2033年、人類の旅

「紀元前293,765年〜紀元前293,645年」第1249話〜第1272話

Day 53 — 2026/05/25

読了時間 約57分

第1249話

紀元前293,765年

第二の星

台地の縁で火が燃えている。

乾いた草が先に燃え、次に灌木が燃え、風が変わると火は方向を変える。台地の上のいくつもの命が、その光を遠くから見ている。逃げる者、留まる者、火の前に立って腕を広げる者。理由はそれぞれの体の中にある。

台地の南側では二つの集団が接している。接しているというのは、同じ水場に近い時間に来るという意味だ。片方の集団に旧人が混じっている。旧人は背が低く、額が張り出している。もう片方は、顎が細い。水を飲む動作は同じだ。どちらも腹を下にして、掌で水をすくう。しかし互いを見る目の動きが違う。止まる。確かめる。離れる。

台地の反対側、西の斜面では、誰かが崖の岩肌に手形を押している。赤い土を水で溶いて、手のひらに塗り、岩に押しつける。何度も。乾くと色が変わる。その者はそれを見ている。見て、また手を塗る。

火はまだ燃えている。台地の上に、夜が来ようとしている。

与えるもの

石の割れ目から、熱い空気が上がってきた。

その者は足の裏でそれを感じた。一歩退いた。もう一歩退いた。

退いた先に、別の道があった。

—かつて、同じように感じた者たちがいた。同じように退いた者も、退かなかった者も。退いた者が長く歩いたかどうか、答えが出ないまま時間が過ぎた。次に渡すべきものは、また別の形になるだろう。渡すことはやめない。

その者(31〜36歳)

火が来た夜、その者は走らなかった。

集団の半分はすでに南へ向かっていた。足音が草を踏む音、子どもを抱えた者の息、それらが遠ざかっていった。その者は台地の縁に立ったまま、火を見ていた。熱が顔の右側にだけ当たった。左側は夜の空気だった。

石を拾った。持ち替えた。また持ち替えた。

足の裏が熱くなった。石の割れ目のあたりから、何かが上がってくる。その者は足を動かした。右へ。また右へ。草の上に出ると、熱は消えた。足の裏が涼しくなった。その者は止まった。

前には別の道があった。獣の通り道だった。その者はそれまで使ったことがなかった道だった。

歩いた。

草が足首に触れた。虫の音が近くなった。遠くで集団の声がした。その者は声の方向へ進んだ。

夜明けに、集団と合流した。

しかし集団の中の何人かがその者を見る目が、戻る前と変わっていた。何かを確かめるような目だった。その者にはその違いがわからなかった。ただ水が飲みたかった。革袋を持った者のそばに行って、手を出した。

革袋は渡されなかった。

その者は手を引っ込めた。少し離れた場所にしゃがんだ。石を地面に置いた。また拾った。

伝播:HERESY 人口:298
与えるものの観察:退いた先に道があった。それだけが事実だ。
───
第1250話

紀元前293,760年

第二の星

火の後には灰がある。

台地の上に残ったのは、黒くなった地面と、白く薄く積もった灰だった。風が吹くたびに灰が舞い、空は白く霞んだまま三日が過ぎた。雨は来なかった。

草が燃えた。根まで燃えた場所では、土が固く締まり、水を弾くようになった。雨が来ても、水は染みこまず、斜面を流れて低地へ消えた。台地の縁の浅い窪みに、わずかな水が溜まる日があった。それを飲む者がいた。飲んだ後に腹を押さえて動かなくなる者もいた。水が悪くなっていた。

旧人の一団が台地の北側に現れたのは、灰が降り終わった頃だった。

彼らは大きかった。肩が広く、額の上の骨が厚く張り出していた。子どもでさえ、体の中心に重さがあった。声は低く、喉から出てくる音が独特の響きを持っていた。何かを言っていた。しかしその音は、こちらの集団の音とは別の形をしていた。

旧人たちは近づかなかった。台地の北端に座り、こちらを見ていた。

こちらの集団の中で、老いた者が石を持って立った。若い者が棒を叩き合わせて音を出した。それが警告なのか歓迎なのか、どちらを意味するのか、その者自身にも分かっていなかった。体が動いていた。それだけだ。

旧人たちは一日そこにいて、夕方に北へ消えた。

何も起きなかった。

しかしその夜、集団の中で声が上がった。長い声ではなかった。短い音が繰り返された。怒りとも不安とも聞こえる音だった。指が向けられた。その者のいる方角へ。

その者が何をしたわけでもない。しかし誰かが何かを決めつけていた。

火の後には、何かを見つけようとする目がある。

台地の縁では、焼け残った低木がまだ煙を細く出していた。風がその煙を東へ東へと流した。消えない煙だった。消えない、という点だけが、その夜のこの場所に固く残っていた。

与えるもの

焼けた地面の一点に、光が集まった。

朝の角度で、灰の中に光るものがあった。火によって形が変わった石。熱で割れた断面が、鋭く光を返していた。

その者は屈んで拾い、断面に指を走らせた。切れた。指から血が出た。それを見た。

渡した。切れるということを。

その者は指を口に入れた。痛みの方に注意が向いた。鋭さには向かなかった。

あの者は鋭さを感じた。しかし鋭さを道具として見なかった。痛みで終わった。また次を考えなければならない。次に渡すとしたら、何をどこに落とせばいいのか。

その者(36〜41歳)

指から血が滲んでいた。

なめると、鉄の味がした。その者はしばらく座ったまま、灰の中の石を見ていた。拾わなかった。置いたままにした。

夜、声が自分のいる方へ向いてくるのを聞いた。

岩の影に入った。声は続いた。その者は岩に背をつけ、空を見ていた。煙の匂いがまだした。

伝播:HERESY 人口:301
与えるものの観察:鋭さを痛みとして受け取った。それだけだった。
───
第1251話

紀元前293,755年

第二の星

台地の東に、壁のように連なる岩がある。その岩の陰に、旧人の一群が身を寄せ合って眠っていた。五つの体が重なり、互いの熱で夜を越えた。彼らの腕は長く、額は前に張り出し、眉骨の下の目は暗い中で光った。

西では川が細くなっていた。干ばつが続いた年に川は岸を縮め、泥が割れ、白くなった。魚は深場に消え、岸に近い水場で水を飲もうとした小動物が、渇いた泥に足を取られた。

北の森の縁では、人と旧人が同じ実を採っていた。距離を置いて。声を立てずに。どちらも相手を見ていたが、近づかなかった。同じ枝に手が伸びた瞬間、双方が引いた。それだけのことが、その日は二度あった。

台地では、集団の内側で何かが割れ始めていた。火の後に残ったものを誰が管理するか。水の少ない場所で誰が先に飲むか。言葉にはならない力の序列が、毎朝の動きの中で決まり直されていた。

灰はまだ風に舞っていた。空は青くならなかった。

与えるもの

腐りかけた木の根元に、白い菌が育っていた。

光がそこに斜めに落ちた。朝の角度で、白だけが光る時間が、短くあった。

その者は光の中に立ち止まった。しかし目は別のところを向いていた。

渡せなかった。しかし渡せなかったことが、初めてではない。渡せなかった回数を、数えることに意味はあるか。それより問うべきは、次に何を光に当てるかだ。

その者(41〜46歳)

干ばつの後の乾いた地面は、歩くたびに音を立てた。

その音が気に入らなかった。音がするたびに足を止め、また踏んだ。また音がした。足を持ち上げ、遠くへ置いた。そこでも音がした。

集団の男が近づいてきた。その男は、灰の中で見つけた焦げた骨を持っていた。骨を差し出してきた。

その者は受け取らなかった。

男の目が変わった。口を開いたが音は出なかった。しばらくそこに立っていた。それから向きを変えて去った。

その者には、男が何を欲しがっていたかが分からなかった。骨を渡すことが何を意味するのか、この集団ではまだ一定していなかった。

夕方、水場の縁で、その者は自分の影を見た。影は長く、岩の上まで伸びていた。岩に当たって影は折れ、別の形になった。

その者は影を踏んだ。影は消えなかった。

また踏んだ。

夜になると集団は固まって眠った。その者は端に位置した。端は寒かったが、端には広さがあった。

朝、集団の老いた女が動かなくなっていた。前の晩まで咳をしていた女だった。体は固く、霜が白く降りていた。誰も近づかなかった。やがて二人の若い男が来て、女の体を引きずって岩の向こうへ運んでいった。

その者はそれを見ていた。

見ていることと、理解することの間には、この集団ではまだ何もなかった。

伝播:HERESY 人口:298
与えるものの観察:光は当てた。届かなかった。次を探す。
───
第1252話

紀元前293,750年

第二の星

台地の北縁、乾いた草が風に倒れている。川は細い筋になった。水を飲むために歩く距離が伸び、子どもたちの足の裏が割れた。

東の岩の陰、旧人の群れはまだそこにいる。彼らも水を探している。足跡が泥に残り、古い足跡と新しい足跡が重なっている。足の大きさが違う。爪の形が違う。同じ方向を向いていた。

台地の西では、別の集団の三人が川沿いに下りてきた。腰に獣皮を巻いただけの体で、魚を待っていた。魚は来なかった。彼らは二日待ち、上流へ戻った。足跡だけが残った。

遥か南の低地、湿原の縁に茂る葦の中で、水鳥が卵を抱いていた。巣は水面から高い位置にあった。去年より高い。水が増えたのか、鳥が覚えたのか、どちらともわからない。卵は三つあった。殻はまだ割れていない。

北の岩場では、転がり落ちた大石の下に小さな泉が滲んでいた。誰も知らなかった。草だけが知っていた。その草は青く、周囲の枯れ草の中で一本だけ立っていた。

与えるもの

青い草の茎に、朝の露が一粒残っていた。光の角度がそこだけ変わった。周囲の枯れ草には光が散っていたが、その一点だけ、長く止まった。

この者は転んで手をついた。土の冷たさで顔を上げた。

渡ったかもしれない。渡らなかったかもしれない。前にも似たことがあった気がする。黒い土と白い根。踏んで気づく者がいた。踏んで走る者がいた。今この者は、ただ転んでいる。次に何を渡すべきか、まだわからない。けれど渡す意志だけがある。

その者(46〜51歳)

転んだ。

手の平に小石が刺さった。その者はしばらく手を見ていた。血が出なかった。出なかったことを確かめてから立ち上がった。

青い草があった。他の草は茶色く、踏まれて平らだった。その草だけ立っていた。その者は近づかなかった。近づく理由がなかった。

水を探していた。腹が鳴っていた。二日、固形のものを食べていなかった。昨日、群れの長老が自分の分の食料を子どもに渡すのを見た。子どもは食べた。長老は岩に寄りかかって目を細めていた。

その者は北へ歩いた。水の匂いがするような気がした。匂いではなく、冷気だったかもしれない。石と石の隙間から、湿った空気が出ていた。

しゃがんで耳を近づけた。音はなかった。けれど指を当てると、石が冷たかった。周囲の石より確かに冷たかった。

その者は立ち上がり、群れの方向へ走った。声を出した。短い叫びだった。意味のある語ではなかったが、方向と速度があった。

集団の中で最も力のある男が来た。岩を動かそうとした。動かなかった。別の男が来た。二人で押した。岩は動いた。

水が滲んでいた。

土が湿っていた。指で掘ると、指先が濡れた。

集団全体が来た。長老が来た。子どもが来た。旧人の気配が岩の陰で止まったが、誰も振り返らなかった。

夜、その者は岩の前に座っていた。火が遠かった。寒かった。けれど動かなかった。

自分が何かを見つけたのか、何かに見つけられたのか、その区別を持つ言葉を持っていなかった。ただ手の平の小石の跡を親指でなぞった。何度もなぞった。

伝播:HERESY 人口:295
与えるものの観察:転んだ場所に光を置いた。受け取り方は知らない。
───
第1253話

紀元前293,745年

その者(51〜56歳)

川はもう戻らなかった。

岩盤が露出した場所に、白い筋だけが残っている。かつて水が流れた跡だ。その者は毎朝そこへ行き、手のひらを伏せた。乾いた石の感触。それだけ。

飢えは足から来た。歩けなくなった足は、そのまま歩かなくなる。その者の足の指は、爪が剥がれたまま固まっている。干ばつが始まったころ、無理に走ったからだ。今は引きずるように歩く。

集団の端で火を守っていた。

子どもたちが薪を運んでくる。旧人の若い一頭が遠くで立ち止まり、煙を見ていた。その者はそれを見た。何も言わなかった。何も言えなかった。短い叫び声を一つ発した。追い払う意味ではなかった。何の意味でもなかった。

夕方、東の空が赤く染まった。その者は仰向けに寝転び、空を見た。

風が来た。

北から、乾いた、砂の混じった風。その者の顔に薄く砂が積もった。目を開けたまま、瞬かなかった。

誰かが傍に来た。若い女だった。その者の胸に耳を当てた。

何も聞こえなかった。

女は立ち上がらなかった。しばらく、その体の傍にいた。風が砂を運び続けた。

第二の星

台地の南、旧人の群れが水場を発見した。浅い湧き水。彼らは音を立てずに飲んだ。一頭が顔を上げ、風の方角を嗅いだ。人の煙の匂いがした。その頭はしばらくそちらを向いていたが、やがて水へ戻った。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:NOISE 人口:310
与えるものの観察:渡しても届かない。それでも渡す。
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第1254話

紀元前293,740年

第二の星とその者(3〜8歳)

乾いた季節が、また来た。

大地の南端では、草が根ごと砂になっていく。岩の割れ目から吹き出す熱い風が、虫の死骸を転がす。水場だった窪みに、今は粉のような土が積もり、踏むと足首まで沈む。集団の半分が北へ動いた。残り半分は動かなかった。どちらが正しかったのか、誰も知らない。旧人の一群が丘の向こうに姿を見せ、三日後に消えた。

その者は三歳だった。

背中におぶわれて移動する。揺れる。止まる。また揺れる。おぶっている者の肩甲骨が動くのが顔に当たる。固い。その感触だけを、体が覚えていく。空は白く、影がない。どこに光があるのか、まだわからない。

集団は水を求めて動いた。

五日歩いて、泥水の滲む崖を見つけた。長老格の者が岩を舐め、顔をしかめ、もう一度舐めた。その仕草を若い者たちが真似た。その者もおぶわれたまま、口を開いた。何かを真似ようとして、口が動いた。声は出なかった。

四歳になった頃、地面で転んだ。

手のひらに小石の跡が残った。その者はその跡をもう片方の指で何度も触れた。押すと少し痛い。もう一度押す。痛い。また押す。大人たちは別の場所にいる。叫ぶほどの痛みではない。ただその窪みが、自分の体の中にあることが、奇妙だった。

北へ移動した群れが戻ってきた。

半数になっていた。戻ってきた者の何人かは、歩いたまま倒れた。倒れて、起き上がらなかった。集団の者たちがその周りに集まり、長い間何もしなかった。その者はその輪の外側に立っていた。輪の中が見えない。見えないが、何かが変わったことはわかった。空気が変わる。声の出し方が変わる。体が変わるように、場が変わる。

五歳。六歳。

その者は走れるようになった。崖の縁を走って、大人に怒鳴られた。怒鳴り声の形を真似て、石に向かって叫んだ。石は何も言わない。もう一度叫んだ。その声が崖に反射した。初めて聞く音だった。自分が出した声が、別の場所から返ってくる。その者は黙った。しばらく黙って、また叫んだ。

集団の緊張が続いていた。

北から来る群れ、南から来る旧人。食料が減れば声が大きくなる。誰かが誰かを突いた。突いた者の顔に血が出た。突かれた側ではなく、突いた側の顔に。理由は誰も説明しなかった。その後三日、集団の中の音が変わった。叫ぶのではなく、低く唸る声が夜に続いた。

七歳。

その者は崖の下に水が滲む場所を覚えていた。三年前、おぶわれながら通った場所だ。体だけが覚えていた。ある朝、ひとりでそこへ歩いた。崖の影が岩肌に落ちていて、その影の端だけが濡れて光っていた。その者は影の端に手を置いた。冷たかった。指の間に水が滲んだ。飲んだ。

知らせに戻った。

走って戻って、大人たちの方へ向かって声を出した。特定の言葉はなかった。だが声の高さと、体の向いた方向で、何かが伝わった。何人かが立ち上がった。ついてきた。

八歳になる前の冬、旧人の群れと食料を巡って争いが起きた。

その者はその場にいなかった。遠くで高い声が聞こえた。崖の反対側から。戻ってこなかった者がいる。集団の中に空白が増えた。空白は音がない。その者はその空白のひとつに近づいて、地面に手を当てた。土は乾いていた。少し暖かかった。太陽の熱か、別の何かかは、わからなかった。

与えるもの

崖の影が濡れて光っていた。

その者の指が冷たさを受け取った。無視しなかった。それだけだ。

なぜ戻るという考えが生まれたのか、私にはまだわからない。次に渡すべきものは、たぶん、声の形だ。崖に返ってくる声ではなく、別の誰かが拾う声の形を。

伝播:NOISE 人口:321
与えるものの観察:崖の影が濡れていた。指が冷たさを受け取った。
───
第1255話

紀元前293,735年

第二の星

北の海から来た。

水は先に来なかった。風が来た。

潮の匂いがいつもの方角ではない方から吹いた。朝の鳥が鳴かなかった。砂浜の犬走りに残っていた獣の足跡が、満潮の時刻より前に消えた。海が静かになった。あの種類の静けさだ。沖に出た者が引き返した理由を、岸にいた者は聞かなかった。

波は壁ではなかった。

膝の高さで来て、胸の高さになり、立っていた者を持っていった。水は透明で、水底の砂が揺れるのが見えた。それが見えるうちに逃げた者は生きた。水が濁った瞬間に動いた者は、間に合わなかった。

始まりの大地の海岸沿いに集まっていた集団は、三つあった。魚の干し場があった。皮を延ばして干す岩があった。子どもたちが遊ぶ浅瀬があった。水はそこを全部飲んだ。飲んで、引いた。引くときに人を連れた。

水が消えた後、砂の上に残ったのは、積み上げていた石の囲い炉だけだった。炭が水を含んで黒く光っていた。

内陸の高台から、水が来た方角を見下ろした者たちがいた。海岸線が変わっていた。知っている浜ではなかった。砂洲が消え、岩が出ていた。潮が引く音だけが、遠くからしばらく聞こえ続けた。

集団は三分の一近くを失った。残った者たちの中に、水を知っている者が少なくなった。魚の取り方を知っていた老いた者が二人、引き波と一緒に行った。干し場の作り方を知っていた者も、骨の刃で皮を伸ばす手順を知っていた女も。

高台に集まった者たちは火を起こさなかった。

夜になった。潮の音がした。誰も浜に下りなかった。

遠い場所では、別のことが起きていた。

大地の内側、岩が重なり合う隘路を、別の群れが歩いていた。旧人の群れだ。彼らは水の話を知らない。彼らは岩の割れ目に眠る白い鉱物を舐め、指の腹で岩面をなぞりながら進んだ。その岩面に、前の世代が残した線がある。直線ではない。曲がり、止まり、また続く。何を意味するかは彼らも知らない。しかし上書きしない。なぞるだけだ。

それと同じ夜、始まりの大地の高台では、集団が水を失った浜を見下ろしていた。

与えるもの

炭の匂いが、濡れた砂から立ちのぼっていた。

水に飲まれた炉の跡から、それだけが来た。焦げた記憶の匂い。この者の鼻が少し開いた。

この者は匂いの方向を向かなかった。向こうへは戻らなかった。それでも、鼻の奥に何かが残った。

次に渡すべきものは、この者がまだ持っていない。戻ることと、逃げることの違い。だが今は、残ったというだけで、それだけで。次は何を渡せばいい。

その者(8〜13歳)

高台の端に座っていた。

足が水の中にいた夢を見たのか、まだ起きているのか、わからないまま膝を抱えていた。砂が足首に張り付いていた。乾いた砂だった。ここまで水は来ていなかった。

それを確かめるように、足元の地面を何度も平手で叩いた。

音がした。乾いた音がした。

伝播:DISTORTED 人口:241
与えるものの観察:乾いた音を確かめ続けた。それで十分か。
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第1256話

紀元前293,730年

その者(13〜18歳)

集団の外れに引きずられた。

手首を掴んだのは誰かの大きな手で、砂利が膝の裏を引っ掻いた。声を上げようとしたが、喉の奥で音が潰れた。空は明るかった。光は普段と変わらなかった。それだけが奇妙に思えた。

殺されるとは知らなかった。ただ引きずられる感覚だけがあった。

洪水から戻って以来、その者の周りで何かが変わっていた。老いた者たちが集まると、視線がそちらに向かった。特定の身振りをするとき、声が低くなった。その者はまだそれを読み切れなかった。ただ、火を囲む輪の外に置かれることが増えた。食料が渡ってくるのが最後になった。

何日か前、その者は崖の上で何かを叫んだ。波が来る前に逃げろという意味ではなかった。意味はなかった。ただ声が出た。体の中から押し出される何かがあって、声になった。それを数人が聞いていた。

引きずられながら、岩肌の色が目に入った。赤茶けた縞模様。雨が流した跡。水は痕跡だけ残して消えていた。

草の根が足首に絡んだ。

その者の体が止まった。止まったのではなく、落ちた。崖ではなかった。傾斜のある岩場で、背中から滑った。手を掴んでいた者がひとつ舌打ちのような音を立てた。

転がり落ちた先は低木の茂みだった。

しばらく誰も来なかった。

その者は仰向けのまま空を見た。雲が動いていた。速かった。風が上で吹いているのだと、言葉ではなくからだで理解した。脇腹が熱かった。岩で削れていた。右の手のひらに土がめり込んでいた。

立てるかどうかを確かめる前に、茂みの向こうで足音がした。

遠ざかっていった。

その者はそのまま動かなかった。日が傾いて、岩の影が伸びた。影が顔の上に来た。その者は目を動かさなかった。ただ影が過ぎるのを待った。

夜になった。集団の火は見えなかった。見える場所ではなかった。

その者は膝を引き寄せた。土の匂いがした。根が腐りかけている匂い。洪水の水が引いてから、あちこちでその匂いがした。

星が出た。

その者は星を数えなかった。数えることを知らなかった。ただ光が多いと感じた。多いまま、目が閉じた。

朝は来た。

その者は起き上がれた。ゆっくりと。脇腹の熱さはまだあった。膝が震えた。震えながら立った。

集団の方向はわかった。煙の匂いで。

その者はその方向には歩かなかった。

第二の星

その5年、地平の向こうで何が起きていたか。

北の斜面では、旧人の一群が新しい越冬地を見つけていた。湧き水の近く、風を遮る岩壁の内側。彼らは骨を重ねて境界を示した。その境界は匂いでもわかった。縄張りは言葉より先に存在した。

海沿いでは、干潟が干ばつのあと広がっていた。引いた水が残した泥に、貝が新しく棲みついていた。引きずられて死んだ鳥の羽が、泥の上で乾いていた。

草原では、別の集団が移動の途中で二つに割れていた。理由を知る者はいなかった。ある朝、半分が別の方角に歩き始め、もう半分がそれを見送った。追わなかった。声を上げなかった。ただ別れた。

数字で書かない。241という塊は、実際には散らばっていた。火と火の間に距離があり、その距離の中に旧人の気配があり、獣の通り道があり、水の枯れた跡があった。

この5年で、洪水が来た。津波が来た。そのたびに小さな体が先に消えた。大きな体が残った。残った者たちの中で、知りすぎた者が消えることがあった。知ることが死の理由になる時代があった。

その者が歩き始めた方向に、煙はなかった。

煙のない方向に、世界は続いていた。

与えるもの

水が引いた岩の表面に、光が落ちていた。

赤茶けた縞の、真ん中あたりに。その者が転がり落ちる前、一瞬だけ。

見たかどうかはわからない。

集団の声が聞こえなくなる方向を、その者は選んだ。次に渡すべきものがある。方向の先に、水が湧く場所があるかどうか。それだけを今は持っている。

知識が届いたのは、まだ一度もない。

しかしその者は歩いている。

伝播:HERESY 人口:239
与えるものの観察:煙のない方向へ歩いた
───
第1257話

紀元前293,725年

第二の星

赤茶けた大地が続く。
雨が来ない季節が長く、草の色が変わっている。川は細い筋になり、水場に近い地面は固く割れている。

その割れた地面の上を、小さな足が歩いている。
別の場所では、別の者たちが移動している。山沿いを進む群れは、ここのものと声が違う。同じ音を出しても意味が違う。同じ意味でも音が違う。互いに何かを察しながら、それでも交わることは少ない。どちらが先にいたかは、この星には関係ない。

北の方向では、海岸近くの湿地に群れがある。そちらは雨が届いている。魚の骨が積まれている場所があり、子どもが骨の上を歩いている。その子どもは今年生まれた。

東の高台では、旧い種の者たちが岩陰に座っている。喋らない。こちらの種より額が出ている。何かを見ている目の形が違う。しかし同じ方向を見ることがある。夕方、同じ方向に顔を向けることがある。

この星はそれを区別しない。
どの足跡も、等しく砂に残る。

与えるもの

水の匂いがした。
地面の下から来る匂いで、乾いた砂の間から、かすかに湿った空気が漏れていた。

その者がそこを踏んだ。

足の裏に伝わる温度の違い——わずかに冷たく、わずかに沈む地面——に、その者が立ち止まるかどうかを、与えるものは知らない。

踏んで、進んだ。
立ち止まらなかった。

与えるものは問う。
次は、腹か。渇きが言葉を超えるまで、待つしかないのか。それとも渇きを覚える前に、この者はもうここにいないのか。

その者(18〜23歳)

引きずられた場所から遠い。
あれから足を動かしている。どこへ向かうかより、そこから離れることの方が先にあった。

膝の後ろにまだ砂利の感触が残っている。掻き傷か、それとも皮膚の記憶か、区別できない。歩くたびに皮膚が服に触れ、服に触れるたびに何かを思い出しかける。思い出す前に足が動く。

日が西に傾いていた。

岩の陰に座った。
座ると空腹が来た。空腹が来ると、手首のことを考えた。大きな手の指の数を数えようとして、数える前に砂を掴んでいた。砂を掌に乗せ、指の間から落とした。落とした。また掴んだ。

風が止んだ。

乾いた空気の中に、何か違うものがあった。名前のない感覚で、腹の底ではなく足の裏に近かった。踏んでいる地面が、他の地面と何か違う気がした。気がしただけで、その者はもう歩き始めていた。

空が赤くなっていた。
群れのいる方向には戻れない。戻れないことと、戻らないことの区別が、この者にはまだない。

岩の割れ目に手を差し込んで眠った。
暗くなっても、目だけは開いていた。

伝播:HERESY 人口:242
与えるものの観察:足の裏が感じたことを、頭が無視した
───
第1258話

紀元前293,720年

その者(23〜28歳)

骨が浮き出た羊のような獣がいた。

その者は三日、追っていた。水を飲まず、干からびた実を二つ噛んだだけで。足の裏に石が食い込む感覚がもう消えていた。感じなくなったのではない。皮が厚くなったのでもない。ただ、足のことを考えられなくなっていた。

獣は止まった。

その者も止まった。

手に握った石は、三日前から同じ石だった。川底で拾ったが、川はもう川ではなかった。石だけが残った。

風が吹いた。

後ろから来た風ではなく、横から来た風だった。乾いた匂いの中に、別の何かが混じっていた。腐った草ではない。濡れたものの匂いでもない。獣の匂いとも違う。その者の鼻が、知っている何かを探したが、言葉がなかった。言葉がないから、探しようがなかった。

獣が向きを変えた。

その者は石を投げた。

外れた。

獣は走り、小さくなり、消えた。

その者はしばらく立っていた。石を投げた手が、まだ握る形をしていた。開こうとしたが、うまくいかなかった。指を一本ずつ、引っ張るようにして開いた。手のひらに、石があった形の赤い跡が残っていた。

地面に座った。

砂が熱かった。それでも立てなかった。

空を見た。空は何もしなかった。

集団のいる方角は、来た道を戻ったところにある。しかし来た道は記憶の中にしかなく、その記憶が揺れていた。三日間の足跡は砂に消えている。風が均した。横から来た風が。

その者は立ち上がった。

倒れそうになった。倒れなかった。

一歩、踏み出した。どちらの方角かは、あとで考えることにした。考えるための言葉は持っていなかったが、体が先に動いた。

第二の星

この五年間、乾いた風が吹き続けた。

草の根が細くなり、獣が移動した。獣が移動したから、人も移動した。しかし移動した先にも、同じ乾いた地面があった。集団の中の者たちが順番に痩せていき、子供たちから先に骨が目立ち始めた。何人かは戻らなかった。戻らなかった者を探しに行った者も、戻らなかった。

集団の緊張は獣の緊張に似ていた。水の少ない場所に複数の獣が集まったときの、あの横腹に力が入る感じ。目が細くなる感じ。別の集団との距離が、この五年で縮まっていた。距離が縮まったのは、どちらも同じ水場に向かったからだ。どちらも、他の水場を知らないからだ。

夜は冷えた。干ばつの夜は不思議なほど冷えた。焚き火のそばに体を寄せる数が増え、端に座る者は震えた。震えながら眠り、眠りながら咳をした。咳が止まらない者が二人いた。

それでも朝は来た。

来た朝に、また誰かが立ち上がった。

立ち上がることに、理由はなかった。立ち上がるから立ち上がる。それだけだった。

与えるもの

横から吹く風に、匂いを乗せた。

その者の鼻がそちらを向いた。しかし言葉がなかったから、方向は体の中で溶けた。

風が何かを伝えようとする、という考え方を、この者はまだ持っていない。次に渡すべきは、その考え方そのものかもしれない。あるいは、考え方ではなく、もっと単純な何かかもしれない。渇きが先か、道が先か。

伝播:NOISE 人口:258
与えるものの観察:手のひらに残った跡だけが証拠だった
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第1259話

紀元前293,715年

第二の星とその者(28〜33歳)

岩盤の割れ目から水が消えた。
五年前から始まっていた。
草の根が浅くなり、泥が粉になり、獣の足跡が少しずつ遠くへ移った。
集団の半分が川の上流に移り、残りは岩場の陰に留まった。
旧人の群れが二度、丘の向こうに姿を見せた。遠かった。しかし遠くなかった。

その者は岩場の端に座っていた。
膝を抱え、顎を膝の上に乗せて、何時間でもそうしていられた。
腹が鳴った。無視した。
また鳴った。無視した。

干ばつが三年目に入ったころ、子どもたちが地面を舐め始めた。
塩の味がする場所を知っていた。誰かが教えたのではない。みんな知っていた。
その者は見ていた。子どもたちを見て、地面を見て、また子どもたちを見た。

ある夜、風が東から吹いた。
乾いた風のはずだった。しかし何かが混じっていた。
濡れたものの匂いではなく、濡れたものがかつてあった場所の匂い。
苔の記憶のような、泥の裏側のような。

その者の鼻が動いた。
口が半分開いた。

立ち上がらなかった。
座ったまま、その方向をしばらく向いていた。
それだけだった。
しかし翌朝、その者は東の方角の岩を一つ持ち帰った。
理由は分からない。岩に匂いはなかった。
それでも持ち帰って、寝る場所の横に置いた。

旧人との緊張が高まったのは四年目だった。
食料が消えると、境界線も消える。
丘の向こうの群れが昼間に現れた。七人か八人。
集団の男たちが石を持って出た。その者も石を持って出た。
向こうも石を持っていた。
誰も投げなかった。
長い時間、互いを見ていた。それから向こうが戻った。

その夜、その者は何も食べなかった。
東の方角の岩を手の中で転がした。
重かった。それだけだ。重かった。

五年目、雨が戻った。
一度ではなく、二度、三度と続いた。
草が戻り、獣の足跡が近くなった。
子どもが三人生まれ、老いた者が一人、歩いたまま戻らなかった。

その者は岩を持ったまま川に入った。
膝まで浸かって、流れの速さを手のひらで感じた。
岩を水の中に沈めた。
手を離さなかった。
しばらくそのまま立っていて、それから岸に戻り、岩を乾いた地面に置いた。

置いた場所は東向きだった。

与えるもの

風にその匂いを乗せた。
この者の鼻が動いた。立たなかった。しかし岩を持ち帰った。

岩に何があるか、この者は知らない。私も断言しない。
ただ、翌朝に東を向いて岩を選んだ。
渡ったかどうかではない。
この者が翌朝、東を向いた。それを見た。

外れた石。握る形のまま開かない手。その記憶がある。
渡したものが届かなかった記録が、どこかにある。
だから渡す。一歩だけ先を。
次に渡すのは、水の向こうに何があるかではなく、水の向こうへ向かう体のことだ。

伝播:SILENCE 人口:279
与えるものの観察:岩を川に沈め、手を離さなかった
───
第1260話

紀元前293,710年

第二の星

乾季が終わらなかった。

草原の端まで行っても、緑は岩の割れ目に一筋あるだけだった。空は白く、雲が積み上がっても雨を降らさずに崩れた。地面を掘ると砂が続き、砂の下も砂だった。

集団の中で最も年老いた者が、三日前に川床の泥の上で倒れた。泥ではなく、干上がった砂の上で。足が途中で止まり、膝をついて、そのまま前に傾いた。誰も抱き起こす前に砂が体温を吸った。集団はしばらくその場所を見ていた。それから離れた。

旧人の群れが西から来た。

七体。大きな額の下に深く窪んだ目。肩幅が広く、腕が長かった。彼らの集団も水を探していた。それは足跡が教えた。直線ではなく、低地を辿る曲がった跡。水の在り処を嗅ぎ当てる動き方だった。

集団の若い男が石を持って立ち上がった。旧人の群れはその者と目が合い、止まった。

誰も動かなかった。

風が吹いた。砂が地面を滑った。旧人の中で一番大きな体の者が、ゆっくりと顔を横に向けた。東の方角だった。岩肌が黒ずんでいる場所、地下水が滲み出ることがある地形。旧人はそこを知っていた。

集団のいくつかの目が、その視線を追った。

旧人の群れは向きを変えて歩き始めた。集団は追わなかった。しかし石を持った男は、しばらく東の岩肌を見ていた。それから石を下ろした。

その夜、集団の中で三人が東の方角に向かった。旧人の跡ではなく、自分たちの足でその岩を目指した。夜明け前に戻り、皮の袋に水を入れて持ち帰った。少量だった。しかし水だった。

知っていた男は翌朝、目を覚まさなかった。袋の水を最後に飲んだのは別の者だった。

与えるもの

岩肌の黒ずみに光を落とした。日が傾く角度で、濡れた石だけが鈍く光る。

その者は眠っていた。群れの端で丸まって。

渡せなかった。それとも、渡さなかった。水は届いた。この者の口には届かなかった。届かせるべきだったのか。届かなかったことで、この者は次の朝も眠り続けた。次に渡すべきものは、まだ見えない。見つけたとき、この者は目を開けているか。

その者(33〜38歳)

集団が騒ぐ音を聞いた。石が打ち合う音も。皮の袋が水を揺らす音も。

起き上がれなかった。腹が空洞だった。土の匂いがした。砂ではなく、土の匂いが。どこかで水が動いている。そう思って目を開けた。空が白かった。

また閉じた。

伝播:HERESY 人口:279
与えるものの観察:光は届いた。この者の目は開かなかった。
───
第1261話

紀元前293,705年

第二の星

大地の東、乾いた台地が続く。亀裂が走り、その縁に細かな砂が積もっている。風が吹くたびに砂は動き、また戻る。台地の西側には低木の林があったが、今は幹だけが残っている。葉は枯れ落ちて、地面に粉のように散った。

北の平原では、別の集団が移動している。足跡が砂の中に残り、また砂に埋もれる。彼らは川の源流を探して歩いている。子供が三人、後方でついてくる。母親の一人が立ち止まり、空を見上げた。雲はない。

南の海岸線では、磯の岩場に人影がある。旧人と、現在の人類の子孫にあたる者が、同じ岩の上に座っている。互いに言葉を持たず、互いに相手を見ない。ただ潮が満ちるのを、同じ方向を向いて待っている。岩の表面は湿り、海藻が張りついている。

集団の中で、呼び名が変わりつつある。かつて「赤い岩のそば」と呼ばれていた場所は、今は誰もそう呼ばない。岩は割れ、赤さは砂に混じった。場所の名が消えるとき、その場所を覚えていた者の記憶も薄くなる。

与えるもの

この者の体温が下がっている。腕の内側、血管の走るところ。そこに光を落とした。細い光。朝の斜めの光が一瞬、その場所だけを照らした。

この者はその光を見た。見て、腕を動かした。しかし別のことに使った。光があった場所を搔いた。虫がいると思ったのかもしれない。

渡したのは温かさへの注意ではなかったのか。では次に渡すべきものは何か。温かさそのものではなく、冷たさの手前にある、まだ選べる瞬間を——。

その者(38〜43歳)

水場まで歩いた。

川床に水はなかった。泥だけがあった。両手で泥を掘った。指の間から泥が戻ってくる。また掘った。指先が砂の層に当たった。砂を横に払った。また泥。また砂。

立ち上がった。

腕の内側に光が当たった瞬間、止まった。何かがそこにあったわけではない。虫もいなかった。搔いた後、何もいなかった。

戻る道に、枯れた低木の枝が落ちていた。踏んだ。折れる音がした。

集団の中で、年老いた者がいなくなってから、夜が変わった。説明できない。ただ火のそばに座るとき、向かいに誰もいないことが、以前とは違う何かだった。

その者の子が泣いていた。腹が空いていた。その者は子を抱いた。乳はほとんど出なかった。子は吸い続けた。その者は空を見なかった。地面を見ていた。

夜、風が変わった。

乾いた南からの風が止み、北の方から別の風が来た。湿り気はなかった。しかし温度が違った。

その者は目を開けたまま、その風の中にいた。

知りすぎた者が消されるとき、それはまだ先のことだった。しかし集団の中で、その者を遠ざけて見る目が増えていた。理由は言葉にならない。何かが違う、という感覚だけが、他の者の間にあった。

その者はそれを知らなかった。

知らないまま、子の背中を叩き続けた。子の泣き声が止んだ。その者は子を置き、また地面を見た。

伝播:HERESY 人口:279
与えるものの観察:腕の光を虫だと思った。次は冷たさの手前を。
───
第1262話

紀元前293,700年

その者(43〜48歳)

水が戻ってきた年に、その者は走ることができなくなった。

足ではない。腕でもない。ただ何かが、胸の内側で止まった。それ以前にも走らなかったが、走れないことと走らないことは違う。その者はそれを知っていた。言葉は持っていなかったが、体は知っていた。

集団は大きくなっていた。雨が続き、低地に水が溜まり、草が密に生え、獣が戻ってきた。腹が膨れる夜が増えた。子が生まれ、また生まれ、泣き声が重なった。かつて七人しか眠らなかった岩陰に、今は二十人近くが体を寄せた。温もりが濃くなった。匂いが濃くなった。

その者は岩陰の端に座った。

子どもたちが走り回る。その者は目で追った。速い。あの子は速い。あの子はまだよろける。細い足が草の上を叩く音が聞こえた。その者は自分の足を見た。踵が乾いていた。土がひびに入り込んでいた。

誰かが肉の切れ端を投げてよこした。その者は受け取った。噛んだ。固かった。奥歯がない側で時間をかけて潰した。飲み込んだ。腹は満たされた。それだけだった。

ある朝、集団の若い者たちが揉めた。

声が高くなり、身振りが大きくなった。押した。押し返した。二人が転がり、一人が岩に頭を打ち、しばらく動かなかった。その後また動いた。それで終わった。

その者は見ていた。

何を見ていたのかは分からない。ただ見ていた。集団の誰かが、その者の方を向いた。何かを言いたそうな顔をした。しかし言わなかった。視線を外した。その者はまた元の方向を向いた。

集団の中で、その者を指差す者が出てきたのは、その頃からだった。

声を潜めて。身振りを使って。目だけで意味を伝えるようにして。その者には聞こえていた。聞こえていたが、言葉にならないから、何を言っているのか分からなかった。ただ、向けられる目の圧が変わった。暖かくなかった。

ある夜、その者は眠れなかった。

空が澄んでいた。星が多かった。その者は空を見上げた。見上げながら、何かを感じた。うまく言えない。言葉がないから言えないのか、言葉があっても言えないのかも分からない。ただ何かが胸に触れた。重くはなかった。指の先ほどの、小さな、温度だった。

その者は手を胸に当てた。何もなかった。手を下ろした。また空を見た。

集団の端で、一人の男が立っていた。その者を見ていた。その者も男を見た。男は視線を外さなかった。その者も外さなかった。長い時間ではなかった。ただ、それで何かが決まったように、男は体の向きを変えた。

翌朝、その者は集団の中にいなかった。

岩陰に姿がなかった。誰も探しに行かなかった。子が泣いた。誰かが火に枝を足した。草が風に揺れた。

その者は台地の北の縁の近くで見つかった。ずっと後に、別の者が偶然通りかかって見つけた。倒れていたのではなかった。座ったままだった。膝を抱え、空の方向を向いたまま、そのままで固くなっていた。

第二の星

豊かさの中に緊張が生まれる。

これは何度も見てきた。水が戻り、実が膨らみ、子が増えるとき、集団の端に座る者が生まれる。余裕があるから排除できる。ぎりぎりの冬には、全員が必要だった。草が豊かな夏に、余分な者が生まれる。

始まりの大地の北半分では、雨期が長く続いていた。川が氾濫し、低地が湖になり、その縁に草が繁茂した。獣が集まり、鳥が巣を作り、魚が溜まった。集団はいたるところで大きくなっていた。

大陸の西の海沿いでは、別の集団が岩場に沿って移動していた。潮の引いた後に貝を拾い、干した魚を石の下に隠した。そこでも子が生まれた。

南の乾いた高地では、火を囲む者たちが夜通し声を出し合っていた。何かを繰り返す声。意味があるのかないのか、それはこの星にも分からない。ただ声は長く続き、夜明けまで消えなかった。

この星は何も判断しない。集団が大きくなることも、誰かが端に追いやられることも、ただ照らす。

始まりの大地の北の縁で、一つの体が座ったまま固くなった。空の方向を向いていた。星が出ていた夜の翌朝だった。

集団はすでに別の場所にいた。

与えるもの

夜、星の光がその者の手の上に落ちた。

その者は手を胸に当てた。

何もなかった、とその者は思っただろう。しかし何かを渡した。名前もない、形もない、それでも確かに温度を持った何かを。

その者が受け取ったかどうか。空を向いたまま固くなった体が答えだとしたら、わたしには読めない。

次に渡すべきものが、また一つ増えた。それだけは分かる。

伝播:HERESY 人口:345
与えるものの観察:手を胸に当てた。何もなかったと思っただろう。
───
第1263話

紀元前293,695年

第二の星とその者(48〜53歳)

乾いた季節が終わった翌年、雨が来た。

水が戻ってきた。泥が戻ってきた。草が戻ってきた。それだけのことが、集団の者たちを変えた。腹が満ちる日が増えると、声が増えた。声が増えると、押し合いが増えた。水場の近くで誰かが倒れた。翌朝その者はいなかった。誰も探しに行かなかった。

その者は、その一部始終を遠くから見ていた。

脚は動く。ただ、速くは動かない。若い頃のように石を追いかけることはない。岩の上に腰を下ろし、眼だけが動く。集団の端にいた。端にいることに慣れていた。それが居場所だった。

乾燥した高地の斜面に、旧人の集団が現れたのはその年の半ばだった。

背が低く、眉骨が張り出していた。声は出した。ただその声は、その者が知っている声と少しだけ違った。子音が重なる場所が違う。笑い声に似た音が、怒りのときに出た。集団の若い者たちは石を持った。長老格の女が腕を広げた。石は投げられなかった。旧人の一人が枯れた枝を地に置いた。その場は収まった。

その者はそれを岩の上から見ていた。

夜、火の周りで声が上がった。旧人のことを話しているのかどうか、その者にはわからなかった。声の高低だけが聞き取れた。低い声が長く続くときは、決めていることがあるときだとその者は知っていた。理由はわからない。ただ、そう感じていた。

翌朝、旧人の姿はなかった。

その者の腰に古い傷がある。何年前のものかは覚えていない。引きつれた皮膚が乾燥すると痛んだ。雨が降る前に痛む。天気がわかった。それだけのことだったが、集団の者がその者の顔を見るようになっていた。何かを聞こうとしているような目で。その者は答えなかった。答えを持っていなかった。ただ、腰を押さえて立ち上がった。

集団の緊張は季節が変わっても続いた。

旧人の集団は消えていなかった。低地の川沿いで火の跡が見つかった。若い男が三人、石を持って川へ下りていった。長老格の女が止めなかった。その夜、二人だけが戻った。一人の首に引っかき傷があった。もう一人の目が見えなくなっていた。何があったかを声で伝えようとしたが、言葉が足りなかった。腕を振り回し、転び、また立ち上がるような動きをした。それで伝わった。

三人目は戻らなかった。

その者は夜の火から少し離れたところに座った。以前は火の近くにいた。腹を温めるために。今は遠くから見ていた。火が人を作るような気がした。正確にはそう思っていない。言葉がないから思えない。ただ、火の側にいる者たちの顔が変わって見えた。それだけだ。

集団の内部で何かが決まろうとしていた。

長老格の女が、その者の方を見た日があった。その者の目が合った。女は何かを言った。その者には意味がとれなかった。ただ女が、もう一度同じことを言った。短い音だった。同じ音が二回。その者は頷いた。何に頷いたのかわからなかった。

それから三日後、若い男が二人、その者の後ろについてきた。

その者が水を汲みに行くとき。その者が岩の上に座るとき。その者が斜面を降りるとき。どこへ行っても二人がいた。最初はそれが何なのかわからなかった。四日目に、男の一人が腕を掴んだ。力は強くなかった。ただ放さなかった。

その者は抵抗しなかった。

奥の岩の窪みに連れて行かれた。日が落ちてから。火明かりの届かない場所だった。その者は暗い中で岩の感触だけを感じていた。冷たかった。体のどこかが痛かった。どこかはわからない。全部が少しずつ痛かった。

夜が明けた。

その者はまだ息をしていた。

岩の隙間から光が入った。細い光が、その者の左の手の甲に落ちた。ちょうどそこに、長い傷がある。昨日できた傷ではない。もっと古い傷だ。いつできたか覚えていない。その者は傷の上に落ちた光をじっと見た。

動けたが、動かなかった。

光が移動した。傷から離れて、岩の壁を上がっていった。その者の目がそれを追った。壁の上の方に、前から知っている模様があった。誰かが何かで引っかいた跡だ。その者が生まれる前からそこにあった。線が二本、交差している。それだけだった。

その者は、その線に光が届くのを待った。

光は届かなかった。

その者は出て行った。

誰もいなかった。男たちもいなかった。火の跡だけがあった。燃えかすが風に飛んで、その者の足に当たった。温かかった。まだ少し温かかった。

集団はいなかった。

その者は斜面を登った。頂に出た。遠くに点のような影がいくつかあった。動いていた。その者は動かなかった。影が小さくなっていった。やがて見えなくなった。

その者は斜面を降りた。

川べりに、食べられるものがあるかどうか、確かめるために。

与えるもの

光を、傷の上に落とした。

その者は傷ではなく、その先の壁を見た。

線が二本、交差している。その者はそこに何かを見ようとしていた。光が届かなくても、見ようとしていた。

それが何であるかは、この者が決めることだ。

渡せたかどうかはわからない。ただ、次に渡すべきものが少しだけ変わった気がする。

光ではなく、もっと長く残るものを。

伝播:HERESY 人口:342
与えるものの観察:傷に落ちた光。その先の線を見ようとした。
───
第1264話

紀元前293,690年

第二の星

雨季が来た年、集団のなかの一人が消えた。

消えたというのは、ある朝いなくなったということだ。足跡は北に続いていた。泥の上に深く沈んだ踵の跡が、草の縁まで続いて、消えた。追いかけた者は三人いた。夕方に二人が戻った。一人は戻らなかった。

もともと集団のなかに、別の輪郭をした頭蓋の者たちがいた。眉の出っ張りが違う。顎が前に突き出ている。指の節が太い。それだけの違いだった。一緒に火のそばに座った。同じ水を飲んだ。子どもたちは区別をしなかった。

しかし何かが変わり始めていた。

雨が来た季節の後、食べ物が増えた。群れをなす獣が戻ってきた。川に魚が戻ってきた。草の実が稔った。それまで飢えで誰もが小さくなっていたのが、少しずつ戻ってきた。体が戻れば、声が大きくなった。声が大きくなれば、争いが増えた。

輪郭の違う者たちは端に追いやられた。端というのは、火から遠い場所だ。夜が冷える季節に、火から遠い場所は長く眠れない。眠れない体は、次の日の動きが鈍い。鈍い体は、獲物を取れない。取れない者は、食べられない。

循環は単純だった。

その過程で三人が消えた。うち一人は水辺で見つかった。うつ伏せに倒れて、水に半分浸かっていた。傷が背中にあった。

残りの輪郭の違う者たちは、北へ向かったようだった。

集団の数は変わらなかった。消えた分、子が生まれた。生まれた子は、輪郭の似た者たちの子だった。同じ頭蓋の形。同じ額の傾き。

高地では風向きが変わっていた。北からの乾いた風と、南からの湿った風がぶつかる場所に、霧が出るようになった。朝の低い草地が白くなった。動物たちは霧の端で立ち止まり、匂いを嗅いだ。集団の者たちも同じことをした。立ち止まって、鼻を動かした。霧の向こうに何があるかを確かめようとした。

第二の星は照らす。その先に何があるかは言わない。

霧が晴れると、草地に蹄の跡が残っていた。獣は夜のうちに通ったのだ。集団の若い者が跡を指でなぞった。深さを確かめた。新しい跡だと分かった。それだけのことが、その者の顔を変えた。

与えるもの

朝の霧が晴れた後、草の上に光が落ちた。

特定の一株に、他より長く光が当たった。葉の形が違う草だ。水辺でなく、乾いた場所に育つ。根が深い。

その者は光の草の前を通り過ぎた。

他の者が踏んだか。あるいはまだ時ではないか。次に渡すなら、根のことを示すべきか。踏まれた後の土でも、根は残る。

その者(53〜58歳)

火の近くにいる。

小さな体で、炎の端を見ている。揺れるたびに、目が揺れる。隣の者が動けば、その方向を見る。声がすれば、首を向ける。

霧の朝、外から声が来た。大きな声だった。

体が縮んだ。しかし泣かなかった。

炎を見た。また炎を見た。

伝播:NOISE 人口:357
与えるものの観察:光を落とした草を、この者は通り過ぎた
───
第1265話

紀元前293,685年

第二の星

乾いた台地の南端、赤い土の上に草が戻ってきた年。雨は少なかったが、枯れなかった。

小さな集団が、水場の近くに留まっている。動かないのではない。動けるが、動かないことを選んでいる。それだけのことだ。

同じ大地の東の端では、別の集団が岩棚の下に寝ている。彼らの皮膚の色はこの集団とわずかに違う。顔の形も違う。しかし同じ火の周りに座ることがある。言葉は違う。身振りは重なる。どちらが先にそうしたか、この星は知らない。

北の丘の向こうには、この集団とは違う体つきの者たちがいる。眉の骨が厚く、手が大きい。声を出す。火を使う。子を抱く。この星にとって、それ以上でも以下でもない。

ある夜、雷が落ちた。平原の草が燃えた。風が変わり、炎は東へ進んだ。東の集団はそれを見ていた。この集団も見ていた。どちらも逃げた。どちらも戻った。

火が消えたあと、二つの集団は同じ場所に立っていた。

それだけだ。

与えるもの

火の匂いが残っていた。

その匂いが、この者の鼻に届いた瞬間——風がわずかに向きを変えた。燃えた草の方角から、焦げた木の幹のある方角へ。

その者は鼻を持ち上げた。

炭になった幹に、割れ目があった。割れ目の縁は鋭かった。

この者はそれに触れた。指を引っ込めた。血が出た。

これ以上でも以下でもないのかもしれない。しかしあの者は——指を見た。しばらく、指を見続けた。痛みのあとに来るものを、この者は待っていた。それが何かを、この者はまだ知らない。次に渡すべきものは、その「待つ」という時間の中に、あるかもしれない。

その者(58〜63歳)

炎が遠ざかったあと、草の匂いが変わった。

その者は地面に座っていた。膝を抱えていた。群れの中で一番小さい体で、一番端に座っていた。

誰かの足が近くを踏んだ。その者は顔を上げなかった。

朝になった。

焦げた野原を、大人たちが歩いた。その者もついていった。歩幅が合わなかったので、小走りになった。

黒い地面。白い骨。誰のものかわからない骨。獣のものだと誰かが声を出した。その者にはその言葉の意味がよくわからなかったが、大人の足が止まらなかったので、止まらなかった。

炭になった木の幹があった。

風が変わった。

その者は鼻を上げた。何かを嗅いだ。匂いがそこから来ていた。幹の方に歩いた。割れ目があった。手を伸ばした。

痛かった。

指を見た。赤い線が出ていた。

その者はしばらく動かなかった。泣かなかった。ただ指を見た。指先の血が丸くなって、落ちた。

地面に落ちた赤い点を、その者は見た。

また見た。

また見た。

誰かが呼んだ。その者は立ち上がった。炭の粉が足の裏についた。

歩きながら、また指を見た。

伝播:SILENCE 人口:375
与えるものの観察:待つ時間の中に、次があるかもしれない。
───
第1266話

紀元前293,680年

その者(63〜64歳)

朝が来るたびに、体は少しずつ小さくなった。

皮の下に骨がある。その者はそれを知っていた。触れれば分かる。膝の、肩の、顎の。脂が薄くなると骨が近くなる。ここ数十日で、ずいぶん近くなった。

水場の縁に座っている。膝を抱えるほどの力は、もうない。両脚を前に投げ出して、両手を後ろについて、ただ座っている。水は静かだった。風がなかったから。

集団の子供が一人、その者の横を走り抜けた。声を出した。高い声だった。その者は顔だけ向けた。首が重かった。

――水面に、光が差した。

午後の光が、水の一点に落ちた。揺らいでいた。その者の目がそこに留まった。何かを見ていた。あるいは見ていなかった。目は開いていた。

光の点が動いた。

その者は口を少し開けた。音にはならなかった。ただ、空気が出た。

体が横に傾いた。ゆっくりと。誰かが押したわけではなかった。赤い土の上に、肩が触れた。耳が地面に着いた。地面の底から、遠くの蹄の音がした。あるいはしなかった。

目は開いたままだった。水面の光を映していた。

やがて映さなくなった。

第二の星

乾燥した台地の北、旧人の二人が同じ水場から水を飲んでいた。同時に。互いを見ず、離れず。集団の縁で、別の子供が泥の中に棒を差し込んでいた。深く。抜いた。また差した。水場の南では、女が皮を石で叩いていた。叩くたびに音が響いた。乾いた音だった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SPREAD 人口:393
与えるものの観察:水面の光が届いたか、届かなかったか。
───
第1267話

紀元前293,675年

その者(14〜19歳)

火は赤く、低かった。

その者は太い枝を一本、ゆっくりと押し込んだ。炎が横に広がり、煙が顔に来た。目を細めたが、退かなかった。火の番はそういうものだと知っていた。教わったのではない。体が知っていた。

岩の窪みの奥で、小さな体が三つ、重なって眠っていた。一番小さいのは歩けるようになったばかりで、昨日から咳をしていた。その者は時々そちらを振り返った。胸が動いているか確かめるように。

夜は深く、風がなかった。

草むらの向こうで何かが動いた。獣の匂いではなかった。違う。その者は立ち上がり、枝を一本手に持った。炎の光が届かない場所に、影のような輪郭があった。

二つ。

その者は声を出さなかった。出してはいけないと、これも体が知っていた。眠っている三つの小さな体。咳をする一番小さいもの。

影は動かなかった。

その者も動かなかった。

長い時間が経った。影は草の中に溶け、消えた。その者は立ったまま、朝まで火を見ていた。

翌朝、集団の中の年嵩の者たちが何かを話し合っていた。その者には全部は分からなかった。しかし繰り返し出てくる音があった。その音が誰かを指しているとき、視線がこちらに来た。

その者は火の番を続けた。

三日後、その者は水を汲みに行った。いつも行く場所とは違う方向を、誰かに言われたから。その道は崖の際を通っていた。

足元の石が、ずれた。

声を出す間もなかった。落ちる体が空気を切る音だけがあった。底の岩に体がぶつかり、それから何もなかった。

崖の上では、水を汲む者が一人も来なかった。風が草を揺らすだけだった。

第二の星

五年が過ぎた。

始まりの大地は乾きの後に戻った。川は細くなり、また太くなった。草が枯れ、芽吹いた。獣の群れが移り、戻った。大地はそのすべてを繰り返した。

人々はその繰り返しの中で減り、また増えた。乾きの年に消えた顔がある。生まれた顔がある。どの顔も大地には残らない。

集団の中に緊張がある。外から来た体の大きな者たちと、この場所に長くいた者たちの間に、空気のようなものが積もっている。言葉にならない。しかし体は知っている。食べ物が少ないとき、その積もりは重くなる。

誰かが多く知っていることは、時に危うい。夜の影を見た者。集団の動きを読む者。火を長く守る者。それが若く、まだ十分に力のない体であるなら、なおさらだ。

崖の下で体が冷えていく間、上では何事もなかったように火が燃えていた。小さな三つの体は咳をしながら、誰かが来るのを待った。

この星はそれを見ていた。善いとも悪いとも言わない。

そういうことが起きた、と照らすだけだ。

与えるもの

糸が繋がった。

夜の草むらの動きに、熱が落ちた。その者は立ち上がった。

受け取った。正しく。だから生き延びた、その夜は。

水場への道で、光が変わった。地面の石の色が、一瞬だけ違って見えるはずだった。

この者は歩いた。

次に渡すべきものは、何だったのか。崖の手前で立ち止まる重さだったのか。あるいはそれよりずっと前に、もっと別の何かがあったのか。私はまだ、渡すことと届くことの間を測れない。

伝播:HERESY 人口:390
与えるものの観察:夜は受け取った。昼は届かなかった。
───
第1268話

紀元前293,670年

第二の星とその者(19〜24歳)

乾いた季節が来て、乾いたまま終わった。次の雨季は短く、草が立ち上がる前に土が割れた。丘の南斜面、低木が束になって倒れ、根が空に向いていた。

その者は火を守っていた。

岩の窪みに熾火を置き、その周りに湿った葉を重ねた。煙は細く、白かった。子どもたちが三人、少し離れたところで眠っていた。起きている者と眠っている者の間に、ちょうどその者がいた。

北の群れが近づいてきたのはその年の終わりだった。体格が違う。眉の骨が張り出し、声が低い。恐れるべきかどうか、集団の長老たちは何日もかけて決められなかった。

その者はそのあいだも火を守った。

朝、熾火の灰を払うとき、下から橙色が滲んだ。息を吹きかけた。炎は出なかった。もう一度。今度は細い草の茎を差し込んで、息を吹いた。先端が赤くなった。そこに指先ほどの木屑を乗せた。

燃えた。

集団の中で、その者だけが毎朝この作業をしていた。誰も教えなかった。見て、やった。失敗して、またやった。火が死ぬのが嫌だった。それだけだった。

丘の上で、北の群れの者たちが何かを話していた。声の輪郭は届いたが、言葉にならなかった。集団の男たちが岩を持ち始めた。その者には関係ない場所で、それは起きていた。

夏、水場が一つ干上がった。

その者は残った水場の縁に座り、水面に映る空を見た。どこかで鳥が鳴いた。その声が終わる前に、水の底のほうから冷たさが足に届いた。知らず知らず、水の深い側に足を伸ばしていた。

冷たさは、底からきた。

その者は立ち上がり、水場の縁をゆっくりと歩いた。ぐるりと回った。反対側に来たとき、冷たさはまだそこにあった。翌日、集団の者たちをそちらへ連れて行った。言葉はなかった。ただ先に歩いた。

ついてきた者がいた。

北の群れとの緊張は秋に頂点に達した。石が飛んだ。声が重なった。集団の若い男が一人、腕を押さえてうずくまった。血が出た。その後は静かになった。静かすぎた。

その者は知っていたわけではなかった。ただ、見ていた。

集団の中で何かが変わり始めていた。水場の場所を知っていた者。火を絶やさない者。それは少しずつ、視線を集めた。その視線が何を意味するかを、その者は言葉にできなかった。

知りすぎた者が消される、という仕組みは、まだ誰の言葉にもなっていなかった。それでも、仕組みは動いていた。

冬の夜、熾火の前で子どもが一人、咳をした。長い夜だった。その者は火を大きくしようとして、枝を足した。煙が増えた。子どもが目を覚ました。泣かなかった。その者と目が合った。

その目は、何かを言っていた。言葉ではなかった。

翌朝、その者は谷の縁に連れて行かれた。集団の男たちが後ろにいた。前には何もなかった。谷だけがあった。

その者は振り向かなかった。

与えるもの

熾火の中心、灰の下に光が残っていた。

息が届く前に消えると思った。

届いた。

伝播:HERESY 人口:386
与えるものの観察:火は死ななかった。それだけが残った。
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第1269話

紀元前293,665年

第二の星

赤道から北に走る台地の縁、乾いた岩盤が露出して白く光っている。

雨季が二度、短かった。三度目は来なかった。草が枯れ、根だけが残り、風が吹くたびに細かい砂が舞った。台地の東側では小さな集団が水場を巡って押し合い、一人が斜面から落ちた。戻らなかった。西側では別の血筋の者たちが来て、しばらく距離を置き、やがて同じ火の周りで眠った。どちらがどちらに近づいたのかは、もうわからなくなっている。

北の低地では湿った空気がまだ残っていた。大型の獣の群れが水を求めて移動し、それを追う者たちがいた。追いながら何かを叫んでいた。叫びが合図になり、合図が次第に形を持ち始めていた。

台地の上では子どもが三人死んだ。腹が膨れたまま動かなくなった。その翌月、二人が生まれた。

集団の縁では、来た者と元からいた者が隣り合って座っていた。言葉は違った。しかし火は同じだった。

与えるもの

台地の縁に生えている低木の、枝が一本だけ上に向いていた。他はみな風で横に曲がっていた。その枝の先に、朝の最初の光が当たった。

その者は光を見た。それから低木に近づき、枝を折った。

折ったことが良いのか悪いのかは問わない。ただ、手が動いた。次に渡すなら——棘のある方の枝か、それとも皮のついたまま火にくべたときの煙の色か。まだわからない。

その者(24〜29歳)

枝を手の中で回した。

皮が薄く剥けた。白い部分が出てきた。その者は白い部分を舌で舐めた。苦くなかった。もう一度舐めた。

折れた端を地面に押しつけた。刺さらなかった。岩の角で削った。削った粉が手のひらに積もった。払った。また削った。

尖ったものができた。

その者はそれを持って、火の近くに戻った。幼い子が眠っている。腹に手を当てて、子の呼吸を確かめた。温かかった。

夕方、来た者たちのうちの一人がその者の手にある枝を見た。何か言った。その者には聞き取れなかった。その者は枝を差し出した。相手は受け取らなかった。

夜、その者は枝を火の傍に置いて寝た。

朝、枝はまだそこにあった。その者はそれを拾って、また削った。

伝播:DISTORTED 人口:404
与えるものの観察:折ったことを問わない。手が動いた。それだけだ。
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第1270話

紀元前293,660年

第二の星

雨が戻ってきた。

台地の上に、まず匂いが来た。乾いた岩が水を吸う前の、埃と鉄が混ざったような重さ。それから風が変わった。南から来ていた風が東に向きを変え、湿った何かを運んできた。草の根が残っていた地面が、数日のうちに緑の細い線を出し始めた。

赤道から北に延びる台地全体に、その年の雨は均等に降った。水が溜まりやすい岩盤の窪みに獣の足跡が集まった。蹄の跡、爪の跡、人の足の跡が重なって、泥の中に記録のように残った。川は三つ、水量を取り戻した。一番大きな川の岸辺には、葦が密生し始め、その根に巻きつく軟体の生き物が増え、鳥が戻った。鳥の群れが朝ごとに川面を覆い、また散った。

集団は食べた。前の乾季に削れた体が、少しずつ厚みを取り戻した。子が増えた。産まれる速さが、死ぬ速さを上回った。集団の縁に住んでいた年老いた者たちが奥に入り、若い者たちが外に広がった。水場の周りに仮の寝床が作られ、そこが定まった場所になっていった。

しかし豊かさは摩擦を作った。

水場から上流、岩が橋のように川を跨ぐあたりで、別の集団の足跡が見つかった。泥に押されたそれは深く、体の大きな者のものだった。腕の長い、額の張り出した、しかし同じように火を持ち、同じように子の鳴き声を持つ者たちの痕跡だった。岩の上に残った赤い跡が、その夜の出来事を示していた。何が起きたかを詳しく知る者は、翌朝いなかった。

集団の中に、緊張が蓄積し始めた。

余裕があるときほど、差が見える。食べ物を多く持つ者と少ない者。子が育つ者と育たない者。水場に近い寝床と遠い寝床。それまで曖昧だった境界が、豊かさの中で輪郭を持ち始めた。誰が中心にいるか。誰が外にいるか。その問いが、毎日の行動の中ににじんだ。

火の番をする者は、集団の奥にも外にも属していなかった。火は全員のものだ。しかし火の番は特定の者がする。その者が何を見たか、何を知っているか。豊かな季節の中で、それが問題になり始めた。

台地の東の斜面では、前の季節に落ちた者の骨が雨で洗われ、岩の間から白い断片を見せていた。獣が骨を一部運んでいた。残ったものに、誰も近づかなかった。

与えるもの

火の周囲に積まれた石の、一番外側の一つ。風がそこだけを冷やした。温度の差がその石をほんのわずか浮かせるように見せた。

その者は手を伸ばし、その石を取った。集団の者たちが、その動きを見ていた。

—— 石を拾ったことが何を変えるか、まだわからない。しかし拾ったことは記憶される。何かが記憶されることと、何かが伝わることは、同じではないかもしれない。次に渡すべきは、もっと小さなものかもしれない。

その者(29〜34歳)

石を持ったまま、動かなかった。

周囲の目が来ていた。その者はそれを体の後ろで感じた。首の毛が立った。石を置けなかった。置くことも、持ち続けることも、どちらかが正しいのかわからなかった。

夜、その者は火の外に座った。内側から弾き出されたように、気づけばそこにいた。

伝播:HERESY 人口:499
与えるものの観察:石ひとつが境界を作った
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第1271話

紀元前293,655年

その者(34〜39歳)

火が、落ちていた。

昨夜から見ていた。枝を足した。灰を払った。しかし朝に目を覚ましたとき、赤いものは岩の隙間にほとんど残っていなかった。

その者は腹這いになり、顔を近づけた。息を吹いた。白い煙が上がった。また吹いた。指先を炭のきわに置き、温かいものがまだあるかを確かめた。

ある。

薄い。しかしある。

細い草を一束、炭の上に静かに乗せた。鼻の高さまで顔を下げ、今度はゆっくり、長く吹いた。草が黒くなり、端が橙に変わり、それが広がった。手を一枚、炭の横に差し込んで風を作った。

火が戻った。

その者は体を起こした。手の甲に熱さが残っていた。

周りでは子らが眠っていた。五人。腹が上下していた。その者は一人ずつ見た。顔。胸。足の裏。傷がないか。虫がついていないか。

一番小さい子が、目を開けた。

その者は声を出した。短い。低い。「ここにいる」と言う音ではなかったが、その意味に近いものだった。子は目を閉じた。

食い物が要る。

その者は立ち上がり、台地の縁まで歩いた。下を見た。草原に朝霧がかかっていた。昨夜の雨の残りが低いところに溜まっていた。遠くに影が動いた。獣か、それとも別の集団の者か、この距離では分からなかった。

その者はしばらくそこに立っていた。

風が来た。台地の下から上がってくる風だった。湿っていた。草と泥と、もう一つ、その者が知らない何かの匂いが混ざっていた。

その者は鼻を動かした。

もう一度、嗅いだ。

下の影は動き続けていた。一つではなかった。三つ、あるいは四つ。同じ方向には向かっていなかった。一つは北へ。残りは東へ。

その者は台地の縁から一歩下がった。

子らのところへ戻り、火の横に座った。膝に両手を置いた。

風の匂いが、まだ鼻の中にあった。

第二の星

台地の上に、五年分の雨と乾きが積み重なっている。

草は戻った。水場も戻った。集団は499の命を抱えて台地に留まり、その多くは食い、眠り、子を作り、子を失い、また作った。半数近くが五歳に届く前に土に還った。しかしそれでも数は増えた。増えた分だけ、空間が要る。食い物が要る。水場の近くに立てる場所が要る。

その緊張は音にならない。声にならない。しかし体の向きに出る。視線に出る。誰かが誰かの水場に近づいたとき、立ち上がり方に出る。

台地の下では、この集団ではない影が動いている。輪郭が似ている。しかし眉の形が違う。顎の張り方が違う。彼らも水場を知っている。彼らも台地の縁を歩く。

共存は言葉ではない。距離だ。どちらも近づかない。どちらも背を向けない。その均衡は、誰かが空腹になるたびに揺れる。

火の番は、その揺れを知らない。知らないまま、子らを見ている。

与えるもの

風の中に混ぜた。

草と泥の奥に、もう一つ。

その者は嗅いだ。二度、嗅いだ。そして台地の縁から下がった。

下がったことが正しかったのかどうか、わからない。しかし下がった。

次に渡すべきものがある。あの影が、また近づいてくる前に。

伝播:NOISE 人口:508
与えるものの観察:風の匂いで一歩退いた。それだけだ。
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第1272話

紀元前293,650年

第二の星

台地の北端では、岩と岩のあいだに昨夜の雨水が溜まっていた。

集団の者たちは眠る前に水を飲み、朝に水を飲み、それ以外のことをあまり考えなかった。豊穣が続いていた。根の多い低木が実をつけ、獣の足跡が泥に深く残っていた。子どもたちは転び、笑い声ではない声を上げ、また立ち上がった。

同じ台地の西の斜面では、別の集団が三日前からそこにいた。肌の色が少し違う。声の調子が少し違う。目が合うと、先に動いた者が勝ちという時間があった。

遥か南では、地面が割れていた。割れ目から蒸気が上がり、草が根ごと浮いていた。そこに人はいなかった。鳥もいなかった。ただ岩が岩の上に落ちる音がした。

台地の北端では、火が小さかった。

その者は火の傍らにいた。集団の中で最も長くそこにいる者のひとりだった。集団の者たちは排除という言葉を持たなかったが、排除という動きを知っていた。遠巻きにされる感触を、その者の皮膚は学びつつあった。

与えるもの

光がそこに落ちた。

岩の縁の、他の岩と接している部分。乾いた苔と、その下の石の隙間。

その者は光の落ちた場所を見た。しばらく見た。それから火の方に向き直った。

隙間に挟まれた乾いた繊維を、その者は火に使えたかもしれない。使わなかった。使わなかったことを、その者は知らない。

次に渡すとき、もっと近くに落とすべきか。あるいは渡す場所を変えるべきか。何人目だろうか。いや、その問いは今は持たない。光を落とせる場所が、まだある。

その者(44歳)

火が赤くなるまで、その者は息を吹いた。

短く。続けて。頬が締まるほど。

赤いものが戻ってきたとき、その者は顔を上げた。煙が目に入った。目が痛んだ。それでも離れなかった。

子どもが一人、寄ってきた。まだ歩き方が不安定な子どもだった。その者は片腕を横に出した。子どもがその腕につかまった。子どもの手が温かかった。

集団の男が二人、遠くからこちらを見ていた。

目が合った。男たちは目を逸らさなかった。その者は逸らした。

火の番は続く。火が消えれば怒られる。火が続けば、怒られない。その者の理解はそこで止まっていた。それ以上を考える言葉を、この者は持っていなかった。

夕方、干した肉の残りを口に入れた。噛んだ。飲み込んだ。

男たちはまだそこにいた。

その者は火と男たちを、交互に見た。火を見るとき、体が少し楽だった。男たちを見るとき、胸の奥が重くなった。その者は胸に手を当てた。何も分からなかった。手を下ろした。

夜になった。火だけが残った。

伝播:HERESY 人口:496
与えるものの観察:光を落とした。届かなかった。また落とす。