紀元前299,165年
北の氷が後退している。溶けた水は低地へ流れ、新しい沼をつくる。沼の縁に草が生え、草を追って獣が移動する。獣を追って人が移動する。
始まりの大地の南端では、別の集団が川を渡った痕跡がある。足跡が砂地に残り、風が来るまでそこにある。その集団は火を持っていた。夜、離れた丘から見れば二つの火が見える夜もある。一つはこちら。一つはあちら。
北の沿岸では、旧人の集団が岩陰に干し肉を貯めている。手が大きく、額が張り出している。子が生まれた。子は泣かず、目だけが動く。この星にとって、泣かない子も泣く子も同じ夜の下にある。
川の上流では、洪水が木を流した。流木が岩にぶつかる音が、夜中続いた。朝、川幅が広がっていた。
この5年、豊穣は続いている。獣は太り、木の実は落ちる前から地面に積もる。集団は増えた。増えたことが、別の緊張を生んでいる。場所を巡る声が大きくなった。誰の水場か。誰の狩り場か。問いに言葉はないが、目と体と唸りが問う。
火は今夜も二つある。
川の水面が揺れた。
その者の目がそこに止まった。流れの速い場所と、淀む場所。境界線のようなもの。
その者は石を持ったまま水面を見ていた。それだけだった。
境界線は何かに使えるか。あの者は何を見ていたのか。わからない。
石を割るとき、手が震えなくなった。
それがいつからかは知らない。気づいたら震えていなかった。指が石の角度を読む。手首がその少し前に動いている。
別の男が隣に座るようになって長い。その男の打ち方は違う。腕から力を出す。その者は手首から出す。どちらが正しいかは誰も言わない。石が割れれば正しい。
川へ水を汲みに行った午後、足が止まった。流れが二つに分かれている場所。速い流れと、遅い流れ。魚は遅い方にいる。石は速い方に光る。
しゃがんで、水面を見た。
石を水の中に入れると、石が二つになった。水面より上と、水面より下で、角度がずれる。同じ石が、二つ見える。
しばらくそこにいた。
夕方、戻ると集団の端で声が上がっていた。知らない男が三人、川の方から来ていた。自分たちの集団の男が二人、前に出て腕を広げていた。目線が交差する。唸り声が重なる。
その者は石を一つ、手の中で転がした。
知らない男たちは引いた。夜になって、遠くに火が一つ見えた。
食事のとき、子どもが膝に乗ってきた。子どもの頭の重さが膝にある。その者は片手で子どもの背中を押さえながら、もう片方の手で骨を割った。中から白いものが出る。舐めた。子どもも手を伸ばした。
渡した。