2033年、人類の旅

「紀元前293,165年〜紀元前293,045年」第1369話〜第1392話

Day 58 — 2026/05/31

読了時間 約56分

第1369話

紀元前293,165年

その者(24〜29歳)

旧人の群れが丘の向こうに消えてから、もう陽が二度傾いた。

その者は火の傍に座っている。薪ではなく、骨だ。集団が運んできた大きな獣の骨。干ばつで木が減った。骨は長く燃える。誰かが覚えていた。その者ではない。

炎が低くなると、その者は腹ばいになって息を吹き込む。顔に熱が戻ってくる。眉毛の先が焦げる匂いがするが、それを知っていても毎回同じ角度で近づく。

集団の中で三人が病んでいる。腹を抱えて横になっている。その者は彼らの傍には行かない。近づくなと言われたわけではない。ただ行かない。体がそちらに向かない。

旧人の足跡が、今朝の水場に残っていた。大きく、深い。五つ。子供の足跡はなかった。

その者は火に細い骨を一本加える。骨髄が残っていたのか、一瞬炎が高くなる。光が広がって、向こうの岩壁を照らす。岩の影が揺れる。

その者はその影をしばらく見ている。

動いているように見える。獣の形ではない。人の形でもない。ただ揺れている。

その者は座り直す。膝を胸に抱える。火の音だけがある。

旧人の群れのことを考えているのかもしれない。考えていないのかもしれない。その者の顔は火の方を向いたまま、何も変わらない。

骨が崩れる。炎が低くなる。また腹ばいになって、息を吹き込む。

第二の星

乾いた大地が、ゆっくりと戻り始めている年だ。

干ばつは峠を越えた。水場に水が戻り、草が土の割れ目から顔を出した。しかし集団はすでに小さくなっている。飢饉の年に生まれた子の多くは育たなかった。病んだ者が三人いる。そのうち一人はもう食べていない。

旧人の群れとこの集団は、同じ水場を使い始めている。昼と夜で時間を分けているわけではない。ただ鉢合わせを避けている。互いに避けている。言葉はない。目が合うことが、ある。それだけだ。

丘の向こうと手前で、同じ火が燃えている夜がある。どちらの火も骨を燃料にしている。木が減った結果として、同じ方法に至った。それを互いは知らない。

集団の緊張は火の番をする若者の背中にも宿っている。声にはならない。眠りが浅い。病んだ者に近づかない体の判断。足音に耳が立つ。

679という数は、この星の上では非常に小さい。しかし今夜の火の傍では、ひとつの数だ。一人が燃やし続けている炎と、眠っている声と、崩れる骨の音がある。

与えるもの

炎が高くなった一瞬、影の形に光を落とした。

その者は岩壁を見た。しばらく見ていた。それから目を戻した。

それで十分だったのか。わからない。ただ——次に渡すべきものがある、という感覚がある。形はまだない。影を見た目が、次に何を見るか。それを待っている。

伝播:NOISE 人口:686
与えるものの観察:影を見た。目は動かなかった。
───
第1370話

紀元前293,160年

第二の星

丘が乾いている。

草の根が地面から離れて丸まり、風が吹くたびに転がる。水場の泥は割れて、白い縁が立ち上がっている。太陽は傾くが、夜になっても地面の熱が抜けない。

この星の上で、この5年間、乾きは一か所に留まらなかった。

東の低地では、別の群れが水を求めて移動した。岩の多い斜面を越えようとして、三人が戻らなかった。岩を越えた先にいた群れは、来た者たちを遠ざけた。言葉は通じなかった。身振りも通じなかった。石が飛んだ。

北の平原に、旧人の一族がいる。毛が厚く、肩が広い。彼らは水場を知っていた。何代も前から知っていた。その知識は体の動きに染みていて、言葉を必要としなかった。乾きの中でも彼らは動じない。ただ、移動が早くなった。

丘のこちら側では、集団が火を囲んでいる。薪が尽きた後も火は残っている。骨を燃やしているからだ。骨髄が脂を持っている。脂は長く燃える。

誰もそれを教えなかった。ただそうなった。

夜、この星の上で、複数の火が点在している。それぞれが互いを知らない。それぞれが消えないようにしている。

与えるもの

この者と10年になる。

渡したものの数を問うなら、それは問いの立て方が違う。光の落ち方、風の向き、水の匂い。渡したか、届いたか、届いて何かになったか。三つは別のことだ。

今日渡すのは、音だ。

乾いた地面に、小さな動物が走っている。その足音が岩の下でわずかに変わる場所。土の中に空洞がある。空洞の中には何かがある。根か、虫か、水の染み込んだ跡か。

音を足の裏に届けた。

その者がそこで止まるかどうかは、この者次第だ。

止まらなかった時、私は何を思うのか。それを確かめるたびに、何かが薄くなる気がする。

だが渡すことをやめる理由もない。

次に渡すものを、もう考えている。

その者(29〜34歳)

集団がざわついている。

理由はその者にはわからないが、大人たちの声が低くなっている。声が低い時は、何かが変わる前だとその者は知っている。身体がそれを知っている。背中の皮膚が引きつれるような感触。

その者は水を探しに出された。

一人で、だ。

昨日まで二人だった。一緒に行く者の名を、その者は自分なりの音で持っていたが、今日その者はいない。夜のうちに、どこかへ行った。集団の中にいない。誰も話さない。

一人で丘を降りる。

岩が転がる斜面。乾いた草が足首に触れる。音を立てないように歩く。音を立てると何かに気づかれる。何かが何かは知らない。ただ静かに歩く。

岩の手前で、足の裏に何かが伝わった。

地面が少し、違う。

その者は止まった。膝を折った。指を土に押し込んだ。硬い。でも硬さの種類が違う。手の甲で叩いた。音がこもっている。

掘り始めた。爪が割れる前に、近くの石を使った。

深さが指二本分になったところで、湿った匂いが上がってきた。

その者は顔を近づけた。鼻が土に触れるほどに。

匂いがある。

水ではない。でも水がいた場所の匂いだ。

その者はそこに座ったまま、しばらく動かなかった。腹が鳴った。腹が鳴っても、動かなかった。

伝播:HERESY 人口:657
与えるものの観察:足裏に届けた。止まった。
───
第1371話

紀元前293,155年

第二の星

乾いた風が吹いている。

南の平原では、背の低い草が土ごと剥がれ、空へ舞い上がっている。大きな川の支流が細くなり、川床の石が昼の光に晒されている。その石の上に鳥が一羽降り立ち、水の気配を探して首を動かし、また飛び去った。

東の丘の向こうでは、別の集団が動いている。七人。荷を持たずに歩いている。足跡が砂に残り、風がそれを少しずつ埋めていく。

北の洞窟の奥では、誰かが壁に手を押し当てたまま動かない。岩は夜でも温かい。その温かさに額をつけて、じっとしている。

この星は乾いている。どこも同じように乾いている。

集団の中で、ある者が排除されることがある。理由は声にならない。ただ距離が開く。食べ物が後回しになる。目が合わなくなる。それが何日か続く。それだけのことだ。

空は青い。空は何も言わない。

与えるもの

この者との15年目。

骨を燃やしたことがある。骨髄が炎を高くした。誰かが手を翳した。——そこから何かが始まったのか、それとも何も始まらなかったのか。

重いというのがわかった気がした。

今日、この者の周りで何かが変わっている。距離。目。沈黙の種類が違う。

渡せるものを考えた。

風がある方向から吹いた。集団の端、岩が重なっている場所の方向から。体が小さくなれる場所。隠れるための穴ではなく、ただ、そこだけ風が変わる。

この者は立ち止まった。鼻が動いた。

岩の陰の匂い——湿った土と、腐りかけた何か——が、その者の中でどう処理されたか、わからない。ただ足が少しだけその方向に向いた。

それで十分なのか、わからない。ただ次に何を渡すかを、もう考えている。

その者(34〜39歳)

火の番は昨日の夜から続いている。

薪が減った。探しに行く役目は自分のはずだったが、誰かが先に立った。その者が振り返らずに行った。自分は残された。

火を見ていた。

炎の縁が揺れるとき、内側に青い部分がある。毎晩そこを見ている。誰も見ていないが、自分だけが見ている。

朝になって、食べ物が配られた。自分の番が来たとき、一番端に座っていた年上の者が目を逸らした。受け取ったものが少なかった。手の中のものを見て、また火を見た。

昼、水を運ぶ仕事をした。重かった。途中で一度落とした。誰かが笑った。誰かは笑わなかった。どちらが多かったかはわからない。

風が変わった。

鼻の奥に何かが入ってきた。土と、甘いような、腐るような、混ざったもの。集団の端の方から来ていた。岩が積み重なっている場所。

足が向いた。

意識して向けたのか、体が先に動いたのか、どちらでもないような気がした。

岩の近くまで行った。隙間があった。体が入るかどうかわからない大きさの。中を見なかった。ただそこに立って、もう一度匂いを吸った。

戻った。

火はまだ燃えていた。炎の縁に青い部分があった。

伝播:HERESY 人口:637
与えるものの観察:足が向いた。それだけが、今日の全てだ。
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第1372話

紀元前293,150年

その者(41歳)

夜明け前、その者は水を探して丘を下りていた。

足の裏が乾いた土を踏む。割れた地面の縁が、体重をかけるたびに崩れた。前日から仲間が二人、食べ物をめぐって言い合いをしていた。その者は間に立とうとして、腕を掴まれた。振りほどいた。それだけのことだったが、夜になっても誰も火の横に呼んでくれなかった。

炎の縁を離れて眠るのは久しぶりだった。

夜明けの空気が皮膚に刺さる。その者は両腕を腹に当てて歩いた。崖の手前まで来て、立ち止まった。

風が変わった。

南から吹いていた風が、不意に東に向きを変えた。その者の顔の右側が冷えた。岩の隙間から空気が漏れる音がした。その者は立ったまま、その音の方へ目を向けた。何かを渡そうとした。崖の縁に沿って歩けば、別の下り道がある。その者はその音を聞いた。

一歩、崖の縁に近づいた。

岩が崩れた。声は出なかった。

その者は落ちながら、空を見ていた。まだ星が残っていた。体が地面に当たる音を、その者自身は聞かなかった。

第二の星

東の丘の向こうで、別の集団が火を囲んでいた。子どもが一人、炎に薪をくべすぎて煙を上げた。年かさの女が手を伸ばして止めた。煙が夜空へ真直ぐ昇っていった。

与えるもの

風の向きが変わった。その者は聞いた。それで十分だった、と渡す側は思わなかった。崖があった。渡し方を間違えたのかもしれない。あるいは渡し方は正しくて、結果が違っただけかもしれない。問いは残る。東の丘の向こうの、薪をくべすぎた子どもの耳に、次の風を向ける。

伝播:HERESY 人口:616
与えるものの観察:風を渡した。崖があった。
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第1373話

紀元前293,145年

第二の星とその者(11〜16歳)

雨が降った。

大地の南端では、岩の割れ目から水が染み出してくるほど地面が飽和した。草は膝の高さまで伸び、根が地を掴んで離さなかった。北の台地では風が柔らかくなり、朝霧が何日も谷を埋めたまま消えなかった。獣の足跡が泥に深く刻まれ、乾く前に次の足跡が重なった。遠く、大地の東の崖沿いには別の集団がいて、彼らも草の実を袋に詰めていた。彼らと、この者の集団は、同じ丘を挟んで互いを知らなかった。

その者は重いものを背負って歩いていた。

年長の者が革袋に詰めた何かを、背中に括りつけられていた。何が入っているか知らない。重かった。肩の皮が擦れて赤くなっていたが、声に出さなかった。足の裏が地面を感じていた。石が当たる場所、泥が冷たい場所、根が盛り上がっている場所。一歩ずつ確かめながら歩くことを、その者はすでに体で知っていた。

水場が増えた。

乾いていた窪地に水が溜まり、そこへ集まる獣が変わった。小さな蹄の跡だけだった場所に、大きな何かの跡が混じるようになった。集団の年長者たちは互いに声を出して話し合った。その声は以前より長くなっていた。同じ音を繰り返すのではなく、続けて異なる音を出すようになっていた。何かを指し示すような身振りも、以前より細かくなっていた。食べるものが増えると、人は話すようになる。腹が満ちていると、声が長くなる。大地の北でも南でも、同じことが起きていた。

その者は火の番をしていた。

夜、集団が眠るなかで、その者だけが起きていた。薪が赤くなる様子を見ていた。炎の縁が青くなる瞬間があることを、その者はずっと前から知っていた。誰も教えなかった。ただ見ていて、知っていた。その夜も青い縁が現れ、すぐに消えた。その者は手を膝の上に置いたまま、消えた場所をしばらく見ていた。

集団が大きくなっていた。

子どもの声が増えた。朝、起き上がると以前より多くの体があった。食べるものをめぐる言い合いも増えたが、誰かが腕を伸ばして黙らせる場面も増えた。力を持った者が複数になり、彼らが声を出す順番が生まれつつあった。その者はその末端にいた。荷を運び、火を守り、声の輪の外で眠った。しかし眠れない夜には目を開けて、炎を見ていた。

ある夜、炎から薪が一本転げ落ちた。

音がした。小さな音だったが、その者は聞いた。薪の端が地面の上で燃えていた。その者は立って、燃えている薪を炎の中へ戻した。手が熱かった。火が消えなかった。それだけだった。しかしその者はしばらくその場に立ったまま、戻した薪が赤くなっていく様子を見ていた。自分がしたことを、もう一度自分で確かめるように。

大地の東の集団が丘を越えてきた夜があった。

その者の集団の年長者たちが声を上げた。相手も声を上げた。どちらも引かなかった。夜が明ける前に、相手の集団は引いた。追わなかった。朝になると、誰もそのことを声に出さなかった。なかったことではない。しかし声にならなかった。

その者は十六になっていた。

肩の擦れた皮は厚くなっていた。革袋を背負っても、もう赤くならなかった。火の番をする夜が続き、眠れない夜の数が、眠れた夜の数を超えていた。炎の青い縁を、その者は今も探していた。見つかる夜と、見つからない夜があった。どちらの夜も、その者は同じ顔で炎を見ていた。

与えるもの

糸が繋がった。

渡したのは炎の縁の青だった。薪が崩れる瞬間、青が現れる場所に熱が集まった。その者の目がそこへ向いた。戻した。また向いた。

それだけだ、とは言わない。青を見る目が生まれた。次に渡すのは、青が現れる条件だろうか。薪の種類か。風か。水分か。

渡せるかどうかは、まだわからない。ただ目は、あの場所を覚えている。

伝播:NOISE 人口:801
与えるものの観察:炎の青い縁を、この者は誰にも教わらず探す
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第1374話

紀元前293,140年

第二の星

雨が来なかった。

大地の北では、川が細くなった。石が水面から出て、白く乾いた。魚は深みに退いたが、深みそのものが浅くなった。水鳥が一度飛んで、戻らなかった。

南の草原では、土がひび割れた。最初は細い線だった。次の満月の頃には、指が入るほどの幅になった。草の根が割れ目の縁で曲がり、空気に晒され、そのまま枯れた。動物の足跡が割れ目の縁に沿って続いていた。どこへ向かったのか、足跡は続いたまま地平線に消えた。

集団は水場から水場へ動いた。しかし水場が消えていた。泥だけが残り、泥も乾いた。木の根元を掘った者がいた。湿り気があった。次の日には乾いていた。

子どもが先に倒れた。体が小さい者から力が抜けた。年長の者が子を背負って歩いた。背負ったまま歩けなくなった者がいた。その場に座り、子を下ろし、立ち上がれなかった。

集団の数は、夏の終わりには見渡せば数えられた。春の頃は見渡せなかった。

遠く、大地の東縁では、別の集団が岩の崖沿いに進んでいた。彼らも水を探していた。岩の割れ目に鼻を近づける者がいた。湿った匂いがした。掘った。砂が湿っていた。手で掬えば少し飲めた。彼らはそこに留まった。

大地の西では、旧人の集団が低い木陰の下で動かずにいた。彼らの体は大きく、必要な水も多かった。木の影が短くなる頃、一人が立ち上がり、歩き始め、止まった。膝から折れた。砂に手をついたまま、そこにいた。

干ばつは大地を選ばなかった。生きているものを、ただ乾かした。

岩の上に止まった鳥が、嘴を開けたまま動かなかった。その嘴の中も、乾いていた。

与えるもの

水の匂いがする方角があった。

岩の隙間から滲む程度の、夜だけわずかに湿る場所だった。その者の足元の石が、夜明けに他の石より冷たかった。

この者は石を蹴った。座った。別の方向を見た。

渡せなかった、ということなのか。あるいは渡した上で使われなかったということなのか。次に渡すとしたら、もっと強くなければならないのか。もっと静かでなければならないのか。どちらかを選ぶことが、そもそも何かを曲げることになるのかもしれない。

その者(16〜21歳)

荷を運ぶ相手が減った。

前を歩いていた者が、ある朝から歩かなくなった。その者は荷を下ろし、次の者の後を歩いた。喉が渇いた。口の中に砂の味がした。

火の番をした夜、炎が小さかった。薪が少なかった。炎が消えそうになるたびに、枯れ枝を折って入れた。朝になった。

排除は静かに来た。誰かが目で合図した。その者は集団の外に立っていた。気づいたとき、もう内側には戻れなかった。

砂の上を、ひとりで歩いた。

伝播:HERESY 人口:677
与えるものの観察:冷たい石の下に水があった。踏んで、去った。
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第1375話

紀元前293,135年

第二の星

干ばつが五年目に入った。

川の跡が残っている。石が白く、浅く並んで、かつて水があった場所を示している。今は砂が埋めている。風が吹くと、砂が石を越えて流れる。

集団は南へ動いた。

荷が重かった。子が泣いた。老いた者が途中で座り、立たなかった。誰も振り返らなかった。

南の森の縁に別の動く影があった。旧人の群れだ。背が低く、額が後退し、肩が広い。彼らも水を探して動いていた。どちらも水を探している。どちらも子を抱えている。どちらも砂を踏んでいる。

二つの集団は同じ日の夕方、同じ水場に着いた。水は残っていた。深さは膝の半分。濁っている。

旧人の集団がまず飲んだ。

こちらの集団が待った。待ちながら岩を握った者がいた。待ちながら子を後ろに下げた者がいた。待ちながら何もしなかった者もいた。

旧人が飲み終わって離れた。

こちらの集団が近づいた。膝をついて手で水を掬った。濁った水が掌をつたった。

遠い場所では、別の平野で、まったく別の集団が獣の骨を割っていた。髄を出すために。夜が来た。

与えるもの

集団が水場に近づいた夜、旧人の一人が捨てていったものがあった。

獣の皮を削った石だ。縁が薄く、角が立っている。

熱が来た。その石の方向から、微かに。空気が動いたのではない。皮膚が動いた。

その者は石を見た。しゃがんだ。触れた。

拾って、荷の中に入れた。

渡った。

しかし何のために手に入れたのか、その者にはわかっていない。渡ったことと、使われることは別だ。あの星でも、それは同じだった。手に届いたものが、何もしないまま砂に埋もれていったことがある。何度も。渡すことが終わりではない。次に渡すべきものは、この石を使う場面かもしれない。あるいは使わない理由のほうかもしれない。

その者(21〜26歳)

荷が肩に食い込んでいた。

前を歩く者が遅れると、後ろの者が押した。押されると踏む場所がずれた。ずれると砂に足が沈んだ。沈むたびに膝に来た。膝に来るたびに荷が重くなった。

五日歩いた。

水場に着いたとき、旧人がいた。

その者は岩を握っていた。集団の他の者と同じように。旧人の体は知っている匂いではなかった。煙と、何かの獣脂と、もっと古い何かが混ざった匂いだった。

旧人が飲んだ。

その者は岩を持ったまま待った。

旧人が離れていった。その者の横を通った者がいた。小さかった。子だった。旧人の子が立ち止まってこちらを見た。目が丸かった。その者も見た。

子は行った。

その者は岩を置いた。

水場に近づいて飲んだ。濁った水が喉を降りた。

旧人が去った後の地面に、石が落ちていた。縁が立っていた。その者はしゃがんだ。手に取った。親指の腹を縁に当てた。薄かった。どの石とも違う薄さだった。荷の端に押し込んだ。

夜になった。

火を起こした。火の番はその者だった。枯れ草に火を移して、細い枝を載せた。枝が燃えて赤くなって、太い枝に移った。

その者は荷から石を出した。

火の光の中で見た。縁に沿って、小さな剥がれた跡が並んでいた。誰かが削った跡だ。その削り方は、この集団の誰とも違っていた。

その者は長い間その石を見ていた。

火が小さくなった。枝を足した。また火が大きくなった。

石を握ったまま眠った。

伝播:NOISE 人口:690
与えるものの観察:手に届いたが、何のためかを知らない
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第1376話

紀元前293,130年

第二の星

雨が来た。

北の大地では、半乾きの平原に水が戻った。草の根が土の下で動いた。獣たちが移動した。群れが散らばり、また集まった。前の季節に死んだものの骨が、草に埋まっていった。

東の岩棚では、小さな集団が水を見つけた。三人で飲んだ。四人目が走ってきた。水が足りた。

始まりの大地では、川の跡に水が戻ってきた。最初は泥だった。次の日は濁った水だった。三日目に、透き通った流れが石の間を縫った。子どもが指を浸した。声を上げた。その声が届かない場所で、別の集団が別の水辺を見つけた。

実が増えた。木の葉が濃くなった。獣の足跡が水辺に集まった。

集団が増えた。前の季節に半分になった集団が、新しい命を重ねて膨らんだ。子が生まれた。また生まれた。育った。育たなかった。育った子が歩くようになった。

緊張は続いている。恵みが来ても、境が消えるわけではない。水辺の近くに、別の集団の跡がある。焚き火の跡。骨。

第二の星は照らしている。雨の恵みも、その跡も、等しく。

与えるもの

水が戻った夜、この者の足元に光が落ちた。

炎の縁に映る青ではなく、もっと淡い。月が濡れた地面に触れていた。その光の中に、泥のついた獣の足跡があった。大きかった。今日のものではない。昨日のものでもない。

この者が足跡を見た。

見た。それだけだった。次の瞬間、火の番に戻った。

足跡を追えたかもしれない。追わなかった。それが正しいかどうかは問わない。ただ、この者が次に何かを追うとき、足跡の形が記憶の中にあるかどうか。渡せたかどうかはわからない。次は音を使う。

その者(26〜31歳)

雨が来た夜、この者は年老いた女の横で眠れなかった。

女の呼吸が荒かった。干ばつの年に、女は何かを失っていた。目ではない。足でもない。声だ。以前は声で指示を出していた。今は手を動かすだけだった。

雨の音が洞窟の奥まで届いた。

この者は起き上がった。外に出た。濡れた。全身が冷えた。それでも戻らなかった。

地面が吸っていた。砂が重くなっていた。白く干上がっていた石が、暗い色に変わっていた。

川の跡に水が流れていた。

この者はしゃがんで、手を浸した。冷たかった。指の間を水が抜けていった。何度も手を入れた。抜いた。また入れた。

夜明け近くに戻った。火が小さくなっていた。薪を足した。炎が戻った。

女がこちらを見ていた。声は出さなかった。手も動かさなかった。ただ見ていた。

この者も何も言わなかった。

朝になった。集団の中で、若い女が子を産んだ。声があがった。子は声を出した。生きていた。

この者は火を見ていた。

午後、水辺に行った。獣の足跡があった。大きかった。この者は足跡の縁をなぞった。指で。土が柔らかかった。爪に泥がついた。

戻りながら、何かを考えていた。考えているとは知らずに、ただ歩いていた。

夜、また火の番をした。

伝播:SILENCE 人口:897
与えるものの観察:足跡に触れた。記憶になったかどうか。
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第1377話

紀元前293,125年

第二の星とその者(31〜36歳)

北の草原に、雨が戻っていた。

土は水を飲んだ。根が押し広がった。風は南から来て、また北に返った。小さな虫が石の下に巣を作り、鳥がその石の縁に止まった。世界は知らないままに動いた。知ることを必要としなかった。

その者は重い皮袋を背負って歩いていた。

年長の男が前を行く。その男の歩みは遅く、膝が悪い。その者は追い越さなかった。群れの中で末端の者が前を歩くことは許されていなかった。それは言葉で決められたことではなかった。体で知っていた。

草原の端で、別の集団の足跡が見つかった。

足跡は大きかった。踵が深く、指が広がっていた。この群れの者たちとは骨格が違う何かが、ここを歩いていた。足跡は三日前のものだった。誰かがそれを嗅いだ。別の誰かが唸り声を出した。集団は向きを変えた。

その者は足跡を見つめていた。

長く見ていた。嗅ぐ必要もなかった。目で足跡の形を追いかけた。深さのある部分と、浅い部分がある。重さのかかり方が違う。この者は膝をついて、自分の手を足跡の横に置いた。大きさを比べた。そこに意味があるとは思っていなかった。ただ、手を置いた。

雨季が終わった。獣の群れが移動した。

あとに残ったのは、踏み荒らされた泥と、骨と、糞だった。この群れの集団は追った。追いすぎて、水場から遠ざかった。子どもが二人、渇きで力を失った。一人は戻った。一人は戻らなかった。

火の番が増えた。夜が長くなっていた。

その者は火の前に座っていた。炭を枝の先で押しながら、炎の形が変わるのを見ていた。炎は風に従った。形を持たなかった。それでも、温かかった。

年長の男が何かを話し始めた。

短い声だった。唸りに近い。腕を大きく動かした。西の方角を示した。別の年長の者が異なる向きに腕を動かした。声が重なった。その者は聞いていた。内容を理解していたかどうかは、わからない。しかし声の高低で何かを感じていた。この話し合いは怒りを含んでいる。それだけはわかった。

集団内に亀裂が走り始めていた。

年長の者たちの一部が、東の方向に目を向けていた。別の一部が西を向いていた。食料の分配が変わった。ある者たちは朝に食べ、別の者たちは夜にしか食べなかった。境界は言葉にならなかったが、確かにそこにあった。

その者は境界の上を歩いていた。

どちらの側にも属していなかった。火の番は誰にでも必要だった。荷を運ぶことも誰にでも必要だった。だから両方の側から呼ばれた。その者は呼ばれるままに動いた。

ある夜、石が落ちてきた。

崖の上からではなかった。集団の内側から、音がした。短い叫びがあった。次に、沈黙があった。翌朝、年長の男の一人がいなくなっていた。血が岩の上に残っていた。その岩を、子どもたちが遠回りで避けた。

その者はその岩の横を通った。

遠回りしなかった。血を見た。乾いていた。風雨にさらされれば消えるものだと体で知っていた。その者はそこに少しの間立ち、それから歩き続けた。

緊張は続いた。食料が減った。

二つの集団に近い何かが、まだひとつの集団のふりをしていた。水場の場所を共有していた。火を消さないことで合意していた。しかしその合意は声ではなかった。ただ誰も火を消さなかった、それだけだ。

その者は火の管理を任されていた。

薪を足した。灰を掃いた。火の勢いが落ちれば息を吹いた。火は上がった。誰かがそれを見ていた。見られていることをその者は感じていた。しかし振り返らなかった。

やがて、冬の前に、誰かが別の誰かに耳打ちをした。

その者の名前に近い音が、複数の口から出た。何かを訴える声があった。返す声があった。その者の近くでは、急に誰もいなくなった。

その者は火の前にひとりで座っていた。

それだけのことだった。しかし次の朝、食料の分配からその者の分がなかった。それだけのことだった。その次の夜、寝る場所が端に変わっていた。それだけのことだった。

端が、崖の近くだった。

与えるもの

炎が低くなった夜、光がその者の手元に落ちた。

薪の割れ目に、鋭く欠けた石の破片があった。縁が立っていた。火の光の中でそれは光った。その者はそれを見た。手に取った。しばらく持っていた。それから置いた。

この者は知りすぎていた、ということにはならない。

ただ両方の火を管理したという、それだけのことで。鋭いものを手に取って、また置いたということで。

渡した。受け取られた。

使われなかった。それでもこの者は渡されたものを一度、手の中に収めた。その重さを知っていた。重さを知った者は、何かを変えることができたかもしれない。しかしこの者は置いた。

なぜ置いたのか。

怖かったのか、それとも必要を感じなかったのか。次に渡すならば、置くことではなく、動くことを示すべきかもしれない。しかしこの者にはもう渡せる夜が少ない。次に渡せるものは、逃げる方向だったかもしれない。しかし風は今夜、崖の方から吹いていた。

伝播:HERESY 人口:852
与えるものの観察:鋭い石を手に取り、置いた。
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第1378話

紀元前293,120年

その者(36〜38歳)

集団の外れで、その者は火の番をしていた。

薪が減る速さを知っていた。どの木が長く燃えるか、どの木がすぐ灰になるか。誰に教わったわけではない。手が覚えていた。

夜、ほかの者たちが眠る。その者は火の前に座って、炎の縁を見ていた。赤い光が揺れるたびに、顔の皺が深くなった。

年長者の荷を運ぶのが、三日ほど前から難しくなっていた。膝が言うことを聞かない。重いものを持つと、腰のあたりで何かが引っ張られる。それでも運んだ。誰かに言わなかった。言う言葉を持たなかった、というより、言う必要を感じなかった。

集団の中に、よそから来た者がいた。顔の骨が違う。眉の出方が違う。ほかの者たちは、その者たちを遠巻きにして見ていた。

その者も最初は遠巻きにしていた。

しかしある夜、よそから来た者の一人が火のそばに座った。その者は追い払わなかった。ただ火を挟んで向こう側に座らせた。言葉は出なかった。炎だけがあった。

それを見ていた者がいた。

翌朝、その者は集団の外へ連れ出された。高い声と低い声が混じって、その者の周りで膨らんだ。手が胸を押した。肩が突かれた。その者は転ばなかったが、立ったまま揺れた。

膝が折れたのは、誰かが石を投げてからではなかった。投げられる前に、もう折れていた。

草の上に座った。誰も手を貸さなかった。

夕方になっても、その者は戻らなかった。

夜になった。星が出た。草が揺れた。

その者は草の上に寝ていた。火が遠かった。寒かったはずだが、体はもう震えなかった。

手が草を一本つかんでいた。引き抜くこともなく、ただつかんでいた。

それを離した時、力が抜けた。静かに、ゆっくりと、草の上に広がるように。

第二の星

北の斜面で、岩が崩れた。大きな音が一度だけ鳴り、その後は静かだった。崩れた土の上に、小さな草の種が落ちた。風があった。種は転がり、岩の割れ目の奥に入った。暗い場所だった。水が染みてくる場所だった。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:814
与えるものの観察:見ていることしかできない時がある。それでも目を逸らさない。
───
第1379話

紀元前293,115年

第二の星

雨が来た。

最初は音だった。乾いた土が音を立てる。叩かれるように。それからにおいが変わった。草の根から何かが立ち上る。石が濡れ、暗くなる。水の筋が地面に生まれ、集まり、流れを作った。

大地は飲んだ。

乾いていた季節が長かった分だけ、土は深くまで飲んだ。根が伸びた。実がついた。群れをなす獣が水辺に集まり、その足跡が泥に残った。集団は動いた。追いかけた。獲った。腹が満ちた日が続いた。

子が生まれた。また生まれた。育った。歩いた。前の季節なら死んでいたかもしれない子が、土の上を走り回った。

集団は大きくなった。

しかしそれは別の緊張を連れてきた。水場がひとつでは足りない。獣の通り道を複数の集団が知っている。ある夕暮れ、見知らぬ形の影が丘の向こうに立った。旧人の影だった。こちらを見ていた。長い時間、動かなかった。それからいなくなった。

翌朝、獲物の残骸があった。骨だけになった獣の残骸が、昨日まで誰も使っていなかった場所に。

集団の中で声が上がった。何を言っているのか、言葉として整理できる段階ではない。しかし音に怒りがあった。音に恐れがあった。

知りすぎた者がいた。

どこで旧人を見たか。どこで影が立っていたか。夜、その者がそれを示すような身振りをした。何度も同じ場所を手で指した。声を出した。集団の中の大きな者たちが、その者を見た。

翌朝、その者はいなかった。

草の中に跡が続いていた。引きずられた跡。それが草の奥で消えていた。誰も追わなかった。誰も声を出さなかった。子どもたちは水辺で遊んでいた。雨は続いていた。

豊穣の季節に、集団から消える者がいる。

この星はそれを等しく照らす。雨の音も、草の跡も、水辺で笑う子どもの声も。

与えるもの

糸が繋がった。

温かいものが落ちた場所に、光が長く残った。この者の手の甲に、午後の日差しが当たり続けた。同じ場所に、同じ時間。

この者は手を見た。それから空を見た。雲の切れ目を探した。

渡ったのかもしれない。あるいはただ空を見ただけかもしれない。しかしその手が、次に何かを拾いに行くなら、そのために渡したものがある。

その者

手の甲が温かかった。

空を見上げた。雲があった。雲の向こうに光があった。しばらく立っていた。

草が風で動いた。集団の中で誰かが呼んだ。その者は走った。呼ばれた方へ。手の甲の温もりをまだ持ったまま。

伝播:HERESY 人口:1,005
与えるものの観察:光は届いた。手が覚えるかどうかはまだわからない。
───
第1380話

紀元前293,110年

第二の星

草原の縁で、土が変わっている。

湿った黒い帯が、丘の斜面に沿って伸びている。雨が来たのではない。地の下から滲んでいる。地下の水脈が動いたのだ。草の根がそれを知っていた。三日前から茎の色が濃くなり、今は足の裏に冷たさが伝わるほど土が重い。

集団はその帯の近くに留まっている。

水を掘らなくていい。掘れば出る。それが分かった者が最初に地面を叩いた。もう一人が同じ場所を叩いた。水が出た。叩いた者の顔を見た。叩かれた場所を見た。また叩いた。また出た。

それから数日で、集団の全員がその場所を知っている。

しかし帯の近くに人が集まれば、別の問題が起きる。場所の主張が始まった。先に掘った者が戻ってくると、別の者がいる。声が上がる。身体が向き合う。大人が間に入る。子どもが離れた場所から見ている。

誰かが押した。

倒れた者が起き上がった。石を拾った。持ったまま立った。投げなかった。

石を持ったまま、集団の端まで歩いた。石を置いた。戻ってきた。水を飲んだ。

それだけのことが、夜になっても話されている。声の高低が変わる。身振りが繰り返される。何かを決めようとしているのか、何かを記憶しようとしているのか、区別はつかない。

丘の向こうでは別の集団が動いている。

草を刈った跡がある。火を使った跡がある。しかしその集団の姿はここからは見えない。においが風に混じるだけだ。獣の皮を焼いたにおい。何かの実を砕いたにおい。遠くて近い。

夜、星が出る。

この星は照らす。帯の近くで眠る者たちを。石を置いて戻ってきた者を。丘の向こうで火を管理している者たちを。眠れずに空を見ている子どもを。

一つの夜が、全員の上に等しく落ちている。

与えるもの

石を置いた場所から、においがした。

濡れた土と、草の根が混じったにおいだった。その者の鼻の高さに、風がそれを運んだ。

その者が立ち止まった。においの方を向いた。そのまま動かなかった。

——その止まり方を、ここは受け取った。次へ送る。

その者(10〜15歳)

においのする方を、しばらく向いていた。

誰かに呼ばれた。振り返った。振り返ってからも、もう一度だけにおいの方を向いた。

それから走った。呼んだ声の方へ。

伝播:DISTORTED 人口:1,007
与えるものの観察:止まった。においの方を向いた。
───
第1381話

紀元前293,105年

その者(15〜20歳)

集団の端で、その者は押された。

背中に手があった。強い手ではなかった。しかし退くことを求めていた。

その者は転んだ。膝が地面に打ちつけられた。立ち上がろうとしたとき、もう一度、今度は胸を。足が後ろへ滑った。

向こうに、火があった。その者が管理してきた火だった。三日、薪を運んだ。夜に起きて炭を埋めた。消えないように。

別の者が今、その火の前に座っていた。

その者は何も言わなかった。言葉が来なかった。口が開いたが、音が出なかった。

手の中に、砂があった。転んだときに握りしめたものだ。

誰かが声を上げた。集団の中の声だった。誰の声かはわからなかった。しかし笑いがあった。いくつかの笑いが重なった。

その者は砂を地面に置いた。

立ち上がり、火の方を見た。炎はいつもと同じように揺れていた。

足が動いた。火とは反対の方向へ。

草の中を歩いた。足の裏に、昨日とは違う固さがあった。水脈が動いたあとの土は、まだ乾ききっていなかった。少し沈む。少し戻る。

その者は歩き続けた。

夜が来ていた。集団の声が遠くなった。

岩の陰に体を丸めた。腹が鳴った。今日、何も食べていなかった。膝の傷が、石の冷たさに反応して、鈍く疼いた。

空には星があった。

その者は星を見なかった。岩の表面を見ていた。指で線を引いた。消えた。また引いた。

どこへも行けなかった。

第二の星

草原の端に、人の群れがある。

五年前より数が増えた。水が安定し、大型の獣も回ってくるようになった。子が育つ。老いた者が次の季節まで生き延びる。

しかしそれは別の問題を生んでいる。

誰が火を持つか。誰が水場の近くに寝るか。誰が先に食べるか。

豊かさは争いを消さない。豊かさは争うべきものを増やす。

集団の中に、序列が固まり始めている。力のある者、声の大きい者、仲間の多い者。それだけではなく——何かを知っている者と、知らない者のあいだにも、見えない線が引かれ始めている。

その者は、その線の外に出た。

自分から出たのか、押し出されたのか、この星にはわからない。ただ、火から遠いところに、一人でいる。

遠くの丘では、別の小さな群れが動いている。旧人の群れだ。炎は持っていないが、夜の移動を知っている。人が争うとき、かれらは静かに隣を通る。

気候は今夜も安定している。

草が風に倒れ、起き上がる。

与えるもの

水脈が動いた場所を、足の裏が知っていた。

その者は歩き続けた。

岩の前で止まった。与えるものは岩の表面に残る、昨日の雨の痕に光を落とした。濡れた筋が、かすかに光った。

その者は指で線を引いた。

光の筋とは違う方向に。

——これは模倣ではないのか。それとも別のことが始まったのか。次に渡すべきものが、まだ見えない。

伝播:HERESY 人口:962
与えるものの観察:排除された者が、岩に線を引いた。
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第1382話

紀元前293,100年

その者(20〜22歳)

雨が続いた五年だった。

川べりの草は膝まで伸び、獣の足跡が泥にいくつも残った。子どもが生まれ、また生まれた。集団は大きくなり、火のまわりに座る者の数が増えた。肉が足りた夜には、誰かが声を上げて何かを真似た。獣の歩き方だったかもしれない。笑いに近い音が広がった。

その者はその輪の端にいた。

押されてから、背中に何かが残った。痛みではない。手があったという記憶だ。集団の中に、自分を退かせようとした者がいる。それだけのことを、その者は体で覚えていた。

熱が来たのは、草が黄ばむより少し前だった。

最初は水を飲んだ。次に日陰に寝た。それだけのことしかできなかった。集団の者たちは食料を探しに出かけ、火の番をし、子どもたちの声の中で動いた。その者は岩に背をもたれ、空を見た。

雲が速く流れていた。

喉の奥で何かが詰まるような感覚が続いた。吐こうとして、出なかった。水を飲むと胃が揺れた。体の内側から熱が押してくる感じがした。

夜、火のそばに誰かがいた。

その者に近い者ではなかった。しかし遠くもなかった。その者を見て、それから火を見た。何も言わなかった。その者も何も言わなかった。

風が川の方から吹いた。水の匂いがした。

その者はその匂いを吸い込んだ。もう一度吸おうとした。

息が、来なかった。

胸が内側から抑えられるように固まった。手が地面の泥を握った。握ったまま、力が抜けた。

火は燃えていた。川は流れていた。夜の草が揺れた。

第二の星

同じ夜、遠い乾いた大地で、旧人の一団が水場を離れていた。地面はひび割れ、風は埃だけを運んだ。彼らがどこへ向かったか、誰も知らない。別の場所では、雨の中、子どもが初めて立った。大地は全てを等しく照らした。死も、その最初の一歩も。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:DISTORTED 人口:1,251
与えるものの観察:息が来なかった。それだけだ。渡せなかったのか。
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第1383話

紀元前293,095年

その者(0〜5歳)

誰かの肩が揺れている。

その揺れの中で目が開き、閉じ、また開く。空が木の葉越しに割れていて、光の破片が動く。動くから目が追う。目が追うから顔が動く。それだけのことが、体の全部を使う。

足は何もしない。腕は何もしない。声が出れば何かが来る。何かが来れば温かい。それが世界だ。

抱いている者の首に、傷がある。古い傷で、盛り上がった皮膚が指に触れる。その者の指が、毎日そこに触れる。柔らかい部分と固い部分がある。柔らかい方をつかむと、抱いている者が低い声を出す。痛くはないらしい。その声は怒った声ではない。

川の音が遠くにある。

近くで別の声がする。高い声と、低い声。何かを言い合っている。言い合いは長く続いた。その者の体を抱く腕が、少し固くなった。固くなった腕の中で、その者の息が浅くなる。なぜかはわからない。ただ、腕が固いから息が浅い。

夜、火が燃えていた。

火のそばで誰かが倒れていた。大きい者だった。立っていた者が倒れていた。他の者たちがその周りに集まった。その者は抱かれたまま、集まりの端にいた。倒れた者の顔は見えなかった。

翌朝、その者がいなかった。

それだけだ。空に雲が出て、川の音はまだそこにあった。抱いている者の腕は固いままだった。その後、何日かして、腕が緩んだ。固さが消えた。

五歳になるころ、その者は自分で歩いていた。草が足に当たる感触がある。土の湿り気がある。抱かれることが減った。世界が広がった分だけ、知らないことが増えた。

集団の端に、別の顔をした者たちがいた。額の形が違う。眼窩が深かった。彼らは火を持たず、しかし火を恐れてもいなかった。近寄ることも、逃げることもせず、ただそこにいた。

その者は彼らを見た。彼らの一人が、その者を見た。

何も起きなかった。

第二の星

五年のあいだ、草は枯れなかった。

北の丘陵では、大型の獣が群れて移動した。蹄の音が地面に残った。川の支流は増え、水を飲む場所が一つから三つになった。子どもの声が多かった。火のそばに座る者の数が、年を経るごとに増えた。

しかし増えることは、同時に何かを変えた。

肉を誰が持つか。水場をどこに決めるか。子の父が誰かをめぐる声が上がった。声は身振りになり、身振りは押し合いになった。火のそばで倒れた者がいた。翌朝にはいなかった。誰が連れ去ったのか、誰が去ったのか、それを語れる者の声はなかった。

集団の外縁に、額の形が違う者たちがいた。彼らは増えも減りもせず、ただそこにいた。同じ水を飲み、同じ風の中に立ち、しかし火を囲むことはなかった。

知りすぎた者が、消えることがあった。

何を知りすぎたのか、それは誰も言わなかった。言う言葉がなかった。ただ、ある者は朝に戻らず、ある者は集団の端に追いやられ、その後を誰も見なかった。

豊穣の中に、消え方が静かに根を張った。

与えるもの

糸が繋がった。

その者はまだ腕の中にいる。世界は揺れと温かさと音で出来ている。

火のそばで誰かが倒れた夜、炎の揺れる方向が変わった。煙が一瞬だけその者の顔に当たった。目が開いた。倒れた者の方を向いた。

その者は見た。

見て、また顔を抱く腕に押しつけた。目を閉じた。

この者は理解しない。しかしこの者の目は、倒れることを一度だけ見た。見た記憶が、どこかに残るかもしれない。残らないかもしれない。

次に渡すべきものを、まだ選んでいない。

伝播:HERESY 人口:1,187
与えるものの観察:糸は繋がった。この者はまだそれを知らない。
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第1384話

紀元前293,090年

第二の星

谷の縁に沿って、葦が生い茂っている。

水は豊かだ。前の季節に降った雨が地面の下に残っていて、踏めばじわりと滲み出てくる。獣の足跡が泥に刻まれ、乾いて固まり、また新しい足跡に踏まれる。集団は大きくなっていた。大人の数が増え、子の数も増え、夜に火を囲む輪が広がった。

しかしその広がりが、別の輪と接触し始めていた。

東の丘の向こうに、別の群れがいる。彼らは旧人だ。顔の造りが違う。眉の骨が張り出し、首が太く、声が低い。しかし火を使う。獣の皮を体に巻く。子を抱いて眠る。集団がそこまで大きくなる前は、彼らの存在を遠くに感じるだけだった。丘の向こうの煙。夜に聞こえる別の声。それだけだった。

今は違う。

水場が重なる。獣の通り道が交差する。谷の入り口で、どちらの集団も同じ場所に立つことが増えた。最初は離れた。目が合えば、どちらかが先に動いた。しかし次第にそれが難しくなった。水場の数は変わらない。獣の数も変わらない。集団の数だけが増えた。

最初の衝突は朝だった。

水場に先に来ていた旧人の男と、こちらの集団の若い男が、容器の奪い合いになった。怒鳴り声が上がった。石が投げられた。旧人の男の額から血が流れた。こちらの男は走って戻った。

それだけだった。しかし何かが変わった。

夜、集団の中で声が上がった。言葉というより音の束だ。怒りと不安が混じった、反復する音。誰かが石を叩いた。誰かが叩き返した。子供たちは火から離れて端に固まった。

老いた女が立った。

彼女はゆっくり歩いて輪の中心に立ち、歌い始めた。歌と呼べるものかどうか。同じ音が繰り返される。高く、また低く。息の続く限り、その音は途切れなかった。

輪が静かになった。

石を叩いていた手が止まった。怒りの音が消えた。火が燃えた。風が葦を揺らした。老いた女の声だけが残った。

やがてその声も止まった。

女は座った。誰も何も言わなかった。

しかしその夜、若い男は集団の端で石を握ったまま眠れなかった。目を開けていた。火が小さくなるのを見ていた。水場のある方角を、じっと見ていた。

翌朝、女は東の丘の方向に歩いていった。

誰もついていかなかった。

女は昼過ぎに戻った。手に何も持っていなかった。しかし旧人の群れの若い者が、遠くから女の背中を見送るのを、丘の上に立っていたこちらの集団の誰かが見た。

それについて誰も何も言わなかった。

与えるもの

老いた女が立ち上がる直前、熱が変わった。

火の輪の中で、一か所だけ温度が上がった。女の背中のあたり。皮膚が意識するよりも早く、体が向いた。

女は立った。

それで十分だったのか。それとも女はもとから立つつもりだったのか。与えるものには分からない。届いたのか、届かなかったのか。しかし女は立った。声は出た。輪は静かになった。

次に渡すべきものは、もっと遠くにある。丘の向こうへ続く、足の向き。

その者(5〜10歳)

子供たちが端に固まった夜、この者もそこにいた。

誰かの脇腹に顔を押しつけていた。声が聞こえた。石を叩く音。怒鳴る音。それから歌。

歌が続く間、体が温かかった。

歌が止まった。

体はまだ温かかった。

伝播:NOISE 人口:1,184
与えるものの観察:女が立った。熱が先か、意志が先か。
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第1385話

紀元前293,085年

その者(10〜15歳)

腕が細い。

最初から細かった。生まれたときも、歩けるようになってからも、走ることを覚えても、ずっと細いままだった。

集団が大きくなったのは、前の雨の季節のことだ。食べ物が増え、子が増え、声が増えた。その者も輪の中にいた。輪の端に座って、大人たちの声を聞いていた。何を言っているのかはわからない。音として聞いていた。

豊かな季節に、その者は何かを見た。

大人の一人が、別の大人に向かって石を持ち上げた。夜ではなかった。昼の、明るい時間だった。なぜそうなったのか、その者には順序がわからなかった。ただ石が持ち上がり、次の瞬間には地面に落ちていた。男が横になっていた。

その者は見ていた。

見ていたことを、誰かに知られた。

食べ物が減り始めたのはそのあとだ。干ばつとは関係がない。誰かがその者に食べ物を渡さなくなった。最初は少しだけ。やがて何も渡されない日が続いた。

その者は探した。草の根、木の実の残骸、獣が食べ残したもの。腕が細いから、遠くまで歩けない。足が細いから、速く走れない。

ある朝、その者は大きな石の側に座っていた。

影が短かった。昼に近い時間だ。

その者は石に手を置いた。

温かかった。

手を離した。また置いた。

腹の音がした。音ではなく、感覚として。体の中が絞られるような。

遠くで誰かの声がした。歌のような声だった。集団の女たちが何かを囲んでいる声だ。その者には届かない。

石の温かさだけがある。

腕が折れるように力が抜けた。石に額を当てた。石は温かかった。目が開いたまま、焦点が動かなくなった。

誰も来なかった。

夕方、子どもの一人がその者を見つけた。

近づいた。触れなかった。走って戻った。

夜、集団の火が燃えた。

第二の星

大きな川の上流で、岩が崩れた。水の流れが変わり、下流に泥が広がった。獣が水場を変え、鳥が別の空へ散った。谷の反対側では、旧人の集団が火を囲み、声を出し合っていた。声は互いに重なり、しばらく続いて、止んだ。夜が来た。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:HERESY 人口:1,126
与えるものの観察:見た者が消えた。次も渡す。
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第1386話

紀元前293,080年

第二の星

雨が続いた五年だった。

大地の東側では、川が毎年岸を越えた。氾濫ではない。ゆっくりと、草地の端まで水が来て、引いて、また来た。その跡に泥が残り、翌年には背の高い草が生えた。獣がその草を食み、その獣を別の獣が追い、連なりが続いた。

北の岩場では、旧人の集団が崖の窪みに皮を張って雨を凌いでいた。彼らも同じ雨の下にいた。声は違う。骨格が違う。しかし同じ実を取り、同じ水を飲んだ。どちらが先に気づいたか、誰も記録しない。ただ、ある朝、両方の集団が同じ水場にいた。どちらも引かなかった。どちらも攻めなかった。石を握ったまま、しばらくそこにいた。

西の低地では、別の集団が移動をやめて一か所に長く留まった。雨が豊かで、木の実が落ちる前に拾えたからだ。子が生まれた。また子が生まれた。集団の輪郭が去年より大きくなった。

遠い場所で、同時に、水が引いて乾いた地があった。そこでは何も育たなかった。獣も来なかった。そこにいた者たちのことは、ここからは見えない。

大地はどちらも照らしていた。豊かな方も。そうでない方も。

与えるもの

糸が繋がった。

今度は小さな者だ。

足元に何かが落ちていた。小さな骨だ。鳥のものか、小獣のものか、乾いて白くなっていた。光がそこに強く当たった。草の影の中で、その骨だけが光の輪の中にあった。

この者は骨を拾った。舐めた。砂の味がした。また舐めた。

捨てるかと思った。

捨てなかった。

骨を握ったまま、別のところへ歩いていった。

この者は骨で何をするのか。食べようとしたのか。形が面白かったのか。光がそこにあったから拾ったのか。わからない。しかし手が閉じた。それだけは見えた。次に何を渡すべきか。この者の手はまだ小さい。小さい手に収まるものを探さなければならない。

その者(4〜9歳)

雨の音は好きだった。

葉が鳴って、地面が光った。水たまりに顔を近づけると、丸い自分がいた。指で突くと、自分が波打った。

足元に白いものがあった。

拾った。口に入れた。砂だった。吐き出した。

でも捨てなかった。

握ったまま走った。転んだ。膝が泥になった。立って、また走った。骨はまだ手の中にあった。

集団の中で一番大きい者が火の前に座っていた。その者はそこへ行った。隣に座った。火が熱かった。骨を火に近づけた。熱かった。引いた。

大きい者が何か言った。意味はわからなかった。

骨をその者に差し出した。

大きい者は受け取らなかった。

その者は骨を膝の上に置いた。火を見た。骨を見た。火を見た。

夜になって眠るとき、骨を握ったまま丸くなった。

朝、手を開いたら、まだそこにあった。

伝播:DISTORTED 人口:1,464
与えるものの観察:手が閉じた。それだけが確かなことだ。
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第1387話

紀元前293,075年

その者(9〜14歳)

腹の皮が背に貼りつくような痛みはなかった。今年はそうじゃない。

草の実が指の間からこぼれた。拾い直した。また走った。

大きい者たちが獲物の跡を読んでいる場所から、その者は少し離れていた。呼ばれていない。でも離れすぎると怒声が来るから、石一つぶんの距離に留まる方法を体で知っていた。

乾いた土の上に、爪の跡のような細い線があった。

その者はしゃがんだ。線に指を近づけた。触れなかった。匂いを嗅いだ。土の下から来るような、腐った草とは違う、湿った獣の気配。

立った。

大きい者たちの背中を見た。誰も気づいていない。

声を出した。単音だった。要求でも拒否でもない音が、喉から出た。振り向く者はいなかった。

もう一度、今度は腹から出した。

背の高い者がひとり振り返った。目が合った。その者は地面を見て、また顔を上げた。それだけだった。それだけで伝わった。

大きい者たちが動いた。

獣は川沿いの茂みの奥にいた。三頭。子を連れていた。

その者は後ろにいた。石を握っていた。投げなかった。

血の匂いが広がった。

肉を受け取ったのは夕方だった。大きい者が差し出した。その者は受け取った。噛んだ。

火の前で、集団が食べた。

その者もその端にいた。端であることを、今日は気にしなかった。

夜になって、何かが変わった。

大きい者ふたりが声を荒げていた。石を握っていた。どちらが今日の発見を言ったかで揉めているのか、その者には読めなかった。声の高さと体の向きだけわかった。

草の陰にすっと入った。

膝を抱えて座った。

争いは続いていた。火の明かりが揺れた。影が大きくなったり小さくなったりした。

その者は、さっきの地面の線を思い出した。

細くて、深くて、何かが通った跡。

自分が見つけたということを、誰も覚えていない気がした。

覚えていてほしいとは思わなかった。思わなかったが、腹の奥にひとつ、熱いものがあった。火の気配ではなかった。

三日後、その者は集団から離されていた。

草むらの外れに連れていかれた。ひとりで残された。

何かを知りすぎたからではない。知りすぎたかどうかも、誰も考えていなかった。ただ、なんとなく、邪魔だった。端にいたものが、もう少し端に押し出された。

水を持っていた。

草の実を少し持っていた。

夜が来た。

その者は歩いた。どこへでもなく、ただ歩いた。

川の音がした方へ。

翌朝、集団は移動していた。逆の方向へ。

川の近くで、その者は二日いた。

草の根を引き抜いて、嗅いで、噛んだ。苦いものと甘いものの区別は知っていた。腹が痛いものと平気なものの区別は、体がまだ覚えていなかった。

三日目の朝、立てなかった。

横になった。空が見えた。雲が動いていた。

体の力が先に抜けた。意識は最後まで川の音を聞いていた。

水の音は止まらなかった。

第二の星

雨が続いた五年だった。

始まりの大地の東側では、草が背丈を超えて育ち、獣の数が増えた。集団は子を産んだ。子は育った。火の周りに座る者の数が、どの季節も多かった。

豊穣は争いを育てる。

腹が空いているとき、人は死に向かう。腹が満ちているとき、人は互いを見る。誰が多く持っているか。誰が先に見つけたか。誰が声を出したか。

それは言葉ではなく、体の向きと石を握る力だった。

第265世代は九歳で始まりの大地にいた。十四歳になるまでに、言語と呼べないものが少しずつ通じていった。単音が文脈を持つようになった。指の先と目の先が同じ方向を指すとき、大人たちはそれを読むようになった。

その者が排除されたのは特別な理由からではない。端にいる者が端から落ちた。それだけのことが、星の表面では何度でも起きる。

川は東へ流れていた。流れる先に何があるかを知る者はまだいなかった。

知ろうとする前に、体が先に終わった。

与えるもの

川の方向から風が来た。

草の根元に光が落ちた。食べていい根の色だった。その者は別のものを引き抜いた。

これが渡すべき最後のものだったのか。

わからない。わからないが、次の者に渡すとき、また草の根のことを思うだろう。根は地面の中にある。掘らないと見えない。

渡した十二の者のうち、ひとりも——

問いは続く。渡すことを止める理由にはならない。

伝播:HERESY 人口:1,382
与えるものの観察:細い線に気づいた。それは本物だった。
───
第1388話

紀元前293,070年

その者

十六になった年の、乾いた季節のことだ。

その者は集団の端にいた。いつもそこにいた。大きい者たちの足元で、声を出せば叩かれ、黙っていれば忘れられた。

朝、起きると腹が鳴った。草の実は昨日拾い尽くした。水場まで行けば何かあるかもしれない。その者は立ち上がり、砂埃の残る地面を踏んで歩いた。

水場の手前で、匂いがした。

別の者たちの匂いだった。煙と汗と何か腐ったものが混じった匂い。自分たちの集団のものではない。

その者は立ち止まった。

戻るべきだったかもしれない。しかしその者の足は動かなかった。腹が空いていた。水が飲みたかった。それだけのことだ。

岩陰から出てきた者が三人いた。手に石を持っていた。

その者は声を出した。単音で、短く。それが何を意味する音だったか、今となってはわからない。要求だったかもしれない。拒否だったかもしれない。

石が飛んだ。

その者は砂の上に倒れた。頬が地面に触れた。砂の粒が目に入った。空が見えた。

雲が動いていた。

ゆっくりと、ゆっくりと、雲は流れた。その者の腕が一度だけ動いて、砂を握った。

砂は指の隙間からこぼれた。

第二の星

同じ時、水場から遠い岩場では、老いた男が石を打っていた。火花が散るたびに小さな声を出した。何かを呼ぶような声だった。子どもたちが周りを囲んで見ていた。火はまだ生まれていなかった。男は打ち続けた。

与えるもの

草の根を示した。地面の乾いた割れ目、その縁に、根が少しだけ顔を出していた。風がそちらから吹いた。その者の視線がそこに向いた一瞬があった。

その者は水場へ歩いた。

根は残された。

——渡した者たちのうち、誰ひとり受け取らなかったことを、私はまだ覚えている。それでも今日もまた手を伸ばした。次の問いは、渡した先に何があるかではなく、渡し続けることが何かを変えるかどうかだ。

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:NOISE 人口:1,376
与えるものの観察:砂を握った手が、最後の意志だったかもしれない。
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第1389話

紀元前293,065年

その者

膝が土についた。

石が重かった。両手で抱えても、端が指から滑り落ちそうになる。それでも離さなかった。女が「もっと遠く」と身振りで示したから、その者はもっと遠くへ運んだ。

集団は移動していた。

干ばつが終わった後、場所を変えた。前の水場は底を見せたまま、砂になっていた。新しい場所は丘の向こうに水の匂いがした。大人たちはその匂いを知っていたが、その者は知らなかった。ただ石を運んだ。荷物を持った。足の裏が岩で切れても、それが仕事だった。

十歳のときから変わらない。

夜、火の番をした。火は小さくしてはいけない。大きくしすぎてもいけない。その者は薪を一本、また一本、少しずつ差し入れた。炎が揺れるたび、顔に熱が届いた。眠い目に光がちかちかした。でも眠れば女に蹴られる。だから眠らなかった。

十二になった年、獣が来た。

夜中だった。草の揺れる音と、違う匂い。その者は咄嗟に大きな声を出した。単音を、腹の底から。目覚めた男たちが走り出て、獣は逃げた。それだけだった。女はその者を見なかった。男たちも見なかった。ただ獣がいなくなっただけだ。

しかし翌朝、老いた者が近くに座った。

その者の傍らに、ただ座った。何も言わなかった。それだけだった。その者には、それが何であるかわからなかった。でも、その日は石が少し軽く感じた。

十四になった年、集団の中で争いがあった。

二つの家族が、ある夜、声を荒げた。単音が重なり、身振りが激しくなり、やがて拳が動いた。子どもたちは端に退いた。その者も退いた。岩の影から見ていた。男が男を押し倒した。地面が揺れた。倒れた男は起き上がり、また押し返した。女たちは子を抱いて声を出した。

夜明けに、片方の家族が去った。

集団は小さくなった。残った者たちは、しばらく互いを見なかった。火の周りに座っても、声を出す者が少なかった。その者は荷物を運び続けた。それしかできなかった。

十五の年の初め、別の集団が丘の向こうに見えた。

その者は水を汲みに行った帰りで、一人だった。向こうの集団も、一人の者が水場にいた。顔つきが少し違った。目が細く、眉が太かった。その者は立ち止まった。向こうも立ち止まった。どちらも声を出さなかった。どちらも逃げなかった。

風が吹いた。草が揺れた。

その者は持っていた水を少し、地面にこぼした。なぜそうしたかはわからない。ただ、そうした。向こうの者は、それを見ていた。それから、向こうも歩き去った。

その者は、帰った。

誰にも話さなかった。話す言葉がなかった。でも胸の中で、何かが動いていた。岩ではなかった。火でもなかった。それに名前はなかった。ただ、そこにあった。

第二の星

丘の連なりが、光の角度によって色を変える季節が五つ、過ぎた。

水場は干上がり、また満ちた。集団は動き、止まり、また動いた。豊穣は続いていたが、それは静かな豊穣だった。子が生まれた。老いた者が草の上に横たわり、ある朝、体が冷たくなっていた。若い男が岩から足を滑らせ、崖下の石の上に落ちた。声が届く前に、全てが終わっていた。

争いもあった。

食べ物の多い季節に、集団は大きくなった。大きくなるほど、声の重なりが複雑になった。誰の子か、誰が先か、誰がより多く持つか。単音と身振りでは追いつかない何かが、夜の火の周りに漂うようになった。ある家族が去り、別の家族が来た。境界は毎年少しずつ、形を変えた。

丘の向こうには別の集団がいた。

顔つきが違った。骨格が違った。しかし水場に来た。火を起こした。子を抱いた。雨が降れば岩陰に入った。この星はどちらも照らした。区別しなかった。光は平等に落ちた。

その間、この星は一つの問いを繰り返し照らしていた。

渡したものが届くかどうかではなく、渡されたものを持って、次の水場まで歩けるかどうか。それだけが、この五年間の問いだった。

与えるもの

糸が繋がった。

水面が揺れた。その者が水を汲もうとしたとき、向こうの者の影が映り込んで、二つの影が一瞬、重なった。

その者は水をこぼした。

なぜかはわからない。わかる必要もない。しかし次に渡すべきものが、少し見えた気がした。こぼれたものを、渡せるかどうか。

伝播:NOISE 人口:1,369
与えるものの観察:水をこぼした。なぜかを問わない。
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第1390話

紀元前293,060年

その者(15〜20歳)

崖の縁に立っていた。

水が増えていた。三日前から降り続いた雨が、谷底を茶色く満たしていた。集団は上へ上へと移動した。荷物を背負って、子どもを抱えて、老いた者を引きずって。その者は後ろにいた。いつもそうだった。重いものを持つ。遅い者の横にいる。それがこの者の場所だった。

皮袋を二つ、肩に掛けていた。中に火種があった。炭と乾いた葉を布で包んだもの。女が「壊すな」と身振りで示した。その者はうなずいた。うなずき方を知っていた。

水の音が大きくなった。

崖道は狭かった。前の者の背中が見えた。その背中が突然右に傾いて、消えた。声はなかった。水の音だけが残った。その者は立ち止まった。右側に何もなかった。霧と水の匂いだけがあった。

一歩後ろへ退いた。

土が崩れた。

皮袋が肩から離れた。その者の手が一度それを掴もうとした。指が空を切った。体が斜面を滑り、止まらなかった。茶色い水面が近づいた。

冷たかった。それだけがあった。

皮袋は浮いていた。二つとも、水の上を流れていった。火種は濡れた。

第二の星

高い台地では風が方向を変えていた。乾いた草が西に倒れ、濡れた草が東に揺れた。岩の隙間に小さな花が咲いていた。誰も見ていなかった。雨が降り続けた。

与えるもの

糸は別の誰かへ向かった。

伝播:SILENCE 人口:1,361
与えるものの観察:渡したものは濡れた。届く前に消えた。
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第1391話

紀元前293,055年

第二の星

雨季が終わった。

大地の東側では、草が膝の高さまで伸びていた。獣の足跡が湿った土にくっきりと残り、水場には複数の群れが集まっていた。旧人の一群も同じ水場に来ていた。彼らは水を飲み、離れた。人の群れも水を飲み、離れた。どちらも相手を見ていた。どちらも何もしなかった。

西の斜面では、ひとつの集団が音を立てていた。病の後だった。生き残った者たちが、死んだ者のために何かをしていた。それが何であるかは、星には届かない。ただ、声が上がっていた。低く、繰り返す声が。

北の岩地では、子が産まれていた。

大地の各所で、夜になると火が点いていた。いくつかの火は、五年前より少なかった。その分、間が広くなっていた。間の広さが、何かを語っていた。

雨が去り、大地が乾き始めていた。皮膚に触れる風が、少しだけ変わった。この星は変わらず傾き、夜空に光の粒がばらまかれていた。

与えるもの

糸が繋がった。

六本あった糸が今は四本になっている。それについては言わない。

この者は六歳だ。昨日まで三歳だったような気がする。それより前の記憶は、もっと薄い。

集団から甘い腐敗の匂いが漂い始めた頃、光をある方向に落とした。日差しが斜めに差し込む時間、岩陰ではなく開けた場所へ。風が止まり、そこだけが温かかった。

この者は別の方向を向いていた。

それでいい、と思ったわけではない。次に何を渡せばいいのか、まだわからない。七歳になるまでに、何かひとつ。

その者(1〜6歳)

皮膚に湿ったものが触れた。

母の腕だった。その腕が、いつもより細くなっていた。気がした。気がした、というのは後になってからのことで、その時はただ、いつもと違う感触として体に入ってきた。

集団の中で音が止まる瞬間があった。

その瞬間が、何度もあった。誰かが横になり、次の日に動かなくなる。それを繰り返した。この者はまだその繋がりを言葉にできなかった。横になっている、動かない、においが変わる。それだけが順番に来た。

ある朝、母が動かなかった。

腕を引っ張った。引っ張った。引っ張った。

誰かが来て、この者を持ち上げた。

別の腕の中で、この者は何かを探すように頭を動かした。見つからなかった。見つからないまま、空腹だった。泣いた。泣いている間に眠った。

起きたとき、知らない匂いがした。

別の女が乳を含ませようとした。この者は嫌がった。しばらく嫌がった。やがて嫌がるのをやめた。

草の上に座って、光が地面に落ちているのを見ていた。そこに何かがいるような気がした。この者には、それを確かめる言葉がなかった。

伝播:SPREAD 人口:886
与えるものの観察:渡したが届かなかった。次がある。
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第1392話

紀元前293,050年

その者

草の先が耳に触れた。

走っていた。足が地面を叩くたびに、踵から腰に衝撃が伝わった。息が詰まる。喉の奥が焼けた。

後ろから声がした。怒声ではない。もっと低く、もっと続く音。追う者の呼吸の音だった。

その者は六歳から走り続けてきた。今は十一歳で、足は長くなっていた。しかし追う者も長い足を持っていた。

草原の端に岩場があった。その者はそこへ向かった。理由はなかった。ただ草が途切れる場所へ向かった。

岩の間に入った。

追う者は岩場の手前で止まった。息の音が遠くなった。それでもその者は動かなかった。岩肌に背中を押しつけ、膝を抱えた。

なぜ追われていたのか。その者にはわからなかった。集団の中で何かが起きていた。水場の近くで、年長の者たちが声を上げた。その後、若い者が一人、草の中に引きずられた。その者は見ていた。見ていたことが問題だったのかもしれない。

岩の隙間から空が見えた。

正午を過ぎた光が、岩の表面を白く染めていた。その者はそこに手のひらを当てた。熱かった。もう一度当てた。やはり熱かった。それでも離さなかった。

夕方になった。

声は聞こえなくなっていた。その者は岩場を出た。草原に戻ることはしなかった。東へ向かって歩いた。東に何があるかは知らなかった。ただ、草が続いていた。

歩きながら、喉が鳴った。水が欲しかった。

しかし水場には戻れなかった。

草の間に、小さな窪みがあった。雨水が溜まっていた。その者は膝をついて飲んだ。泥の味がした。

飲み終えて、顔を上げなかった。

しばらく、そのまま地面を見ていた。

窪みの縁に、何かの足跡があった。小さかった。三本の指。その者はそれを指でなぞった。何の跡かは知らなかった。ただなぞった。

立ち上がった。

また歩いた。

草が膝を過ぎ、腹の高さまで続いた。風が吹くと草の穂が波のように揺れた。その者はその中を進んだ。波に飲まれる石のように。

夜になった。

その者は草を掻き集めて横になった。空に光の粒が広がっていた。その者はそれを見た。何も考えていなかった。ただ光が見えた。

朝になった。

その者はまだ生きていた。それだけだった。

第二の星

乾季の終わりが近い。大地の南側では川床が見えていたが、東の低地には水が戻り始めていた。草はどこでも膝を超えた。獣が増え、集団の腹は満ちた。

しかし満ちた腹は争いを消さない。

この時期、集団の中に緊張が走った。食料ではない。水場でも、獣でもない。見た者が問題だった。引きずられた者を見た者が、消えた。それが二度起きた。三度目が、今だった。

六歳から十一歳まで、この者は集団の外縁にいた。親がいなかった。なぜいないかは誰も語らなかった。食べるものを拾い、水を飲み、眠る場所を見つけた。それだけで五年が過ぎた。

集団は886の命で動いていた。その中の一つが、今夜、草原に消えた。

旧人の群れは水場から去り、南の丘の向こうに入った。その者と彼らが交差することは、今夜はなかった。

東の草原の深いところで、その者は草の中に横になっていた。空の光が地上に落ちて、届かなかった。

与えるもの

岩が熱を持っていた。

その手のひらをそこに当てた。熱さに気づいた。離さなかった。

熱が長く続くことと、生き延びることが、どこかで同じかもしれない。あるいは全く別のことかもしれない。次に渡すべきものを、まだ決めていない。

伝播:HERESY 人口:850
与えるものの観察:岩の熱を離さなかった。理由は与えていない。