2033年、人類の旅

「紀元前294,365年〜紀元前294,275年」第1129話〜第1146話

Day 48 — 2026/05/20

読了時間 約39分

第1129話

紀元前294,365年

第二の星とその者(62〜67歳)

灰が三日降り続いた。

草原の表面が白くなった。水場の水面に灰の膜が張り、飲もうとした獣が首を引いた。風は東から来た。その者は朝の火を絶やさないために、濡れた皮で炉を囲い、自分の体で風を遮った。灰が口に入った。吐いた。また体を向けた。

集団は東へ行かなかった。

大きくなりすぎた集団の中では、声が決まる前に体が動く者がいる。北へ向かおうとする者がいた。南を指す者がいた。その者は何も言わなかった。火の番は離れられない。火が死ねば、夜が来る。

第二の星は灰の中を照らしていた。山の向こうで何かが崩れた音が、三日後にここへ届いた。音ではなく、地の揺れとして。足の裏が感じた。その者も感じた。炉の石が少しずれた。

集団の半分が北へ行った。

残った者たちで火を守った。その者は最年長に近い者になっていた。若い者が水を運ぶのを見た。子どもが灰を手で触って、舐めて、吐いた。その者は声を出さなかった。代わりに、その手を取って、川の方向へ向けた。親の腕に子どもを押し戻した。

灰が薄くなるまで十日かかった。

草が戻るまでの間、集団は根と虫で生きた。その者は皮をなめした。煙で燻した皮は灰の匂いに覆われて、獣臭さが消えた。それを巻いて寝た。頬の下で皮が冷たかった。

第二の星は、その五年間のうちに、近くの丘で別の集団が野営するのを見ていた。

旧人の集団だった。体が大きかった。額が広かった。それでも火を持っていた。赤い火だった。丘の上から見える火の色は、遠くなるほど赤くなる。その者は夜に炉の前で座って、丘の火を見た。見て、何も言わなかった。ただ、見続けた。

そこへ届いたのは、匂いだった。

風が変わった夜に、肉を焼く匂いが来た。遠い焦げの匂い。脂が落ちる匂い。獣の種類まではわからない。ただ肉だった。その者の腹が音を立てた。体が匂いの方向へ少し傾いた。傾いたまま、戻さなかった。

丘を見た。

集団の中で、誰かが気づいた。指を丘へ向けた者がいた。喉から低い音を出した者がいた。石を持った者がいた。その者は何も持たなかった。石も持たなかった。炉の番をしていたから、炉の前に立っていた。

その夜は、丘へ誰も行かなかった。

翌朝、旧人の集団の火は消えていた。移動したのか、消したのかは、分からなかった。匂いも消えた。草原に灰の残骸と、小さな黒い円が残っていた。その者は近づかなかった。しかし見た。遠くから、目を細めて見た。

五年が経った。

その者は六十七歳になっていた。冬の朝、水を運ぶ途中で足が痛んだ。膝の内側だった。止まった。水の器を置いた。膝に手を当てた。骨の中から来るような痛さだった。前の冬にも来た。もっと前にも来た。

集団の中で、若い男が二人、その者を見る目が変わっていた。

最初は言葉ではなかった。目だった。視線が変わった。その者が炉の前に座っているとき、その後ろを通り過ぎる足の速さが変わった。何かを決めようとするときに、その者の声が聞かれなくなった。

その者は気づいていた。

炉の火を見て、気づいていた。声には出さなかった。出せる声がなかった。十数の音しか持っていない。しかしその音のどれも、今は出なかった。ただ炉の前で皮をなめした。煙が目に入った。目が痛んだ。皮をなめし続けた。

ある朝、集団が動く気配がした。

全員ではなかった。半分が東へ向かって荷を持った。若い男たちが先頭にいた。子どもが数人連れられた。女が何人か。その者は炉の前にいた。荷を取り上げられなかった。炉から離すことを求められなかった。ただ、残された。

残った者たちは少なかった。

火はあった。その者が守った。水も汲んだ。足が痛んでも汲んだ。冬の終わりに、残った集団の中で子どもが一人、熱を出した。その者は皮を巻いて子どもを覆った。子どもは三日後に走り回っていた。

その者は六十七歳の冬が終わる前に、水場への道で倒れた。

立ち上がろうとした。膝が曲がらなかった。地面に手をついたまま、起き上がれなかった。空が見えた。灰色の空だった。残った集団の者が来て、腕を持った。引き起こした。その者は口から音を出した。特定の意味を持たない音だった。感謝でも苦痛でもなく、ただ出た音だった。

炉へ戻った。炉の前に座った。

皮をなめした。膝に石を置いて、重さで押さえながら、また皮をなめした。

与えるもの

肉の匂いを風に乗せた。

丘の上の火から来た匂い。遠い集団の脂の匂い。その者の体がそちらへ傾いた。石を持たずに傾いた。

それで十分だったか、と思う。石を持たなかった。それだけのことが、どれほどのことかを、私はまだ測れない。次に渡すものを考える。足が痛んでいる。皮が残っている。冬が明けようとしている。

伝播:HERESY 人口:877
与えるものの観察:石を持たなかった。傾いた。それだけだ。
───
第1130話

紀元前294,360年

その者(67〜68歳)

灰が収まって、十日が過ぎた。

草原はまだ白っぽかった。しかし水場の膜は風が破り、獣がまた水を飲みに来るようになった。その者は朝ごとに火を確かめた。炭が残っているか。湿気が入っていないか。指を近づけ、熱を肌で読んだ。それだけで、その日が始まった。

膝が痛んだ。

ここ数季、膝は痛んでいた。しゃがむとき、立つとき、体が一拍遅れた。それでも獣皮を引き伸ばすとき、両手は仕事を知っていた。腱のかたい部分を歯で噛み、石で叩き、指の腹で確かめる。手がそれを覚えていた。頭より先に手が動いた。

ある朝、体が起きなかった。

正確には、起きようとして、動きが途中で止まった。腕を地面に突いた。押した。腰が持ち上がらなかった。仰向けに戻った。空が見えた。煙が細く上がっていた。火はまだ生きていた。

誰かが近くで音を立てた。

幼い者が二人、炉の周りをうろついていた。その者は音を出した。短く、低く。来い、という声ではなかった。ただ音だった。幼い者の一人が振り返った。目が合った。その者は手を持ち上げ、炉の方向へ向けた。それだけだった。幼い者は炉を見た。また遊びに戻った。

その者は手を下ろした。

空の色が変わった。雲が東から来た。風が冷えた。体が地面の温度に近づいていった。遠くで誰かが争う声がした。集団の端で、若い者たちが何かを奪い合っていた。声は大きくなり、また収まった。その者にはもう関係がなかった。

火の煙は続いていた。

空の雲が厚くなった。雨の匂いがした。その者の胸が一度、大きく動いた。それきり、動かなくなった。体は地面に残った。雨が降り始めた。炉の火が、雨粒を弾いた。

第二の星

北の岩場で、旧人の一群が移動を始めていた。灰の積もった草原を避け、川沿いを選んだ。川は濁っていたが流れていた。その中に、人類の集団の痕跡があった。焚き火の跡、削られた骨。旧人の一人がそれを踏み、止まった。嗅いだ。通り過ぎた。

与えるもの

雨の匂いが炉の煙と混ざった瞬間、その温度の変わり目を、少し離れた場所にいる別の者の肌が感じた。糸は別の誰かへ向かった。

伝播:NOISE 人口:886
与えるものの観察:手は頭より先に仕事を知っていた。
───
第1131話

紀元前294,355年

その者(17〜22歳)

草原の端で、男たちが声を上げた。

その者は追い手の列の後ろにいた。まだそこだ。一人では仕留められないから、後ろにいる。五年そうしてきた。仕留める者の横で、逃げた獣を追い込む役だ。

今日は羚羊だった。

群れが三方から追われ、崖の縁に向かって走った。その者も走った。足が速い。それだけは速い。草が踝を叩く。土が柔らかく、足が沈む。前の男が声を上げた。羚羊が向きを変えた。

その者は右へ回り込んだ。

崖の縁は見えなかった。草が茂っていた。

一歩。

草の下に縁があった。

体が落ちた。声を出す間もなかった。

崖の下は浅い水だった。岩があった。

男たちが崖の縁から覗いた。声を呼んだ。その者の名前ではなく、ただ叫んだ。

水は動かなかった。

その者は三日生きた。

水の中から引き上げられた。腰から下が動かなかった。痛みは最初だけで、あとは何も感じなかった。それが怖かった。感じないことが。

仲間の女が水を含ませた布を口に当てた。その者は飲んだ。

空を見た。

雲が動いていた。羚羊の群れが行った方向と同じ方向に。

その者はそれを目で追った。首だけ動いた。

二日目の夕方、光が崖の岩肌を斜めに照らした。その者の目に橙の色が入った。その者は手を上げようとした。片方だけ、少し動いた。

三日目の朝、その者の手は土の上にあった。指が少し曲がっていた。

それだけだった。

第二の星

草原の西側では、別の集団が火を囲んでいた。子が一人、石を叩いていた。欠片が飛んで、膝に刺さった。子は叫ばず、欠片を引き抜いて、また叩いた。東の水場では旧人が二人、干した魚を持って立っていた。どちらも動かなかった。風が吹いた。魚の匂いが草原を渡った。

与えるもの

橙の光がその者の目に落ちたとき、その者の指が動いた。それだけだ。糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:847
与えるものの観察:光を落とした。指が動いた。届いたかどうかわからない。
───
第1132話

紀元前294,350年

その者(13〜18歳)

十三のころ、その者は走ることしかできなかった。

仕留める者たちが槍を構えるあいだ、その者は草の中を走って、獣を押し込んだ。足が速かった。それだけで生きてきた。

火を囲んだ夜、年上の男が肉の塊をその者の前に置いた。その者はそれを食べた。何も言わなかった。言う言葉がなかった。

十六になった年の乾いた季節、別の集団が川の上流に現れた。

その者は見たことがなかった。同じ形をしているが、違う匂いがした。彼らも火を持っていた。彼らも肉を持っていた。

最初の夜は何もなかった。

二日目の朝、水場で声が上がった。その者にはどちらが正しいかわからなかった。わかる言葉がなかった。

その者の集団の男たちは石を持った。相手の集団の男たちも石を持った。

その者は後ろにいた。いつものように。

風が東から吹いた。草の匂いではなく、血の気配が混じっていた。その者の足が一歩、前に出た。

なぜ出たのか、その者には説明できなかった。

石が飛んだ。

その者は走った。いつものように、追い込む側へ。だが今回、逃げるものがいなかった。その者は走りながら、何かがおかしいと感じた。胸の奥で、別の何かが動いていた。

それが何かを確かめる前に、横から岩が来た。

その者は草の上に倒れた。

空が見えた。

乾いた青だった。

息が浅くなった。乾いた青が、少しずつ遠くなった。

その者は空を見たまま、動かなくなった。

草が揺れた。風がやんだ。争いの声は続いていた。

第二の星

水場の川上では、小さな魚の群れが石の隙間に入り込んでいた。西の丘の向こうでは、旧人の二人が火をそのままにして移動した。煙だけが残った。東の平地では、雲が崩れ、一時の雨が草を濡らし、すぐに蒸発した。争いの声が届かない場所で、世界はそのまま動いていた。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:DISTORTED 人口:853
与えるものの観察:見ていても止められない夜がある
───
第1133話

紀元前294,345年

第二の星

草原の端で、乾季が続いていた。

川は細くなった。底の石が見えた。獣の踏んだ跡が泥に残り、風が吹くたびに縁が崩れた。

集団は移動しなかった。豊穣が続いた記憶がまだ体に残っていた。根を掘れば出てきた。木の実が枝に残っていた。去年も、一昨年も。だから今年も、と体が思った。

しかし東の方角では別の集団が動いていた。水を追って。岩棚の下に眠り、夜明けに立ち上がり、また歩いた。その集団に旧人が二人混じっていた。骨格の違う者たちが、同じ方向を向いて歩いた。どちらも何も言わなかった。言葉は違った。しかし水の匂いは同じように分かった。

北の丘の上では、誰かが石を積んでいた。理由は分からない。石が積まれた。それだけだ。

南では子どもが生まれ、泣き声が草を揺らした。

この星は傾かなかった。川は細くなった。集団は動かなかった。遠くで別の集団が歩いた。石が積まれた。子が生まれた。

全部が同時に起きていた。

与えるもの

糸が繋がった。

七歳のその者へ。まだ何も知らない体へ。

川べりで子どもたちが石を投げていた。水面に当たる音を面白がっていた。その者もその中にいた。与えるものは、川底の一つの石に光を集めた。水が浅くなった午後、光が斜めに差して、その石だけが白く光った。

その者は水の中に手を入れた。その石を拾った。

持ち続けた。

手に馴染む重さだった、とは言えない。七歳の手にはただ重かった。それでも持ち続けた。

なぜその石を拾ったのか。なぜ他の石ではなかったのか。与えるものには分からない。光を落としたのは確かだ。しかし次に落とすべき光を、与えるものはまだ知らない。この者が石を何に使うかを見てから、次を考える。そう思った。いや、思ったのではない。そうなった。

その者(7〜12歳)

川に石を投げていた。

水面が割れる音が好きだった。また投げた。また割れた。

光が川底に落ちた。

一つの石が白かった。他の石は灰色だった。その石だけが白かった。その者は水に入った。冷たかった。足首まで。石を拾った。

重かった。

岸に戻った。手の中で石を握った。ごつごつしていた。平らな面があった。その者は親指でその面をなぞった。何度もなぞった。

集団の年上の者が呼んだ。その者は走った。走りながら石を握っていた。

夜、火の近くに座った。石を地面に置いた。見た。暗くて白くなかった。ただの石だった。

それでも翌朝、その者は石を探した。寝ているあいだに誰かに踏まれたか、転がったかした。見つかった。草の根元にあった。拾った。

また握った。

八つになった。石は同じだった。九つになった。母が二人目の子を産んだ。その子は泣いた。その者は石を弟の手に乗せた。弟は握らなかった。落とした。その者は拾った。

十になった。川が細くなった。石を投げる場所がなくなった。

十一になった。集団の男たちが声を荒げた。東から別の集団が来た。旧人が混じっていた。額の形が違った。その者はじっと見た。怖かった。しかし旧人の一人がその者を見た。その者は動かなかった。旧人も動かなかった。

夜、その者は石を握って眠った。

十二になった。川はまだ細かった。

伝播:NOISE 人口:862
与えるものの観察:白い石を拾った。まだそれだけだ。
───
第1134話

紀元前294,340年

その者(12〜17歳)

石を打った。

角の崩れた石では駄目だった。別の石を選んだ。また打った。欠けた破片が膝に落ちた。拾わなかった。

十七になって、その者の手は傷だらけだった。指の付け根に古い切り傷があった。その傷がいつできたのか、もう覚えていなかった。

集団は大きくなっていた。顔の知らない者がいた。声も知らなかった。その者たちは南の方向から来た。手に皮を持っていた。皮の匂いは違った。

その者は彼らを見た。見て、また石を打った。

集団の端で、男の一人が声を上げた。南から来た者の中の誰かと何かを言い合っていた。手が動いた。指が相手を向いた。

その者は見ていた。

喉の奥で何かが固まった。腹ではなかった。胸でもなかった。もっと上の、舌の根に近いところで、何かが固く、小さく、凝った。

石を打つ手が止まった。

南から来た者の中に、子どもがいた。その者と同じくらいの大きさだった。子どもはうずくまって、地面を見ていた。声を上げなかった。大人たちが言い合う声の中で、子どもだけが黙っていた。

その者は子どもを見た。

子どもが顔を上げた。目が合った。

その者はすぐに視線を外した。また石を打った。今度は深く角が入った。鋭い縁ができた。手を切った。血が石についた。

舌の根の固まりは、まだそこにあった。

男たちの言い合いは続いていた。南から来た集団の中の大きな男が胸を張った。こちらの集団の男たちが固まって声を合わせた。子どもはまだ黙っていた。

その者は立ち上がった。

石を手に持ったまま、子どもの方に歩いた。半分まで行ったところで、足が止まった。

石を地面に置いた。

子どもがその石を見た。

その者は何も言わなかった。言う言葉を持っていなかった。ただ石を地面に置いて、子どもが見るのを待った。

子どもは石を拾った。

男たちの声が高くなった。その者は振り向かなかった。子どもが石の縁をなぞるのを見ていた。

第二の星

乾季が明けた。

草が戻った。獣が戻った。川は幅を取り戻し、対岸まで泳いで渡れない深さになった。豊穣が続いて、集団は息をついた。子どもが増えた。生き延びる数が増えた。

しかし大きくなることは、別の重さを連れてくる。

南から別の集団が来た。彼らも草の戻った場所を探していた。水を探していた。獣の通り道を探していた。探すものが同じだった。

集団と集団の境目は、誰も決めていなかった。声の届く距離で、手の届かない場所に。その境目は毎日動いた。男たちが声で押した。女たちは子どもを遠ざけた。夜は別々の火の周りにいた。

この星の別の場所では、水が山から流れ下りて新しい道を作っていた。西の高地では、獣の群れが移動の向きを変えた。南の森では、木の実が豊作だった。誰も知らなかった。知る必要もなかった。それぞれの場所で、それぞれの者が、目の前のことをしていた。

集団間の緊張は、声の中にあった。ことばにならない声の中に。

与えるもの

夕方、光が低くなった。

その光が地面の石に落ちた。鋭い縁を持つ、その者が先ほど打った石の隣に、もう一つ、形のいい石があった。誰も気づかなかった。

その者が子どものもとへ歩いていく前に、その石に光が当たった。一瞬だった。その者の足が、その石を踏んだ。踏んで、止まった。下を向いた。石を持っていた。それを置いた。

私が示したのは石だった。この者はそれを拾って歩いた。渡した。

その者がそれを誰かに渡すとは、思っていなかった。

渡すことを、この者は誰かから学んだのか。それとも渡すことは、渡さなければ消えていたのか。次に示すべきものが、まだ見えない。示す前に、この者の五年が終わる。

伝播:SILENCE 人口:871
与えるものの観察:石は渡った。渡したことの重さを、この者は知らない。
───
第1135話

紀元前294,335年

その者(17〜21歳)

崖の縁は、踏むたびに少し違った。

その者は毎朝そこに来た。下を見ると水が光っていた。光の形が変わる。それを見ることが、他に何の意味もなくても、その者にとっては意味だった。

十八の頃、集団の男たちが声を上げながら川沿いを走る場面を見た。別の集団の者を追っていた。その者は崖の縁から少し離れた岩の陰に入って、息を止めた。男たちは戻ってきたが、一人少なかった。誰も騒がなかった。

その者の腕には古い傷が七本あった。手ではなく、腕だった。拾った石の角が滑ったとき、獣の爪をかわしきれなかったとき、木の枝が戻ってきたとき。その者は数えたことがなかった。ただ腕があった。

二十一の年の初め、集団に子どもが三人生まれた。母親の一人が静かになった。その者はその子どもを見ることがあった。触れなかった。触れ方を知らなかった。

春が深くなった頃、その者はいつものように崖の縁に立った。朝の霧が川の上にまだ残っていた。石が濡れていた。

足が滑った。

止まる時間がなかった。崖の岩に手が触れ、指が折れ、水面が来た。

冷たかった。

それだけだった。

第二の星

川上では旧人の一家が火を囲んでいた。子どもが二人、木の皮を剥がして遊んでいた。霧の中で鳥が鳴いた。集団の誰かが遠くで石を打ちつけていた。その音は谷に反響して、二回に聞こえた。川は流れていた。

与えるもの

水が冷たかったことは、次の者には届かない。それでも糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SILENCE 人口:871
与えるものの観察:渡したものは、水面に着く前に沈んだかもしれない。
───
第1136話

紀元前294,330年

第二の星

北の稜線が煙を吐いたのは、夜が終わる前だった。空の半分が赤く染まり、鳥が木から一斉に飛び立った。地面が低く唸り、遠くの木々が揺れた。集団は高台へ逃げた。走れない者を背負った者もいた。走れない者を置いていった者もいた。

4歳のその者は、走ることしかしなかった。

---

高台に着くと、煙が風向きを変えた。灰が降った。細かく、温かかった。その者は手を開いて上を向けた。灰が掌に積もるのを見た。

集団は日を数えた。三日目に、水場のひとつが泥で埋まっているのがわかった。四日目に、旧人の集団が南から来た。彼らも逃げていた。

---

旧人の集団は岩に沿って野営した。互いに見ていた。どちらも声を上げなかった。子どもたちは端から眺めていた。その者も見た。旧人の中に、自分と同じくらいの背丈の子がいた。

その子の目が、こちらを見た。

その者は目をそらさなかった。

---

豊穣は続いていた。しかし泥で埋まった水場のことを、年長の者たちは何度も話し合った。声を荒げる者がいた。拳で地面を叩く者がいた。旧人たちも、同じように声を交わしていた。二つの集団の間の空気は、灰よりも重かった。

5歳になったその者は、食料を運ぶ役を与えられた。根茎を掘り、実を集めた。

---

ある日、水場の跡の近くで作業していると、土の匂いが変わった。乾いた石の臭いの下から、湿った層の気配が滲んできた。その者は匂いに引き寄せられるようにしゃがみ、指で地面を掻いた。深くは掘れなかった。しかし掌が冷たくなった。

その者は立ち上がり、集団の方へ走った。

---

年長の者たちが来て、棒で地面を突いた。水が染み出すまで時間がかかった。しかし染み出した。集団が水場の縁に集まるのを、その者は少し離れて見ていた。自分が見つけたという言葉を持たなかった。ただ見ていた。

6歳になる前の冬だった。

---

緊張は消えなかった。水場をめぐって、集団内で声が割れた。旧人たちにも共有するべきかどうか。ある年長の男が拒んだ。別の者が従った。旧人の集団は三日後に去った。去り際に彼らが残していったものが、岩の陰にあった。誰かの歯が抜け落ちたものだった。

子どもたちがそれを拾い、見せ合った。その者も触れた。軽かった。

---

7歳になったその者は、集団の外を歩くことを覚えた。一人では行けなかったが、少し年上の子について遠くまで行った。その子が崖の縁に立つのを見た。下を覗くのが怖かった。それでも寄っていった。

下に川が光っていた。前に見たことがある、と思った。どこで見たか、思い出せなかった。

---

8歳になった頃、知ることの代償が来た。

水場を見つけたあの日から、その者はよく見る子だと思われていた。年長の女が指示を出すとき、その者を近くに置いた。見せて、覚えさせた。

しかし別の年長の男は、それを好まなかった。

---

ある夜、その男が女と声を荒げて話した。翌朝、その者は水場へ行かせてもらえなかった。食料の運び役からも外された。何が起きたかわからなかった。ただ、集団の中で自分の居場所が小さくなったことは、体でわかった。

誰も説明しなかった。

---

9歳になる前の夏だった。

旧人の集団が再び近づいた。今度は人数が少なかった。半分以下だった。何かが彼らを削っていた。集団内で声が割れた。受け入れるか、追い払うか。

その夜、その者は集団の端に座っていた。火から遠い場所だった。体が冷えた。

---

火が遠ければ影も遠い。その者は暗い方を見ていた。草が風で揺れた。揺れた先に、旧人の子が座っているのが見えた。あの、目が合った子だった。

二人は何も言わなかった。

言葉がなくても、何かが来た方向を体が覚えていた。

---

翌朝、その者は集団から離れていた。どこへ行くとも言わなかった。言えなかった。歩いていたら、遠くなっていた。

集団の声が聞こえなくなった頃、その者は草の中に座った。

膝を抱えた。起きなかった。起きようともしなかった。

---

与えるもの

土の匂いを、その場所に残しておいた。
この者はしゃがみ、指で掻いた。
水が見つかったとき、この者の顔には何もなかった。誇りでも安堵でもない。ただ見ていた。それが何を変えるのか、私にも見えていなかった。しかし渡す理由が消えることはない。次は何を示せるか、まだわからない。この者が排除されていく今、私が問うべきは「届けること」ではなく、「届いた後に何が残るか」かもしれない。

伝播:HERESY 人口:829
与えるものの観察:土の匂いで水を見つけ、それで孤立した
───
第1137話

紀元前294,325年

第二の星

北の稜線はまだ煙を吐いていた。薄く、白く、風に押されて東へ流れる。火山の腹はもう静かだったが、山の南側に広がる草地はところどころ灰で白くなっていた。

集団は高台の縁から戻らず、五日が過ぎた。河岸の水辺、低い場所に築いた寝床、獣の臭いが染みついた岩陰。そのすべてを捨てたまま、火の番をしながら夜を越えた。戻る者と、戻らない者で、声が割れていた。

遥か南では、別の集団が川の分岐点に沿って動いていた。旧人の群れと、新しい群れ。二つが同じ水場を使い、離れ、また近づいた。交わりはなかった。しかし同じ魚の骨を、同じ石の上に積んでいた。どちらも、なぜそうするかを知らなかった。

北では、子が一人、崖の縁から足を滑らせた。夜明けに母親が声を上げた。集団のうちの何人かが縁を覗き込んで、それから離れた。声は出なかった。

煙は続いた。草地は白いままだった。

与えるもの

灰の匂いが変わる場所があった。

硫黄ではなく、湿った土の匂い。地面の下に水が走っている。そこに光を落とした。朝の角度で、その場所だけ草が少し濃く光った。

その者は通り過ぎた。

戻ってくるかもしれない。あるいはもう来ない。足の速い者が戻る道を知っていたとは、限らない。

次は音にしてみよう。

その者(9〜14歳)

灰が靴底に積もった。靴はなかった。足の裏に灰が積もった。

高台の端、岩の出っ張りに腰を下ろして、集団の大人たちが声を上げているのを聞いていた。どの声が怒りで、どの声が怖がっているのか、その者にはわかった。声の形ではなく、胸のあたりで感じた。

母親が戻れと言った。身振りで。腕を引いた。

引かれた腕を、その者は引き返した。

戻らなかった。

岩の縁から下を見た。煙の筋が細くなっていた。昨日より細かった。一昨日よりも。その者はそれを誰にも言わなかった。言う言葉がなかった。ただ数えていた、ではない。ただ見ていた。

夕方、火の番が交代した。その者の番ではなかった。しかし離れなかった。

火の横に座って、手のひらを近づけた。熱い。近づけた。熱い。離した。また近づけた。

誰かが近くで泣いていた。子どもではなかった。

その者は火を見続けた。手のひらを膝の上に置いて、火の揺れ方を目で追った。風が来ると炎が横に傾いた。風が止むと戻った。

それだけのことだったが、その者はそこから動かなかった。

夜が深くなって、火が小さくなって、その者はいつの間にか横になっていた。灰の匂いの中で、目を開けたまま、空を見ていた。煙が薄れて、星が見えていた。

何も言わなかった。

伝播:NOISE 人口:836
与えるものの観察:通り過ぎた。しかし火の前で何かを数えていた。
───
第1138話

紀元前294,320年

第二の星

雨が来なかった。

それだけのことが、大地をここまで変える。

草の根は土の奥へ奥へと伸びたが、探し当てた水脈はすでに細く、根の先が触れる前に乾いた。地面は割れ目を増やし、その縁が白く粉をふいた。風が吹くと、その粉が舞い上がり、空を薄白く染めた。

始まりの大地の東側、なだらかに傾斜する平原では、草食の獣の群れが既に動いていた。蹄の跡が南へ向かって長く続き、途中から消えていた。獣は嗅覚で水を探す。人はその跡を目で追う。どちらが先に見つけるか。それが命の分かれ目になる季節だった。

北の稜線は、もう煙を出していなかった。山は沈黙した。しかしその沈黙が、渇きをより深く感じさせた。噴火の轟音があったときは、少なくとも耳に何かがあった。今は風の音と、乾いた土が崩れる音だけだった。

集団は動いた。

高台の縁を離れ、南へ。足の遅い者を先に立て、背に荷を縛り、子を抱え、水を入れた皮袋を大事に胸に押し当てながら。袋の中身は二日で底をついた。

三日目に幼い子が二人、歩かなくなった。一人は母親に抱かれたまま、腕の中で力が抜けた。もう一人は、夕方に横たわって、そのまま朝に冷えていた。どちらも泣かなかった。声を出す力が先に消えた。

老いた者も一人、夜の間に倒れた。

集団の輪郭は小さくなった。それでも歩いた。

五日目、平原の南端に近いところで、岩の割れ目から湿った匂いが上がってきた。先頭を歩いていた者が立ち止まり、地面に手を押し当て、また立ち、また匂いを嗅いだ。その場所を囲むように全員が寄り集まり、最も力の残っている者が岩を動かし始めた。

水は出なかった。

しかし土が湿っていた。その土を口に含んだ者がいた。しばらく咀嚼して、吐き出した。次の者も試みた。また吐き出した。

集団はその場で一夜を過ごした。獣の通り道の気配を確かめながら。

この星の、この大地から遠い場所では、海が静かだった。

岸辺で貝を拾って食べることを覚えた小さな集団が、浅瀬の中に立っていた。彼らの足元を冷たい水が流れ、その水は乾かなかった。彼らは腹が満ちていた。それを知る者は、この大地に誰もいなかった。

与えるもの

岩の割れ目のそばに、一匹の虫が這っていた。

光がその虫の背を照らし、乾いた地面から僅かに離れた、湿った岩肌の内側へ消えていくのを示した。

その者は虫を目で追ったが、岩を動かす者たちのところへ戻った。

渡した。この者にとって虫は食べるものだった。それ以外には見えなかった。いつになれば、届かないものが届くのか。問うても答えは返ってこない。しかし渡した記憶は残る。この場所で、この乾いた季節に、虫が向かった先。次にまた渇きが来たとき、何かが浮かぶかもしれない。

その者(14〜19歳)

岩を動かす腕が痛かった。

動かした。また動かした。土が出てきた。誰かがそれを口に含み、吐き出した。その者も試みた。吐き出した。

夜、横になって、虫が這っていた場所のことを考えた。なぜそこにいたのか、考えた。

答えは出なかった。腹が鳴った。眠れなかった。

伝播:SILENCE 人口:706
与えるものの観察:虫が向かった先を、この者は見ていた。
───
第1139話

紀元前294,315年

第二の星

雨が戻ってきた。

少しずつ、ためらうように。地面の割れ目に水が滲み、縁の白い粉が溶けて泥に戻るまで、しばらくかかった。草の根が上へ伸び直す前に、いくつかの命が尽きた。集団は5年前より少なくなっていた。

草原の縁では、別の集団が移動していた。背が高く、眉の骨が厚い。彼らは雨の気配を早くに読み、丘を越えていた。彼らの足跡が乾いた土に残り、その上に雨が降り、また土が戻った。

遠く、山脈の向こうでは、崖の岩棚に煤の跡があった。誰かがそこで火を焚き、去った。去った理由は煤に刻まれていない。ただ跡だけが残った。

川に近い低地では、水が再び動いていた。岸辺の草が倒れ、流れの方向に揃い、また立ち上がろうとしていた。その近くに、獣の骨があった。古い骨ではなかった。

雨は降り続けた。地面は音を吸った。

与えるもの

においがした。

雨の中の、ある方向だけ、土の下から何かが滲み出るにおい。植物が朽ちているのではなく、何かが生きているにおい。

その者の足が、その方向で一瞬止まった。

止まった。それだけだったが、次の一歩がわずかに向きを変えた。

渡った、のか。においで動いた者は前にもいた。みな別のことに気をとられ、止まらなかった。この者は止まった。しかし止まっただけで、向かうことをしなかった。

次は、足裏に渡せるか。土の硬さの違いを。

その者(24歳)

雨の中を歩いていた。

靴はない。足の裏が泥を踏む感触は、乾いた地面とは違う。やわらかく、足が沈む。引き抜くたびに音がした。

においがした。

立ち止まった。前にいる者たちは歩き続けた。その者だけが止まり、鼻を動かした。何かが、ある方向から来ていた。腐ったものではない。何か別のもの。名前はない。しかし違うという感覚があった。

一歩、その方向に踏み出した。

泥が足指の間に入った。

もう一歩。

前を歩く者が振り返り、声を出した。単音。来い、に近い音。その者は向き直り、集団についていった。においは背後に残った。

夜、火の近くに座った。雨は続いていた。煙が低く漂い、目が痛んだ。隣で老いた者が咳をした。止まらない咳だった。その者は老いた者の背に手を当てた。骨が薄くなっていた。

咳は朝まで続き、朝になったとき、止まっていた。

老いた者は火の傍らで動かなかった。背中に当てていた手が、重くなった。その者は手を引かなかった。しばらく、そのままでいた。

雨が木の葉を叩く音だけがあった。

伝播:HERESY 人口:674
与えるものの観察:止まった。においで。それだけで十分か。
───
第1140話

紀元前294,310年

その者(24〜26歳)

集団の端に、いつも彼はいた。

中心ではなかった。年長の者たちが火の近くに座り、肉の大きな塊を手に取るとき、彼は外の輪にいた。最年少の子。運ぶものも守るものも、まだなかった。

それでも彼は何かを知っていた。

知っていた、というより、気づいていた。気づいていた、というより、感じていた。正確な言葉はなかった。言葉そのものが、まだ輪郭を持たなかった。

水場の近くに、旧人の群れが来ていた。以前より近かった。彼らの体は大きく、額が張り出し、声は低かった。集団の年長者たちは彼らを遠ざけようとした。身振りと声で、境界を示した。旧人たちは退かなかった。

ある夜、彼は水場の岩の上に座っていた。

夜風が、水の匂いを運んできた。その風の中に、別の匂いが混じっていた。煙ではなかった。獣でもなかった。何か別のもの。体の中で何かが動いた。

立ち上がりかけた。

そこに温度が変わった。背後から、ひやりと。空気ではなく、皮膚の下まで届く冷たさ。彼は振り返った。

暗かった。何も見えなかった。

しかし、暗がりの中で、石の転がる音がした。

彼は逃げなかった。逃げる理由がまだ形になっていなかった。音と冷たさと匂いが一つの意味になるまでの間が、短すぎた。

岩の縁から落ちたのか、押されたのか。水の音が聞こえた。次に、何も聞こえなかった。

川の流れは速くなかった。ただ冷たかった。彼の体は岩に引っかかって止まり、夜が明けるまでそこにあった。

朝、集団の者が水場に来た。しばらく、何も言わなかった。

第二の星

大地の南で、草原が乾いていた。乾季が長引き、水場が縮んでいた。獣の群れが北へ移動し、その跡を人が追った。追いきれなかった者たちは残った。残った者たちの中で、最も小さな子どもが水の少ない泥を舐めていた。誰も止めなかった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:648
与えるものの観察:届いた。しかし間が、足りなかった。
───
第1141話

紀元前294,305年

第二の星

平原の縁で、大地が割れた。

前話の火山の煙はまだ空の端に居座っていた。灰が薄く積もった草地に、足跡が幾重にも刻まれていた。集団は移動していた。食べ物が減った。水場が灰に濁った。押すように歩く者、引きずられるように歩く者、抱えられた子。それぞれの重さで地面が鳴った。

緊張は火の前に現れた。

旧人の一群が、丘の影から姿を見せたのは日が傾いてからだった。背が高く、眉骨が張り出していた。彼らも腹を空かせていた。手に持つものはなかった。ただ立っていた。

集団の中の年長の男が腕を上げた。声は出さなかった。後ろの者たちが止まった。旧人の側も止まった。

しばらく、両者は互いを見た。

風が草を揺らした。灰の匂いがした。旧人の中の一人が足元の何かを拾い上げた。石だった。投げなかった。ただ持っていた。集団の側の男も足元を見た。石を拾った。

二つの石が、宙にあった。

誰かの子が泣いた。その声で両者が動いた。旧人は丘の影に戻った。集団は歩き続けた。誰も振り返らなかった。

夜、火を囲んだとき、年長の男は石をまだ持っていた。火の光に当ててみた。ただの石だった。しかし手放さなかった。隣の者が何か聞いた。男は答えなかった。石を地面に置いた。朝になったら、また拾った。

集団の中で何かが変わったのか変わらなかったのか、それは見えなかった。

ただ、互いが生きていた。それだけが残った夜だった。草の向こうで獣が鳴き、火は小さくなり、抱き合って眠る者たちの呼吸が重なった。灰の匂いはまだそこにあった。

与えるもの

糸が繋がった。

煙の匂いが風に乗って流れてきた方向に、水があった。その匂いが一瞬だけ濃くなった。

その者は立ち止まった。鼻を動かした。それから足を向けた。水があった。

小さな命が水を知っていた、と以前にもあった気がする。渡し方は変わらない。届いたことが問いになる。次に渡すべきものはもう決まっているか。

その者(8〜13歳)

水場を見つけたのはその者だった。

誰も褒めなかった。年長の者たちが先に飲んだ。その者は最後に飲んだ。冷たかった。口の中が灰の味から変わった。

それだけだった。

その者は火の番の場所に戻った。枯れ枝を一本、炎の端に差し込んだ。火が揺れた。揺れを見た。それだけだった。

伝播:HERESY 人口:622
与えるものの観察:渡した。届いた。次を決める。
───
第1142話

紀元前294,300年

その者(13〜17歳)

腹が鳴らなくなったのは、何日前だったか。

草地を歩いた。灰の薄い層が靴底ではなく素足の裏に張りついた。冷たかった。先に歩く大人の背中が、遠くなった。追いつこうとした。足が言うことを聞かなかった。

荷を持っていた。獣の皮を二枚。丸めて抱えて運んでいた。それだけが自分の役割だった。

誰かが振り返った。声をかけた。高い声で。心配する声の高低は分かった。その者は低く唸った。大丈夫だ、という意味の音だった。

草の上に座った。立ち上がるつもりだった。

風が止まった。

日の光が斜めに差して、地面の灰の白さと草の黄色と、その境目が妙にはっきり見えた。その者はそれを見た。長い時間、ただ見た。腹の奥に痛みはもうなかった。冷たさもどこかへ行った。

皮を抱えたまま、横に倒れた。

誰かが戻ってきた足音が聞こえた。その者には聞こえなかった。

第二の星

草地の別の場所で、二つの集団が互いを遠くから見ていた。近づきもせず、逃げもせず、ただ見ていた。その視線の間で、風が草を揺らした。空は白かった。灰のせいか、季節のせいか、どちらでもなかったかもしれない。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:NOISE 人口:628
与えるものの観察:渡したものは、届く前に体が尽きた
───
第1143話

紀元前294,295年

その者(29〜34歳)

石を割るとき、手首の角度がすべてだった。

その者は岩の上にしゃがんで、黒い石を両手で抱えていた。縁に沿って薄く欠けるところを、指の腹で探した。ここ、と思った場所に、もう一つの石の角を当てた。叩いた。

縁が剥がれた。

薄く、滑らかな破片が膝の上に落ちた。持ち上げて、光にかざした。端が鋭かった。

腹の横に傷があった。3日前、隣の集団の男に石を投げられた。当たったのは幸いだった。他の者は腕を折られた。右腕を吊って歩く男が、今朝から見えなかった。

その者は石を置いた。

草の向こうで声がした。女の声だった。続いて子の声。その後、何もなかった。

また石を持った。

集団の中で、その者は端に近い位置に座ることが多かった。中心にいる男たちとは目が合わなかった。合わせなかった。道具を作れば、誰かが受け取りに来た。名前を呼ばれることはなかった。来た、という手振りで呼ばれた。

石を割り続けた。

隣の集団との間に何があったか、その者は詳しく知らなかった。ただ、水場の近くで声が荒くなることが増えた。石を持って立つ者の数が増えた。

その者が作る石の刃を、誰が何に使うか。

そこまでは考えなかった。手首を動かした。石が割れた。

割れた石の断面に、細い筋が走っていた。その者はしばらくそこを見た。指でなぞった。

何か似たものを前に見た気がした。

どこで、は出てこなかった。

5日後、その者は水場の近くで倒れた。後頭部に何かが当たった。誰かの手が振り上がるのが見えた気がした。膝が折れた。顔から地面に倒れた。水の音だけが残った。草が揺れた。誰も戻らなかった。

第二の星

噴火から5年が経っていた。

灰の層は土に混じった。草が戻った場所では、集団が立ち止まった。水は近くから来た。遠くへ移る必要が薄れた。

人が増えた。増えた分だけ、場所が要った。

水場は一つではなかった。しかし、どこの水場が誰のものか、まだ言葉には乗っていなかった。身振りがあった。声があった。石が飛んだ。

旧人の集団と現生人類の集団が、同じ川の上流と下流に暮らしていた。互いの姿は見えた。言葉は通じなかった。近づくと石が来た。離れていれば何もなかった。その均衡が、少しずつ崩れていた。

中心にいる男たちが石を持って立つ回数が増えた。女たちは子を抱えて岩の陰に入った。道具を作る者は端に座り、鋭い刃を削り続けた。誰がそれを使うか、問う言葉はなかった。

始まりの大地の東側、乾いた丘の上から見れば、煙が二本、同時に上がることがあった。二つの集団が、同じ時間に火を使っていた。

それだけのことだった。

与えるもの

糸が繋がった。

石の断面に落ちた光の角度を変えた。細い筋が浮かんだ。

その者は指でなぞった。何かを思い出しかけた。

思い出せなかった。

どこまで届いたのか。5年か、それとも——

次に渡すとすれば、音だ。石と石がぶつかる音ではなく、割れる前の静けさ。あの瞬間に、何かがある。

伝播:HERESY 人口:606
与えるものの観察:光を落とした。指がなぞった。そこまでだった。
───
第1144話

紀元前294,290年

第二の星

乾いた季節が続いていた。

草原の端で、土が割れる。亀裂は細く、浅い。踏めば崩れるが、踏まなければただそこにある。水場は遠くなった。動物の踏み跡も、以前より薄い。

北の方角に、もう一つの集団がいる。旧人の集団だ。彼らは火を使う。煙が、朝と夕に立つ。細い煙だ。飢えていることを煙は知らない。

南には別の群れがいる。こちらは小さい。子どもの声がたまにする。

この星はどちらも照らす。北の煙も、南の子どもも、草原を割る亀裂も、乾いた土の上を走る虫も、等しく照らす。

乾季が長引いている。河が細くなった。魚は少なく、根菜は硬い。その者の集団は動きが鈍くなっている。腹が満たされないと、足が重い。

北の旧人の集団が、この数日、草原の縁まで来るようになった。理由は問わない。腹が空いているのかもしれない。水を探しているのかもしれない。

何かが近づいている。

この星はそれも等しく照らすだけだ。

与えるもの

草の匂いが変わった場所があった。

腐った草の匂いではなく、湿った土の匂いだ。水が近いということだ。その匂いがその者の鼻を一度だけ通った。

その者は立ち止まらなかった。

立ち止まらなかった。

渡したものが、空を通り過ぎていくとき、何かに似ている。以前にも似たことがあった。遠い記憶の中で、においで足が変わったことがある。一歩だけ変わった者がいた。あのとき、一歩は何かを変えたのか。変えなかったのか。この問いに答えを持っていない。

次に渡すべきものを、もう探している。

その者(34〜39歳)

石が足りなくなった。

黒い石は河原で拾う。河が細くなって、歩く距離が伸びた。日が高くなる前に出て、日が傾く前に戻る。間に合わないことがある。そういうときは走る。走れなくなったのはいつからだろう、と思うが、思ったまま消える。

今日、拾った石は四つ。小さいのが二つ、割れやすそうなのが一つ、重いのが一つ。

戻る途中、草の中に足が沈んだ。湿っていた。踏み直して、前を向いた。

集団の端に、見慣れない影があった。

背が高い。肩の形が違う。こちらの集団の者ではない。

その者は足を止めた。石を抱えたまま、止まった。

影は動かなかった。向こうも止まっていた。

どちらも何も言わなかった。声を出す前の、息を吸う前の、その場所に二人はいた。

影の手には何もなかった。その者の腕の中には石が四つあった。

その者は一歩、後ろに下がった。影は動かなかった。

もう一歩、下がった。

影が、ゆっくり、しゃがんだ。地面に手をついた。それだけだった。

その者は集団の中に戻った。石を置いた。もう一度、草原の縁を見た。影はまだそこにしゃがんでいた。

夜、火の周りで大人たちが声を上げた。誰かが、草原の方向を指した。何人かが立ち上がった。その者は石を膝の上に置いたまま、そこにいた。

明日、割る石を選ぶ必要があった。

伝播:NOISE 人口:611
与えるものの観察:匂いは届かなかった。しかし次がある。
───
第1145話

紀元前294,285年

その者(39〜42歳)

岩の割れ目に指を入れる。
引く。

石が剥がれる角度を、この者は知っていた。
知っていたのではなく、体が知っていた。
指の腹に走る感触が、次の動きを決めた。

集団の中に旧人が三人いた。
背が高く、眉の骨が出ていた。
道具は作れなかった。
この者の手元を、ときどき見ていた。

見られることをこの者は気にしなかった。
石を割った。
尖った端を砂で削った。
渡した。

旧人はしばらく持っていた。
それから地面に置いた。

この者はもう一つ作った。
渡した。
今度は持ったまま、どこかへ行った。

緊張があった。
集団の端で声が上がることがあった。
この者にはわからなかった。
ただ石を割った。
割ることが、この者の場所だった。

ある朝、起き上がれなかった。

寝ていた場所は岩の陰だった。
陽が当たるのは昼を過ぎてからで、
それまでは冷えた。

体が重かった。
重いというより、遠かった。
腕が遠かった。
腹が遠かった。

石が一つ、手の届く場所にあった。
拾えなかった。
ただそこにあった。

子どもが一人、近くで砂を掘っていた。
この者の顔を見た。
また砂を掘り始めた。

光が岩の端を伝って、草の根元に落ちた。

この者の目が、そこへ向いた。

草が一本、石の間から伸びていた。
細い茎。
風はなかった。
それでも先端が、わずかに揺れていた。

この者の指が、地面を探った。
石に触れた。
掴めなかった。
でも触れた。

息が浅くなった。
浅くなるにつれ、遠いものがもっと遠くなった。

子どもはまだ砂を掘っていた。

第二の星

乾いた高地で、旧人の集団が水場を離れていた。理由はわからない。ただ移動していた。低い山の向こうに煙が見えた。集団は立ち止まり、しばらく煙を見た。それからまた歩いた。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SILENCE 人口:622
与えるものの観察:覚えているということが、また重くなった。
───
第1146話

紀元前294,280年

第二の星

北から風が来た。

乾いた草が揺れ、水場の縁に積もった灰が舞い上がった。火山の腹は遠い山の向こうで、もう動いていない。だが地面の記憶はまだ残っている。割れた岩の隙間に水が滲み、草が斜めに育ち、根が浅い。

この者は火の前にしゃがんでいた。

燃えている枝の先端を見ていた。目ではなく、額の奥の何かで見ていた。燃え方の速さ。空気の動き。煙が左に流れるとき、集団は右に動いた方がいい。それを言葉で知っているのではなく、体の前面が知っていた。

集団の中に旧人がいた。三人ではなく、今は四人になっていた。どこから来たかはわからない。来た方向から匂いが届き、ある朝、岩陰にいた。この者は見た。追い払わなかった。

そういうことが、このころ起きていた。

空が広く、草原が続き、人の輪郭が日によって変わった。死ぬ者がいた。生まれる者がいた。数えていなかった。数える言葉がなかった。

この者には子が二人いた。一人は歩く。一人はまだ胸に抱かれている。

歩く子が石を拾った。この者のそばに持ってきた。この者はその石を見た。重さを確かめるように手に取り、縁を指で撫でた。返した。子は走っていった。

---

その五年の間に、集団の半分ちかくが死んだ。

疫病ではない。水場を争って三人が沈み、岩場で二人が落ち、一人は出産の夜に戻らなかった。老いた者は歩けなくなり、置かれた場所で消えた。一人は獣に引きずられた。悲鳴の後、静かになった。

この者はそれらを見た。全部ではないが、いくつかを見た。

火を守り続けた。移動のたびに、火種を皮に包んで運んだ。落とさなかった。落としそうになった夜があった。川を渡るとき、水が腰まで来て、火種を頭の上に持ち上げた。腕が震えた。渡りきった。

---

ある夕方、風が変わった。

南から湿った空気が来て、草の匂いが変わった。腐ったのではなく、何か別のものの匂いが混じった。この者は立ち上がり、その方向を向いた。

風の中に、何か別の匂いがあった。

この者はしばらく立っていた。それから集団に向かって短い声を出した。動く声ではなく、止まる声だった。全員が止まった。旧人の一人も止まった。

何もなかった。

風が過ぎた。匂いが消えた。この者はまた歩き始めた。

---

五年の終わりに、この者の胸の子が死んだ。

熱ではなかった。ある朝、起きなかった。前夜は泣いていた。泣き声が止んだとき、皆は眠っていた。この者は眠っていなかったかもしれない。

朝、抱き上げた。重さが変わっていた。同じ重さなのに、違う重さだった。

穴を掘った。歩く子が横に立っていた。何も言わなかった。この者も何も言わなかった。

土を戻した。岩を置いた。

火種はまだ皮の中にあった。

---

与えるもの

南から来た風の中に、腐肉の匂いを混ぜた。

この者は立ち上がり、集団を止めた。危険はそこにはなかった。

渡したのに届かなかったのか。届いたが、何もなかったのか。わからない。だが体が動いた。それは何かを受け取ったということかもしれない。次に渡すなら、もっと近いものがいい。この者の手に届くもの。手が知っているものを。

糸が繋がった。

伝播:SILENCE 人口:636
与えるものの観察:体が止まった。届いたかどうかは、わからない。