紀元前299,525年
雨の周期が狂った。三つの季節が一つになり、一つの季節が三つに分かれた。川床が現れ、湿地が乾き、森が草原になった。獣の通り道が変わった。人の移動も変わった。
石を削る。右手の親指の皮が厚くなった。左手の人差し指に深い溝ができた。血豆が潰れて、また膨らんで、また潰れた。削る音だけが聞こえる。
水場に集まる集団が増えた。七つ、八つ、数えきれない。遠くから来た者たちの顔は見たことがない。持っている道具も違う。石の削り方も違う。警戒する。距離を保つ。でも水は必要だった。
削っていると時間がわからなくなる。陽が傾いても削り続ける。火が消えかかっても削り続ける。他の者が寝ても削り続ける。削ることで何かから逃げているような気がした。
旧人が姿を消した。足跡も糞も見つからない。風の音だけが洞窟に響く。人だけが残された。人同士で向き合うしかなくなった。緊張が高まった。
右肩が痛む。腕を上げるのが辛い。それでも削る。削り方を変える。左手で石を支え、右手で叩く。音が変わる。リズムが変わる。削れる形も変わった。
遠い谷で煙が上がった。火事だった。森が燃えた。動物が逃げてきた。鹿、猪、小さな獣たち。人も獣を追って移動した。獲物が増えた。でも煙で空が霞んだ。
削った石の破片を集める。小さなものでも捨てない。組み合わせて使う。大きな石に小さな石を埋め込む。新しい形ができる。今まで見たことのない道具ができる。
集団同士の小競り合いが増えた。水場での押し合い。獲物の奪い合い。石を投げる者もいた。血を流す者もいた。でも殺し合いにはならなかった。まだ、そこまでは。
削る石がなくなってきた。良い石を求めて遠くへ歩く。一日、二日、三日歩く。見つからない日もある。見つかる日もある。見つからない日の方が多くなった。
削りすぎて手が震える者の手首を見つめた。
その者は気づかずに削り続けた。
手首にあるものが見えないのだろうか。