が落ちかけていた。

その者は枯れ枝を一本くわえて、両手で別の枝を裂いていた。歯が枝の繊維を噛み、指の爪の下に木の汁が染みた。裂けた面を炎に向けると、煙が白く細く立ち、火が舐めて、やがて赤くなった。それを積んだ。また積んだ。

火の番はその者の仕事だった。

朝から火を守り、夜は火のそばで眠った。皮を引き伸ばすときも、火の近くで乾かす。においが染みた。手が荒れた。指の皮は何度も剥けて、また厚くなった。

集団は大きかった。

声が多かった。子どもの声、獣を追う声、水辺で争う声。音が重なって川のように流れた。その者は火の前に座って、その音を聞いていた。聞いているだけで、そこには加わらなかった。

水辺の争いは三日続いた。

ある男が血を流して戻ってきた。その者は火をはさんで男の向こうに座った。火の熱が男の傷を乾かすまで、そのままでいた。男は眠り、その者は火を守った。

それだけのことだった。

しかし集団の中の、誰かの目が、その者を見ていた。

その者は気づかなかった。火を見ていた。火の色が変わるたびに、枝を差した。何かが変わる前の静けさというものが、炎の揺れ方にあるかどうか、その者には言葉がなかったが、体がそれを知っていた。

ある朝、その者は目を覚ますと、自分の枕にしていた石が動かされていた。

誰かが夜に動かした。

その者は石を拾い、同じ場所に戻した。それだけだった。

次の夜も、石は動かされていた。

その者は石を拾い、また戻した。その動作の中に、何か重たいものがあったが、その者にはそれを名付ける音がなかった。

火はまだ燃えていた。

その者は燃料を補いながら、顔を上げなかった。空の音が、木々の向こうから聞こえた。鳥の羽ばたき。集団の誰かの足音。それが近づいてきた。

その者は火を見ていた。

足音は三つだった。

第二の星

五年間、豊穣が続いた。

草原の端では根が育ち、水辺には魚が寄り、集団は動きが遅い獣を追い続けた。子が生まれるたびに集団は膨らみ、声が増え、争いも増えた。余裕があるときほど、境界が生まれる。誰が火の近くに座るか。誰が先に水を飲むか。誰が余分に持つか。

始まりの大地では今この瞬間、複数の群れが別々の水辺を押さえ、互いの匂いを警戒している。一方の丘では子どもが七人、泥に腹を打ちつけながら笑い転げている。別の場所では老いた女が皮を噛みながら眠りに落ちている。水が引いた跡の平地では、足跡が複数の方向に乱れている。

火の番をする男が一人いた。

火を守ることは、集団にとって必要な仕事だった。しかし必要とされる者が、常に安全である理由はない。知りすぎた者、静かすぎる者、火のそばで傷ついた者の血を乾かした者。そういう者が目を向けられることがある。

空は晴れていた。

乾いた草原に、風が南から吹いた。

与えるもの

温度が変わった。

火から二歩分、離れた地面。そこだけ、夜の冷たさが残っていた。その者は眠る前にその場所を踏んだ。

踏んで、止まった。

動かなかった。

三つの足音が近づく夜に、その者が冷たい地面を踏んだとき、それが何を意味するかはわからない。踏んだことで何かが変わるかどうかもわからない。
ただ、止まった。
次に渡すべきものを、私はもう決めている。

伝播:HERESY 人口:1,045
与えるものの観察:石を動かした者がいる。
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第1124話

紀元前294,390年

第二の星

大地の割れ目が塞がって久しい。草が戻り、獣が戻り、集団は膨らんだ。

川の北では、顎の張った者たちが三頭の獣を追って草原を横切っている。彼らの足は太く、足指が広い。声は低く、喉の深いところで転がる。腰に括りつけた骨が揺れる音がする。

川の南では、細い顎の者たちが、木陰で子の泣き声を囲んでいる。子が泣くたびに女が背を向けてあやす。子は泣き止まない。

二つの群れは同じ水を飲む。同じ魚を獲る。しかし夜になると火を分けて座る。一方の火は北寄り。もう一方は南寄り。炎の色は同じでも、焚べる者の顔の向きが違う。

別の場所では、崖際に積まれた石が崩れている。誰かが崩したのか、雨が崩したのか。石の下に、獣の歯が一本落ちている。

湿地の縁では、旧い形の者が一人、葦の茎を噛んで立っている。目が水面を追っている。魚を見ているのか、自分の影を見ているのか。

この星は照らす。分けない。どちらが正しいとも思わない。

与えるもの

皮の端が乾きすぎていた。

その者が刃を当てた瞬間、皮の裂け方が変わる直前に、湿った土の匂いが風に乗って鼻を掠めた。

その者は刃を止めた。

止めたことが正しかったのかは、まだわからない。しかし次に渡すものがある。皮の下の、もっと薄いものを。

その者(37〜42歳)

皮は三日乾かした。

張りが出るまで待つのは知っていた。しかし今朝の皮は違った。端の色が白すぎた。指で押すと、沈まずに弾いた。

刃を持ち直した。角度を変えた。

そのとき、何かが鼻の奥に入った。土の底の、湿った匂い。雨の前でも後でもない匂い。

手が止まった。

刃を置いた。皮の端に指を当て、力を加えずにただ触った。冷たかった。外の空気より少し冷たかった。

水を含ませることを思った。

どこから思ったのか、その者には分からなかった。ただ思った。指が水のある方向を向いていた。

水を少量、皮の端に押しつけた。指で伸ばした。皮が戻った。指の下で、さっきとは違う感触があった。

刃を当てた。皮は素直に裂けた。

その者はそれを見た。

しばらくの間、刃を持ったまま動かなかった。

何かを確かめるように、また刃を当てた。また裂けた。同じように裂けた。

皮の端を持ち上げ、光にかざした。薄かった。薄くなっていた。

口の中で、喉から音が出た。言葉ではなかった。驚きでも喜びでもなかった。何かが合わさった時に出る、あの音だった。

夕方、火の番に戻った。

薪を足した。風の来る方を向いて座った。炎が揺れた。顔が熱くなった。

川の北側から、声が聞こえた。低い喉の声。複数。

その者は声の方を向かなかった。火を見ていた。しかし耳だけが向いていた。

声が止んだ。

その者は膝に肘をついた。目の前の炎が赤く揺れていた。皮の感触がまだ指に残っていた。水を含んだ後の、柔らかいあの感触が。

伝播:HERESY 人口:998
与えるものの観察:乾きと湿りの間に、刃の入る場所がある。
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第1125話

紀元前294,385年

第二の星

乾季が終わった。

草原は緑を取り戻し、川の水位が上がり、魚が浅瀬に集まった。丘の斜面では木の実がたわわに実り、集団は一日の半分を食料の回収と保管に使った。腹が満たされる日が続くと、子どもたちの声が大きくなった。喉から出る音が増え、身振りが速くなった。

川の北では、顎の張った者たちが変わらずそこにいた。三人が連れ立って草原を歩き、低い声で互いに合図を送り合いながら、水飲み場を共有した。接触はなかった。が、距離は縮まっていた。

遥か南の、まだ誰も足を踏み入れていない湿地では、葦が密集して倒れ、その隙間に何かが巣を作っていた。卵が五つ。誰もそれを見ていない。

集団の内側では別のことが起きていた。雄の若い者が二人、同じ雌の近くで声を張り上げ、拳を石に叩きつけた。砕けた石のかけらが跳んだ。どちらも怪我はなかった。その夜、一方が火から遠い場所で眠った。

この星は、すべてを等しく照らす。勝った方も、負けた方も、南の卵も。

与えるもの

煙が流れる方向に、食料の残り香があった。

焦げた皮の匂いが漂った。獣脂の焼ける匂い。その者の鼻がわずかに動いた。匂いの出所は、火の反対側だった。そこに、前日に誰かが食べて捨てた骨が転がっていた。骨の中に、まだ脂がある。

その者は立ち上がった。骨を拾い、歯を当て、引いた。

細長い脂の塊が出てきた。

次に渡すべきものは、もっと奥にある。骨の中に何があるか、この者はまだ知らない。熱を加えれば変わるかどうかも。石で砕けば何が出てくるかも。この者が拾ったことで、渡せる順番が一つ変わった。問いはそこにある。

その者(42〜47歳)

火番の仕事は、待つことだった。

薪を足す。炎の色を見る。赤が白に変わる前に、細い枝を差し込む。その繰り返しを、夜が明けるまで続ける。眠れない夜には、炎を見ていた。特に何かを考えるわけではなかった。ただ見ていた。

その夜、匂いで目が覚めた。

煙の中に何かが混じっていた。焦げた脂の匂いではなく、もっと奥の、獣の体の中側の匂い。鼻腔の奥が動いた。その者は火から離れた方向に歩いた。暗かった。足の裏が地面の温度を読んだ。冷たいところに骨があった。

拾った。

重かった。長い骨だった。歯を当てた。硬かった。もう一度当てた。端の方から脂が滲んだ。舌で取った。甘くはなかった。しかし腹に落ちた。

しばらく骨を持ったまま、そこに立っていた。

火に戻った。骨を炎の近くに置いた。特に意図はなかった。ただ手に持っているよりも、置いた方がよかった。

夜明けに、骨を拾い直した。昨夜より軽かった。

端を石に打ちつけた。割れた。中から白いものが出てきた。舌を当てた。火番の者は、その朝、集団の誰より先に食べた。

誰にも言わなかった。言う音を持っていなかった。

伝播:SILENCE 人口:999
与えるものの観察:骨の中に届いた。まだ奥がある。
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第1126話

紀元前294,380年

第二の星

この5年間、大地の東側では雨が多く降った。

川は氾濫し、低地の草が根ごと流された。しかし高台の集団は水を見下ろしながら、増えた魚を石で叩いた。皮を剥がし、骨を並べた。半分は乾かし、半分はその日に食べた。

遠く西の乾いた台地では、別の集団が移動を始めていた。水場を失った者たちが、長い列をつくって歩いた。子どもを背負った者が先を行き、年老いた者が後れた。台地の端まで来て、誰かが立ち止まった。足元を見た。また歩いた。

この星の表面では、豊かな場所と乾いた場所が同時に存在していた。

中央の草原では、集団の境がぼやけ始めていた。二つの集団が同じ水場を使うようになり、子どもたちが混じって走った。しかし夜になると、火を囲む輪は分かれた。分かれたまま、朝を迎えた。

その者の集団では、腹が満たされる日が続いたあとの変化が起きていた。

余裕が生まれると、誰かが誰かを見るようになった。持っているものの量を見た。食料の保管場所を見た。声の大きさを見た。視線は黙ったまま動いた。

この星は均等に照らす。豊かな場所も、乾いた場所も、視線が集まる場所も。

与えるもの

その者の耳に、風の音が変わった瞬間があった。

夕方の火のそばで、煙が急に東へ流れた。その向きに、集団の別の男がいた。岩の陰に隠れて、その者の保管した皮の束を手で触れていた。

その者は気づいた。風が先に教えた。

この者は振り返り、男を見た。男は手を引いた。二人は声を出さなかった。

渡った。しかし与えるものが思うのは、渡ったことへの安堵ではなく、問いだ。

この者は風を読んだのか、それとも音を聞いたのか。次に渡すべきは何か。危険が形を変えて近づいている。この者の理解はまだ浅い。しかし身体は先に知っている。ならば、身体が先に知れるものを渡すしかない。

その者(47〜52歳)

夜が来る前に、その者は皮の束を別の場所へ移した。

岩の割れ目の奥。手が届かない深さ。枯れ草を詰めて塞いだ。

火に戻った。炎を小さく保った。燃料を足さなかった。火は細く、熱かった。

翌朝、集団の中の男が近づいてきた。その者の顔を見た。その者は見返した。

男は別の方向へ去った。

その者は火を起こした。乾いた木を割り、煙を出さずに燃やした。皮を剥いた獣の後ろ足を熱の近くに吊るした。肉が縮んでいく匂いが立った。

子どもが一人、そばに来た。その者は子どもを見ず、肉だけを見た。子どもは座った。

昼過ぎ、その者は集団の外れへ歩いた。水場の手前、低木の茂みに入った。そこで立ち止まった。

何かが変わっていた。茂みの踏まれ方が変わっていた。枝の折れ方が昨日と違った。その者はしゃがんだ。土を手で触れた。

冷たかった。足跡は古くなかった。

その者はゆっくり立った。茂みを出た。来た道を戻らず、遠回りした。岩の多い道を選んだ。

集団に戻ったとき、火はまだ細く燃えていた。

その者は火の前に座った。膝を抱えなかった。背を伸ばしたまま、炎を見た。

煙が立ち上り、風に溶けた。

伝播:HERESY 人口:954
与えるものの観察:身体が先に知る。言葉より速い。
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第1127話

紀元前294,375年

その者(52〜57歳)

皮が乾いていた。

昨夜から張ってあった獣の皮が、朝の風で端から丸まっていた。その者は膝をついて端を押さえ、石の重みで四隅を留め直した。指の腹で表面をなぞると、薄い部分と厚い部分が掌に伝わった。削り残しだ。骨の削具を持ち直して、そこだけをまた削った。

火はまだ生きていた。

夜通し番をした証拠として、灰の中に赤い芯が残っていた。その者は細い枝を差し込み、息を吹きかけた。煙が目に入った。それでも吹き続けた。炎が戻った。

集団の数が増えていた。

どこからか来た若い男が三人いた。言葉が違った。腹の音と手の形でなんとか通じた。彼らは火のそばに座ることを許されていた。しかしその者の仕事場には近づかなかった。近づけなかった。何か決まりがあるように、目で弾かれた。

年老いた女が近づいてきた。

集団の中で最も多くを知る女だった。その者より十ほど年上で、足が悪く、しかし目が鋭かった。彼女はその者のそばにしゃがみ、皮の仕上がりを見た。何も言わなかった。ただ、うなずいた。それだけで、その者は何かを理解した気がした。

数日後、女は死んだ。

夜の途中で、静かに。朝に気づいた者が声を上げたとき、その者はすでに皮の番をしていた。声を聞いて、削具を置いた。女のそばへ行った。冷えていた。指先から、足から、すでに石のように固まっていた。

その者は女の手を見た。

指の付け根に古い傷があった。何十年も前についた傷が、白く盛り上がったまま残っていた。その者はその傷を一度だけ指で触れた。それから離れた。

外来の三人の男たちが、何かを話していた。

その者には聞き取れなかった。しかし音の角度が、何かを刃のように持っていた。集団の中で、女が持っていた場所が空いた。その場所をめぐって、何かが動き始めた。

その者は皮の仕事に戻った。

削具を持ち直した。薄いところに力を入れすぎると破れる。厚いところを残しすぎると固くて使えない。加減を体が知っていた。それだけが確かだった。

外来の男の一人が、その者の仕事場のそばに座った。

遠慮なく。何かを見ていた。皮の削り方を。火の管理を。その者の手の動きを。

その者は気にしなかった。

しかし、夜になってから、何かが違った。集団の中の目の向きが変わっていた。自分に向かう視線が、かつてとは別の形をしていた。女が死んで、場所が変わった。自分がその場所にいることが、誰かには邪魔だった。

その者はそれを体で感じた。

背中の皮膚が冷えるような感覚。言葉を持たない感覚。しかし確かにそこにある何か。

火に枝を差した。炎が上がった。その者はそこだけを見ていた。

第二の星

高台の東斜面では、五年かけて積み上げた余裕が、均衡を崩し始めていた。

雨が多かった。食が足りた。子が生き残った。集団は膨らんだ。しかしそれは同時に、中の力の配置を変えた。誰が火を持つか。誰が皮を持つか。誰が知っているか。知っていることが、力になる時代が来ていた。

遠く南の低地では、別の集団が川沿いを移動していた。水が引いた跡に残った魚の骨と、踏み固められた泥のうえに足跡が続いていた。

西の岩場では、旧人の一群が崖の陰に座って毛皮を体に巻いていた。彼らと接触のある集団はいなかった。しかし同じ空の下に、同じ雨が降った。

高台では夜、誰かが岩の面に手を押し当てた。赤い土と獣の脂を混ぜたものを使って。何を描こうとしたのかは残らなかった。輪郭だけが残った。

集団の中で、何かが揺れ始めていた。

知っている者が死んだあとの空白は、争われる。言葉ではなく、目と配置と力の向きで。

与えるもの

匂いがその方向から来た。

腐りかけた骨の匂い。昨日まで見向きもしなかった場所。その者は鼻を動かし、向きを変えた。

そこには、使い終わった削具が捨てられていた。折れたもの、欠けたもの。しかし中に一本だけ、まだ使えるものがあった。

その者はそれを拾い上げ、持ち帰った。外来の男が持っていた削具より、細く、扱いやすかった。

それを渡した。

何年か前も似たものを渡した気がする。渡す前に、すでに手が動いていた者がいた。あの者は今どこにいるか。この星にはもういない。

渡すことが私だ、と言い続けてきた。しかし今夜、その者の背中が火明かりの中で縮んでいるのを見て、別のことを思った。

渡すのが早すぎたのか。それとも、早すぎるという概念が私にはないのか。

次に渡すべきものを、私はすでに知っている。しかしその者の背中は、受け取る前に倒れるかもしれない。

それでも渡す。届かなくても渡す。届かなかった星のことを、私は忘れていない。

伝播:HERESY 人口:912
与えるものの観察:背中が縮んでいた。渡すことに迷いはない。
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第1128話

紀元前294,370年

第二の星

草原の端が燃えている。

東の稜線から煙が立った。最初は細い一筋だった。それが午後の風を受けて横に流れ、やがて空の下半分を灰色に染めた。火は草を選ばない。乾いた茎も、まだ青い葉も、同じ速さで飲み込んでいく。

集団の半数が動いた。

子どもを抱えた女が走り、老いた者が引きずられるように後を追った。西の岩場に向かう群れと、北の川沿いに向かう群れとが、一度交わってから分かれた。声が飛んだ。短い音の塊が何度も繰り返された。方向を示す音、急かす音、待てという音。それ以上の意味は持っていない。それで十分だった。

川沿いに下った群れが、先に旧人と出会った。

旧人は三人いた。川岸の岩陰に身を寄せ、煙の方角を見ていた。こちらに気づいたとき、最初の一人が立った。大きかった。肩幅がちがった。眉骨が厚く、目の奥が深かった。

どちらも動かなかった。

風が煙を押してきた。空が暗くなった。その中で、両者は岩を挟んで距離を保ったまま、同じ方角から来る熱を受けていた。

旧人の一人が川に入った。膝まで浸かって、水を掬い、顔にかけた。それだけだった。脅しでも挨拶でもなかった。ただ暑かった。

集団の中の若い一人がそれを見て、同じように水に入った。

旧人は振り返らなかった。集団の者は振り返らなかった。火が草原を走り続ける音だけが続いた。

夕刻、風が変わった。火が向きを変え、速度を落とした。煙は北へ流れていった。

両者はそれぞれの岸に上がった。旧人は岩の向こうに消えた。集団は川沿いに野営地を作り始めた。

何も起きなかった。何かが起きていた。

夜、火を囲んで誰かが声を出した。低く、繰り返す音だった。踊りではなかった。震えでもなかった。ただの音が、なぜか場所を持ち始めた。他の者が同じ音を繰り返した。最初の者がそれを聞いて、少し変えた。変えた音を、また誰かが拾った。

火が小さくなった。音も小さくなった。子どもが眠った。大人も眠った。

草原の端はまだかすかに光っていた。

与えるもの

水面に光が落ちた。川の中ほど、流れが緩くなっている場所だった。

その者は川岸にいた。光の落ちた場所を一度見た。それから視線を火の方へ戻した。

渡しきれなかったのか。それとも、光だけでは足りないのか。次に渡すべきは光ではないかもしれない。温度か。重みか。この者の掌がまだ覚えているものがあるはずだ。

その者(57〜62歳)

川の音が続いていた。

その者は岸に座って、煤のついた手のひらを膝に置いていた。向こう岸はもう暗くて見えない。旧人がいた場所の岩の輪郭だけが残っていた。

手のひらを裏返した。また戻した。

火の番の時間になった。立った。

伝播:NOISE 人口:917
与えるものの観察:光が届かなかった。次は温度を使う。